遊郭と遊客 危なく妖しく切ない恋物語

第12話 女童妻(本人談)がお怒りになられました

 駆け込み寺騒動から一月ほど経ち、市蔵たちの周辺は慌ただしさもなく、麗かな春の陽気そのもの、穏やかな時間が過ぎていた。

 大豪商陸奥屋を勘当された弥七は、市蔵の住んでいる向かいに居を構え移り込み、隣接している町などに集落で薬草としても栽培している朝顔やツツジ。源爺が作った薬を売り歩き、陸奥屋時代に培った、商人としての技能を十分に発揮しては集落に金銭的な潤いを持たらせていた。


 レイラはというと、毎日の様に源爺に連れられては薬草の効能や作り方を勉強をしたり、料理本を見ながら料理の腕前を上げており、短期間で一丁前に集落の皆に料理を振る舞えるまでになった。



「市蔵さんいるかい?」

 戸口から声が聞こえ、居間でお昼寝をしていたレイラが、目を擦りながら戸を開けると、片手に布袋を持つ弥七が立っていた。

「イチは、道休と会うとかで城下町に行っておる。弥七よ、おでこの赤い痕はすっかり消えたようじゃな」


 弥七はおでこを擦ると苦笑いをし布袋をレイラに手渡すと残念そうに呟いた。

「これは、隣町の金平糖だよ。陸奥屋で仕入れたのよりは、質が悪いけどね。そっか、留守か。時間があれば、市蔵さんに剣術指南をしてもらおうかと思ってたんだよ」

「おぉ。金平糖に違いはない。有りがたく頂くとしよう。して、剣術指南とは何故じゃ? 弥七は必要ないじゃろ」

「う~ん……そうでもないんだよね。行商人だと足元を見られがちで、たちが悪いお客様も多いし、移動中に襲われたりする事もないとは、言えないからね」

「一度行商に向かうと、五日位は帰って来ないし大変じゃな」

「陸奥屋では体験出来ない事だらけだから、毎日が勉強で楽しいよ。レイラちゃんの料理の噂も聞いているから、今度ご馳走になろうかな。また、来るよ。市蔵さんにも伝えといてね」

 弥七はいつもの柔和な笑顔を浮かべながら、 レイラに別れを告げた

「そうじゃな。わらわの料理は、その辺の縄暖簾よりも美味じゃぞ。楽しみにしておれ」

 レイラの表情は自信に満ち溢れたいた。


 日暮れが遅くなってきたとはいえ、暮れ六ツ(午後六時)を過ぎると、集落は暗闇になり月明かりが統べていた。

「ただいま、レイラ。仙十郎」

 市蔵は食事後であったであろう、行灯の薄明かりの中、本を読んでいた二人に声を掛けた。

「大将、遅かったですね。夕食はどうしますか?今日の当番は私ですが」

 仙十郎が本から顔を上げ市蔵に聞いた。

「大丈夫だ。ありがとう。今日は道休と食ってきた」

 レイラも顔を上げ、不機嫌な様子でぶっきらぼうに答えた。

「ほぅ。食ってきたと言うのは遊女をか? こんな遅くまで出歩いて、良いご身分じゃのう」

「お前は大将の嫁か?」

 仙十郎は呆れた様に言うと

「あの、道休じゃぞ? 鶴余の事件の際に破壊神になっておれば良かったものを」

 口惜しそうにレイラが言うと

「俺は女などに興味はない」

 市蔵はきっぱりと答えると、仙十郎は顔を強張らせて恐る恐る口に出した。


「大将、私は恐縮ですが衆道はちょっと、ご期待に添えず申し訳ございません」

 市蔵は鋭い眼光で仙十郎を睨んだ

「そうではない。万一俺がそっちでも相手は選ぶ」

「そうじゃな。それには完全に同意じゃ」

 レイラも賛同すると仙十郎は不満気な表情を浮かべた。

「私はこれでも美童として、数多の名高い武士の方からも小姓のお誘いがあったのですよ」

「それは嬉しいのか、迷惑なのかわからんのう」

 レイラは腕を組んで悩み出した。


 市蔵は、どうでも良いと言うように、居間に座り出すと、二人の顔を見た。

「もしかしたら暫くは家を開けるかも知れない。その間も二人仲良く協力しろよ。一応、源爺には伝えておく」

 レイラが不思議そうに聞いてきた

「なんじゃ。それならばわらわも行くぞ」


 市蔵は首を横に振った。

「駄目だ。今回は道休の依頼での遊郭絡みだから、子どもを連れていく訳には行くまい」

「ぐぬぬ。あの破戒僧め。良いかイチ! 仕事ならば仕方ない。男の付き合いというのもあろう。じゃが遊女との戯れは許さんぞ」

「だからお前は嫁か? 大将、承知しました。安心できるよう、ガキのお守りはお任せください」

 仙十郎は冷静に答えた。

「イチ。わらわに任せろ、童貞野郎と二人は危ないが、こやつは腑抜けなので、わらわのことは安心せい」

 レイラはさらに、冷静に答えた。

「まぁ。ちょくちょく戻ってくるとは思うが頼んだぞ。弥七にも伝えといてくれ」

 すっかり、昼間の弥七の事は忘れているレイラだった。

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