第13話 破戒僧(女童談)道休が配下になられました

 翌朝になり市蔵は馬を飛ばし街道沿いにある旅籠屋に着いた。宿場だけあって茶屋や旅籠屋が軒を連ねているが、最近の道休どうきゅうは集落には戻らずにここを常宿としていた。



「いやぁ。市蔵殿、確かに呼んだのは私ですが、まさかこんなに早く来るとは思わなかったですよ。まだ一刻半しか寝てないのですが」


 明らかに寝起きであろう道休は長髪も乱れ着物もはだけていた。開いた着物の隙間からは目鼻立ちの良い女性の様な顔付きには、似つかわしくない刀傷が胸から臍の辺りまで続いていた。



「早くはないだろ。もう四ツ半(11時)だぞ」


「私はいつも夕七ツ(16時)に起きてますからね。ところで、あの白銀のお姫様は一緒ではないのですか? 」


 道休は頭をかきながら座布団を用意し市蔵に座るように促した。市蔵は胡座をかくと巾着から小判を3両取り出し床に置いた。


「あぁ。さすがにレイラを遊郭絡みで連れてくる事は出来ないさ。で、これは遅くなったが鶴余の件でのお礼だ。本当に紙幣でなくて良かったのか?」


 道休は微笑み頷くと小判を掴み無造作に横長の三つ折り長財布に押し込んだ。


「あのお姫様は見目も心意気も素敵ですから将来有望でしょう。しっかりと育て上げて下さいね。そして小判で良いのです。紙幣は自領でしか使えませんし、紙ってのが信用出来ませんので」



「失礼します。道休様、お茶をお持ちしました」



「ありがとう。適当に置いてください」


 道休が襖を開けると仲居がお茶を用意しており、仲居は道休のはだけた裸を見ると顔を赤らめ、慌てて2人の手前にお茶を置くと去っていった。



「では本題に入りましょう」


 道休はお茶を口に含むと姿勢を正した。


「市蔵殿は夕霧太夫をご存じでしょうか?」


「名前だけはな」


「全盲ながらも誰もが見惚れる美貌に香道や和歌にも精通し、琴や琵琶の腕前に機知に富む会話から、近隣の他藩主やわざわざ公家までもがお忍びで遊びに来られ虜にさせる夕霧太夫…………あれは私の実の妹です」


 市蔵は飲もうとしていたお茶を持つ手が止まり眉間に皺をよせた。



「話せば長くなりますので私たちの過去や経緯は、また別の機会に話すとして用件だけ言います。市蔵殿には夕霧太夫を遊郭から少しの間だけでも逃して欲しいのです」



 ようやくお茶を口に含んだ市蔵は知らずと目付きが鋭くなっていた。



「本当に用件だけだな。逃す理由は? そして俺に何の利益や得があるのだ? 」



「あれには昔からお互いに好き合ってた男がおりました。私の友でもあった男であり幼い頃に二人は将来を約束しました。そう、市蔵殿と美録姫のように」



「違うな。俺たちのはあくまでも親同士が決めた事だ」



 道休は困ったように少し笑うと話を続けた。


「その男は同心として城下町に暮らしておりますが、流行り病にかかり一月ひとつきは持たないでしょう」



「で、その男に最後会わせるために遊郭から逃がせって事か。俺に利益も何もないではないか」


 市蔵はお茶を飲み干すと道休を見据えた。


「夕霧太夫は他藩主や幕府の要人に公家とも繋がりがあります。それこそ下手な大名よりも発言力や影響力を持っています。市蔵殿が本気で藩主になるお気持ちがあるのであれば……」



「悪いが俺は今さら藩主になりたいと思ってない」



 市蔵の言葉を聞くと道休は床に頭を擦り付けた。



「では、市蔵殿が申し出を受けて頂ければ、この道休、今までは対等ではありましたが無給で永遠に市蔵殿にお使い申す。手前、腕に覚えもありますし学もあります故、お役に立てます。何卒、何卒お願い致します」


 突然の道休の土下座に面食らった市蔵であったが少し思案すると言葉を口に出した。



「なぜ、そこまでする? 夕霧太夫は一日位は暇をもらえないのか? 」


 道休は頭を床に擦り付けたまま口を開いた。


「私は妹に大き過ぎる借りがありますので。そして、それが出来るなら市蔵殿に頼んでおりません。夕霧太夫は藩主様に監視させられております故。藩主様は多方面に顔が利く夕霧太夫を危険分子として見ております。お願い致します市蔵殿」



「とりあえず顔を上げてくれ」


 言葉を聞いてもなお、顔を上げない道休に市蔵は深くため息をついた。


「……道休。俺の下に付くならレイラの小言に慣れておかないとだな」


 ようやく顔を上げた道休は市蔵を見ると、また深く頭を床に擦り付けた。


「ありがとうございます市蔵様。ありがとうございます。ありがとうございます」



「今まで通りの呼び名で良いから顔を上げてくれ。具体的な案はあるのか? 」



 道休は頭を上げ、いつも通り軽薄そうな笑みを浮かべたかと思うとため息を付いた。



「いやぁ。あるにはありますが、まずは市蔵殿の懐刀を借りようかと」



「懐刀? 夕霧は太夫とはいえ遊女なら、金さえ払えば会えるのか? 」



「大分先まで埋まってるでしょうが、遊べなくはないですよ」



「なら俺が夕霧太夫に直接会おう」



 道休は困ったように眉毛を下げると、申し訳なさそうに呟いた。



「市蔵殿。言いにくいですが市蔵殿も藩主様から目を付けらてるので、同じ危険分子の夕霧太夫に会えるとは思えないですね」



「なら道休が会いに行けば良い。お金が足りなければ貸してやろう」



 道休は目を丸くするとむせてしまい、飲んでいたお茶を溢した。



「ゴホッ ゴホッ 私がですか? 確かに夕霧太夫と兄弟だとは知られてないでしょうが、さすがに会いづらいですよ……いや、待てよ。夕霧太夫の馴染み客で陸奥屋と並び称される大豪商『青葉組』主人の青葉四郎三郎がいる。青葉四郎三郎は、大の月の15日に揚屋で大量に芸者を呼んでは、豪勢に酒を飲み派手に遊んでいるので、夕霧太夫が迎えに行くことになる」



「『青葉組』米を江戸・大阪に高値で売り付けてる連中か。花魁道中とは贅沢三昧だな。その時に夕霧太夫を見ることは出来るが話す事は出来まい」



「まぁ。まずは夕霧太夫の花魁道中でも見学致しましょう。レイラ殿も誘ってはどうでしょう? 有名な花魁は女の子にも人気がありますし、私も今まで敢えて見て来なかったので」




「レイラの事は考えておこう。まだ3日もあるな。俺は戻るが15日なったらまた来る」



 市蔵は立ち上がり旅籠屋を後にすると屋敷へと戻った。屋敷には仙十郎だけが本を読んでおり、レイラの姿は見えなかった。



「お帰りなさいませ。大将」



「レイラはどうした? 」



「源爺と薬草を取りに行きましたよ」



 刀を市蔵から受け取った仙十郎が答えた。



「毎日飽きもせずに続くものだな」



「でも、あいつ知識もですが調合まで出来るようになってますし、本当に好きなのでしょうね」



 二人が話しているとちょうどレイラが戻ってきたが白銀の髪にも泥が付いており、その姿をみた仙十郎が悪態をついた。


「汚ねぇな。外で泥を落としてこいよ。白銀チビが錆びてるじゃねぇか」



「イチよ。戻っておったのか。イチに質問じゃ、わらわは薬の知識は増えたが、どう~しても治せないものがあると気付いた。なんじゃと思う? 」



 市蔵が答えを考えていると、レイラはニヤニヤと仙十郎を見つめ口を開いた。



「正解は馬鹿に付ける薬はない。と言うことじゃ。仙十郎よ。申し訳ないのう、残念じゃがお主は一生治らんのじゃ」



「うるせー 良いから早く泥を落としてこい! 」



 そして陽も暮れた頃に弥七が、またやってきたのである。

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