第14話 団子と葛饅頭はいくらでも入るのじゃ(レイラ談)

 弥七を招き入れた市蔵は早速話を聞くと、明日から行商に出る間、仙十郎を貸して欲しいとの事であった。



「なるほど。自由に商いが出来るようになったのは良いが、よそもんに冷たいのはどこも一緒だな」



「そこまで危ないって事はないだろうけど、仙十郎君がいてくれると僕も助かるよ」



 黙って隣で話を聞いている仙十郎に市蔵は目をやった。



「私は大将が行け。と言うなら行くだけです」



 市蔵は今度は仙十郎と逆側に座るレイラに目をやった。



「なんじゃ? イチ。仙十郎がいなくなれば、わらわが1人になるのを心配してるのか? 源爺もいるし大丈夫じゃ。1人は慣れておる」



 市蔵の目にはどことなく寂し気に映るレイラの姿があった。



「頼むよ、市蔵さん。報酬は少ないけど、しっかり渡すし、商圏も広げて行けばもっと集落にも経済的に潤いをもたらす事が出来るよ」



 市蔵は腕組みをし眉間にシワを寄せると目を瞑り思案し始めた。全員が少しの間黙って見ていたが、痺れを切らしたのかレイラが市蔵の太ももをつねった。



「いてっ! 」



「えーい。面倒臭いのう。わらわは大丈夫じゃ。仙十郎にも旅をさせよ。一向に成長せんぞ。仙十郎、イチ抜きで経験を積んでこい」



「何でお前に言われなきゃならないんだよ! 大将。弥七殿の護衛、私にお任せください」



 自分を間にやり合う2人を見るとため息を付いてから、市蔵は呆れたように言葉を口に出した。



「2人ともいい加減にしろ。分かった。仙十郎、弥七を頼んだぞ」



 その言葉に弥七は目を輝かせると市蔵に頭を下げてから、仙十郎の手を取った。



「ありがとう、市蔵さん。弥七君も宜しく頼むよ」



「承知しました。しっかり護衛させて頂きます」



 弥七も戻り夜も更けた頃、仙十郎は明日の準備で居間を出ていくと、レイラが恨めしそうに市蔵を見つめて来た。



「なんだ? 何か言いたそうだが」



「ふん。今度はいつ道休と会うのじゃ? 」



「15日だ。花魁道中があるらしいからな」



 レイラの眉がピクッと動いた。



「な? イチよ。花魁道中が今回の仕事と関係があるのか? 」



「あぁ。関係があるから見に行くんだが」



 レイラは拳を握り締め立ち上がると市蔵を睨み付けた。




「ぐぬぬぬ。イチは鶴余の際に、最後わらわと約束したのをもう忘れとる。何て言ったか覚えておるのか? 」



「レイラを不安にさせず、置いてけぼりしないこと」



「そうじゃ! もう約束を破っておるではないか? わらわも連れていけ」



こうなる事を予想していたかのように市蔵は即答した。



「さっきは大丈夫じゃ。とか言ってなかったか? 分かったよ。連れてってやるが、勝手な真似はするなよ。これは、仕事何だからな」



「お 乙女心は変わりやすいのじゃ。良かろう、勝手な真似は慎もうぞ」


 レイラは顔を赤らめながらも、満足したのかニンマリすると笑顔で答えた。



 市蔵は怪訝な目をレイラに向けたが、レイラは気付かない振りをし鼻唄混じり寝床へと入っていった。

 翌朝、初夏らしい良く晴れた日に仙十郎と弥七が行商へと旅立ち、15日になると市蔵とレイラは道休のいる旅籠屋へと向かった。



「おやおや。これはこれは白銀の麗しいお姫様ではないですか? お久しぶりで御座います」



「ふん。前に破壊神になっておれば良かったものを。お主がイチを遊郭に誘ったのじゃな」



 道休は肩を竦め困ったような笑顔を市蔵に向けた。



「レイラ。仕事だと言っているだろう。邪魔になるなら置いていくぞ」



「くっ。まぁ 今は良い。で、道休よ。花魁道中とやらは、いつやるのじゃ? 」



「昼七ツ(16時)過ぎには揚屋から妓楼に戻るでしょうから、その間に見られますよ。今が昼八ツ(14時)ですから、時間までは城下町で腹ごしらえでもしましょうか? もちろん私の奢りでね」



 道休がウインクをするとレイラは両腕を胸の前で合わせた。



「おぉ。道休よ。今日のそちは神じゃ」


「ははは。破壊神ですがね」



 3人は城下町に着くと屋台に入り、レイラの一存で葛饅頭や団子を注文した。



「ふむ。やはり美味いのう。イチよ。それはいらないのか? 」



 レイラは団子を頬張りながらも、市蔵の手前に置いてある葛饅頭に視線を落とした。



「やるから。落ち着いてたべろ。饅頭は逃げやせん」



「レイラ殿。その小さい体に次から次へと良く入るものですなぁ」



 日頃からレイラの食欲を知っている市蔵にとっては当たり前の事だったが、道休は初めて見るレイラの食いっぷりに目を丸くしていた。



「なんじゃ。道休も食べておらんではないか。その団子も食べてやるぞ」



 道休は団子が乗った皿をレイラに手渡すと、レイラは団子を掴み大きく口を開けて美味しそうに食べ始めた。



「いやはや。底無しですなぁ」



 レイラは一通り食べ終わり満足したのか、ふぅ~ と息をゆっくり吐き出すと、お茶をすすり始めた。



「レイラ。もう時間も時間だ、出るが食べすぎて動けない。とかは止めてくれよ」



 レイラはポコッと出たお腹をさすると、甘えを含んだ目を市蔵に向けた。



「さ さすがに食べ過ぎたようじゃ…… イチよ、おぶってはくれんかのう?」



「ダメだ。自分で歩け。その方が消化も早いだろ」



「ぐぬぬぬ、道休よ喜べ。お主に、わらわをおぶらせようではないか」



「ははは。レイラ殿、私はお姫様抱っこしかしない主義なので、それで宜しければ抱っこして差し上げますが」



「いらん。余計に恥ずかしいだけじゃ。歩く、場所は何処じゃ道休よ」



 レイラは頬を膨らませながら屋台を後にし通りへと出て行くと、道休と市蔵は顔を見合わせ笑いあった。



「揚屋は大門を抜けた花街にあります。私のあとに着いて来て下さい」



 道休の後に市蔵とレイラは続き、暫く歩くと人通りが多くなってきたのにレイラが気付いた。



「なんじゃ? やけに人が多いのう」


 前を歩いていた道休が振り返り、レイラの横まで下がると説明し始めた。



「みんな花魁道中が目当てですよ。世間とはかけ離れた世界ですからね」



「ほう。そんなに花魁と云うのは凄いのか? 」



「『花魁』は上位の遊女を指す言葉で、江戸や島原では数年前に最上位である『太夫』の呼び名は無くなってるみたいですが、この奥州における夕霧太夫の名は遠く江戸にも轟いてますし、何よりも全盲なのが珍しいのでしょう。遊女は客に文を書く上でも読み書きは必至ですが、夕霧太夫はそれすらして来ずに『呼出し』『昼三』『付廻し』と駆け上がりトントン拍子に太夫まで上り詰めましたからね。よほど美貌と他の才能があったのでしょう」



「なかなか花魁というのも大変なのじゃな」



「レイラ殿ならすぐに太夫までいけますよ。では、この辺で見物でもしましょうか」



 レイラは何か言い返していたがあまりの人の多さに抗議の声は道休には届かずかき消され、レイラが辺りを見回すと花魁道中を見ようとする見物客で通りは溢れ返っていた。

 少しすると大勢の見物客の視線は同じ方向を向きあちらこちらと歓声が上がり始めた。



「さっ いよいよ来ますよ。馴染み客を引き連れた夕霧太夫が」

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