第6話暴力男から幼妻を護衛任務(4)
あらかじめ、市蔵の中では思い描いている筋書きがあったので、時間もかからずに作戦内容については終わってしまった。
市蔵の話を聞いていた、それぞれの反応が性格を良くを表していた。美緑は常に面白がり、弥七は念には念をと追加であれこれ注文を出してくる。鶴余は、自分のやる事だけに集中して、後は任せます。と、云った感じだ。
レイラは途中で飽きてしまい、美緑の部屋にある、化粧品やら姫挿し。
「内容は分かったけど、相変わらずあんたは馬鹿なことを思い付くわね。私も参加したいくらいよ」
「お前は、長時間ここから出るのは難しいだろ。この方法ならサンザの協力と前金は必要だが手荒い真似もしなくていいしな」
「市蔵さん。必要な衣類や草鞋は陸奥屋で用意するよ」
化粧道具に夢中になり、自分の髪を櫛でときながらレイラが振り返った。
「わらわも参加するぞ。少しでも鶴余が成功する確率を上げたいからのう。で、いつ決行するのじゃ」
「サンザに伝えてるのは明後日の明け六つ(午前六時)だ。あまりに時間を掛けすぎて、内容が漏れる恐れもあるが、準備で丸一日はかかるだろうからな」
「本当に私などの為にありがとうございます」
鶴余は、目に手を当てて感謝の言葉を口に出した。
美緑姫は、話し合いの最中もずっと化粧道具を弄っているレイラを呼び寄せ、化粧道具から紅筆を取り出し、紅を溶き始めた。
「子狸、これは小町紅と云って、水を含ませた筆で、こうやって唇にのせると子狸だけの色味になるわ。桃花色に合わすか、手柄の緋色に合わすか迷いどころよね」
美緑姫はレイラの唇に塗ると、手を引っ張り鏡の前に立たせた。
「少しは大人に見えるんじゃない? 私程じゃないにしても、まぁまぁね」
「おぉ。レイラちゃん、綺麗だね。市蔵さんも思うでしょ?」
弥七は黙って、レイラを眺めている市蔵に促した。
「そうだな。手柄の緋色と合ってて本当の蝶みたいだ」
レイラはいつものニヤリ顔で、ここぞとばかりに市蔵に問いかけた
「イチ。『蝶みたい』とは、どういう事だ?詳しく聞かせてほしいものじゃが」
市蔵はその言葉には無視をに決めた。
そのやり取りに美緑姫が笑顔を見せていると鶴余は優しく言葉にした。
「姫様には笑顔が似合いますね。また近々、縁談話があるとの事で、最近は気が滅入っていらしたようですから」
美緑姫は笑顔から、憂鬱そうに視線を落とすと呟き出した。
「十七歳になったから、お父様が早く私を嫁に出したい気持ちは分かりますし、お家の為に。って事も分かるけど、私は結婚する気はないの。なんなら、尼さんになっても良いくらい」
レイラは、一人で頷くと
「ふむふむ。何とも恵まれた姫様らしい悩みじゃのう。 因みに今までの縁談はどうやって断ってたのじゃ?」
美緑姫は、少しムッとしながら語気を強めた。
「子狸に何が分かるのよ。今までの縁談相手には私と結婚したければ、蓬莱の玉の枝や竜の首の五色の珠。を持ってきたら結婚を考えます。と遠回しに断ったのよ」
「お主は竹から産まれてきたのか。しかも、持ってきたとしても、『考えます』じゃ結果、断るのじゃろ。とんだ女狐じゃな」
「ただ、今度の縁談は家格が、上過ぎて上手く断れるか心配だわ」
「ふん。人気が有りすぎるのも大変じゃな。市蔵よ」
市蔵は、そうだな。と、ポツリと呟きそれ以上は口に出さなかった。妙な雰囲気になった所を弥七が察して、話題を元に戻した。
「市蔵さん。僕たちは、駆け込み寺迄の通り道を考えよう。山道まで出てしまえば市蔵さんらの縄張りで安心出来るだろうから、山道までの通り道。って、言った方が正しいね」
「弥七、何かあったのか? やけに気合いが入っているみたいだが」
神妙な面持ちで弥七は答えた。
「前から考えてた事なんだけど、この仕事が終わったら商人を辞めて、集落で市蔵らさんらと過ごしたい」
市蔵よりも先に美緑姫が驚きの声を上げた。
「弥七、何で商人を辞めちゃうのよ。藩御用達で弥七の将来は安泰じゃない」
「僕は三男坊だから店を継ぐことは出来ない。婿養子として、別な商家でってのも違う気がしてさ。商人としてのいろはを叩き込まれたのは感謝してるけど、集落で源爺が作った薬草や栽培している朝顔やツツジを売り捌いたり、役には立てるよ」
市蔵は言葉を選びながら、弥七に諭すように話した。
「俺たちは好きで、山奥で暮らしてる訳じゃない。何も好き好んで来なくても、陸奥屋で兄弟仲良く店を盛り立てた方がいいんじゃないか?」
弥七は、困ったように笑うと自分に言い聞かせる様に呟いた。
「もう、遅いんだ。藩御用達の陸奥屋の倅が、役職持ちの藩士に逆らって色々と計画を企てて、必要な物さえ陸奥屋の名前で準備している」
市蔵は、ハッとしたかと思うと、険しい顔つきになり
「弥七、すまん。俺の考えが甘かった。お前の立場を利用するだけ利用して、弥七の後の事を考えていなかった」
「市蔵さん。それで良いんだよ。陸奥屋の看板なしで、これからは勝負したいんだ。良いきっかけになったよ。ってことで、鶴余さん。絶対に成功させるからね」
弥七は柔和な笑顔を鶴余に向けた。
その夜、集落に戻った市蔵は仙十郎から三左衛門の方はどうなったかを聞かせれていた。
「サンザさんにはしっかり伝えましたよ。あの人お金よりも、陸奥屋で、仕入れている酒の方に食いついてました」
「あいつらしいな。約束は守る男だから大丈夫だろ。これで明後日を待つだけだな」
「上手く行くといいですね」
市蔵は、決意を込め力強く答えた。
「必ず成功させるさ。仙十郎、俺は全然駄目な奴だ。一族の派閥争いに巻き込まれ没落し、美緑との婚約も破棄になり、妹の千代も失い。今回では弥七の立場を考えもせず、陸奥屋にいられなくなってしまった。これも全部、俺が弱いからだ。弱さは罪だ、誰も守れやしないし幸せにもなれない。俺は強くなる。こんな俺の事を信じて付いて来てくれている仲間の為に力を手に入れて必ず皆を幸せにする」
仙十郎は無邪気な笑顔を見せた。
「おいらは難しい事は分かりません。ただ、大将といると次に何が起こるのか楽しみで、毎日が飽きないのです」
市蔵はフッと優しく笑うと、もう寝る。と、寝間に去っていった。
寝間ではレイラが聞き耳を立てていたのか、市蔵に軽口を叩いた。
「なんじゃ。自分の言った事が恥ずかしくて場を立ち去ったのか? イチ。わらわの事も幸せにしていいのじゃぞ」
市蔵は聞かれていた事に赤面し、黙れ。と一言だけ伝えた。
レイラは真剣な表情になり、市蔵を真っ直ぐ見つめた。
「イチは過去に、大切な人や家名や土地を失ったかもしれない。わらわには詳しくは分からんが、さぞ悔しくて辛かったことじゃろ。それでも仙十郎やサンザに弥七、源爺や道休。あの女狐と今も仲間がおるじゃろ? わらわは産まれた時に母親が死に、そこからは決して広くもない屋敷で囲われ、唯一の世話係りの老母としか接する機会がなかったんじゃ。わらわは、この世界に何も望んでなかったから、老婆を無視しては、ずっと一人きりで時が経つのだけをひたすら待っていた。じゃが、その老母は屋敷の外を知らないわらわに色々と聞かせてくれたんじゃ。時間を掛けて読み書きを教え、本も沢山持ってきてくれてのう。異国の血が混じり、何のために生かされているのか分からない、何の為に生きればいいかも分からない、わらわの事を不憫に思っていたのじゃろうな。本当に優しく、今のわらわ以上にお喋りでな。毎日毎日、一生懸命話しかけてくれては、次第にわらわも話すようになってきてな。わらわには老母の話し一つ一つが新鮮で面白く、老母の持ってきた本一冊一冊が不思議で可笑しく、いつの間にか老母がやって来るのが待ち遠しくなって、凄く愛しくて凄く大切じゃった」
レイラの大きく丸い目からはいつの間にか、涙が溢れだして頬を伝っては、畳に染み込んでいった。レイラはまだ言葉を出そうとしていたが、感情がそれを許さず言葉は嗚咽へと変わり、市蔵が優しく抱き締めると嗚咽は
市蔵はレイラの背中を一定のリズムでトントンと優しく叩くと
「レイラ。今の俺は何の力もない弱いだけの、ただの17歳のガキだ。俺も家が潰れ、千代が死んで、これから何がやりたいのか何の為に生きれば良いのか分からなかった。 お前と仙十郎に言われて気付かされたよ。レイラお前の事も必ず幸せにしてやる」
レイラは落ち着いて来たのか、だんだんと啜り泣きになっていった。しばらくそのままでいたが、泣き疲れたレイラが寝てしまうと、布団へと運んで寝かし付けた。
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