第18話 道休回想シーンラスト レイラ殿は素晴らしき女子ですな(道休談)

 俺が寺に入れば暫くは、いや一生、夢芽むめとは会えないかも知れない。そんな気持ちを抑えながら、俺と夢芽は一里塚を見る度に木陰で他愛もない話をしながら休息を取っては、ゆっくりゆっくりと奥州藩を目指した。



 道中は何事もなく進み、天気にも恵まれ一月かけて奥州藩に着いた。知らない土地にくわえ、江戸と違った空気感は2人を不安にさせるには十分だった。止まっていても始まらないと思い、まずは夢芽が働く寺社の門前にある水茶屋に挨拶をしようとしたが、そんな水茶屋など探しても探しても見つからず途方に暮れていると、寺社の方から僧侶がやってきて俺たちを見ると口を開いた。



「もしや。お主らが萩原家からやって来たものかね? 」



 俺と夢芽が目を合わせ、答えに窮していると僧侶は柔和な笑顔を浮かべた。



「遅いから心配したぞ。わしは、この上にある寺社で修行をしている宗純そうじゅんと申す。萩原家からの手紙は門主の元にとっくに着いておったが、肝心のお主らが一向に来ないのでな。毎日、様子を見ておったのだ」



 紫色の袈裟を着ていることから、ある程度は位の高い僧侶だと分かった。俺は僧侶に政吉まさよしからの紹介状を見せて水茶屋と夢芽の事を話した。



「なんと。水茶屋は少し前に主人が亡くなり、今はやっておらん。妹御はワシの方で何とかしよう。まずお主は寺まで行ってくれ。行けば寺の者には話は通してあるので分かるじゃろ」



 俺は不安そうな顔で見てくる夢芽の頭を撫で、優しく言い聞かせるように呟くと夢芽はポトポトと涙を溢し始めた。



「夢芽。暫く会えないかも知れないが、必ずまた会いに行くから良い子でいろよ。政吉もすぐに来るだろうから心配ない」



 夢芽に言ったことだが俺自身にも言い聞かせていた。必ず、また夢芽と仲良く暮らせると。



「夢芽。泣かないでおくれ。次に会えるまでお前の顔を覚えておきたいんだ。俺が思い出したいのはお前の笑顔だよ。笑ってごらん」



 夢芽のわき腹をくすぐると、最初は泣いていた夢芽も堪えきれずに笑顔になった。その顔を目に焼き付けて、最後に夢芽を抱き締めた。



「夢芽。必ずまた一緒に暮らそう。仮にお前が政吉と暮らしていたら、俺も一緒に住むからな!」



「お お兄様。夢芽は待っています。お兄様にまた会うまでは、政吉様とも暮らしてはないです。だから、早く迎えに来てください」



 少しでも長くいればいるほど別れが辛くなるので、その言葉を聞き俺は頷くと、一気に走り出した。

 今思えば律儀に寺などに入らず、無理矢理でも夢芽と一緒に暮らしとけば良かった。と、今でも死ぬほど後悔している。



 寺に着くなり髪を切り綺麗に剃られ、刀宗から僧名の道休どうきゅうへと改めた。

 最初の十日程は寺に慣れるだけで一杯一杯だったのと、宗純には出会えず夢芽の事を聞けなかった。



 ようやく寺の生活にも慣れ始めた頃、俺は宗純から直に呼び出しを受けて宗純の部屋まで出向いた。



「道休よ。良く修行しておるようじゃな。ここに呼んだのは妹御の事じゃ」



 俺は前のみりになり夢芽の事を聞いた。



「安心せい。妹御はワシの知り合いに託し、元気に働いておる。暫くはお前も修行があるので会えないじゃろうが、その内に会える様に取り計ろう。ただし、ワシの機嫌を損ねたら妹御も大変な目に会うじゃろうな。して道休よ、お前はこっちは初めてなのか? 」



 宗純は手を伸ばし俺の太ももを擦り出した。

 言葉の意味を理解した俺に選択肢などなく、俺が黙って覚悟を決めると、宗純は下卑た笑みを浮かべ、もう片方の手を壺に突っ込み、潤滑剤で湿らせた。その日から毎晩の様に俺は宗純の夜伽をした。



 そんな日が5年も続いた。この5年は長いようで短かった。途中、江戸から戻って来た政吉が何回か寺を訪れたらしいが、宗純に修行の身との理由で追い返されたらしい。

 俺は生来の物覚えの良さと宗純に可愛がられていた事もあり、兄弟子よりも僧階は低くても立場的には上であった。

 もちろん夢芽の事を忘れたことなど1日たりともなかったが、真面目に徳を積んでいく事が1日でも早く夢芽に会えることだと思い修行に励んだ。



 ある晩。どうせ宗純に呼ばれるのであれば、こちらから向かおうと思い宗純の部屋まで向かうと、中から話声が聞こえてきた。



「宗純僧正。このまま道休には会わせないおつもりですか?」



「今さら会わせられる訳がなかろう」



 なんの話をしている? また最近になって政吉が訪れた。と言うがそのことか?



「あのしつこい政吉とやらにも、道休の妹は尼僧になったので諦めよ。と、伝えてあるのじゃぞ」



 な なんだと! どういうことだ?



「まさか尼僧が遊女をやってるとは思わないでしょうね」



「声が大きい。あの妹には女衒ぜげんも驚いていたな。鑑定評価が極上も極上を付けるとは思わなかったが。お陰で儲かったわい」



 頭が吹っ飛びそうになり、呼吸が乱れ息苦しく汗が止まらなかった。



「宗純僧正も仏に仕えてるとは思えませんなぁ」



「何を言っておる。身寄りのない、か弱き女子を野垂れ死にしないように助けてやったのじゃ。これから遊女でやって行けるよう、ワシ自ら最初に施しをしてやったがな」



「では、宗純僧正は兄と妹どちらも味わったのですな」



 ~~~



「もうよい! 道休よ。もう話さなくてよい」



 レイラの大きい瞳からは大粒の涙が溢れだし、畳を濡らしていった。



「レイラ殿。そこからは私も記憶がないのです。市蔵殿は知っての通り私の腹には刀傷が出来ており、その処置をしてくれた源爺殿の家で横たわっていたのですよ。源爺殿が言うには集落から少し外れた獣道で倒れてたみたいですが。源爺殿が薬草を取りに偶然通りかかったから良かったものの、普通ならば死んでたでしょうね」



 市蔵は懐に手を入れ懐紙かいしを取り出すと、レイラと道休に手渡した。



「ははは。いつのまにか私も目と鼻から水が出てましたか。これはお恥ずかしい」



 市蔵は黙って後ろを向き、道休の涙を見ないように気使った。

 静けさの中にレイラの鼻をかむ音が大きく響いた。



「私はいまだに政吉にも会えてません。政吉に会わせる顔がないのです。守ると言っておきながら、離ればなれになった挙げ句、想い人を遊女にさせたなんて」



 市蔵は振り向き直すと、言葉を選びながら話始めた。



「お前は出来ることをやっただけだ。自分を責めすぎるな」



「……市蔵殿。夢芽は全盲にいつからなったのでしょう? 私と別れる前はキラキラした瞳で見つめてくれました。花魁道中で久しぶりに見た妹の目は、開いてはいたものの虚無であり、光を失っておりました。泣きぼくろと言い、私に似ている鼻筋や輪郭と言い。間違いなく私の妹ですが、あれは誰なのでしょう? 」



 レイラは立ち上がるとトコトコと道休の元へと駆け寄り、道休の頭を優しく撫で始めた。



「道休よ。男だろうが普段は飄々ひょうりょうとしていようが、泣きたいときは泣くのじゃ。お主が自分を許せずとも、わらわは道休を許す。辛かったのう。苦しかったのう。もう、十分じゃ道休。泣くが良い」



 声を上げることなく道休は静かに涙を流し始めた。

 長い夜は続いた。

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