第7話暴力男から幼妻を護衛任務(5)

 その日は朝からジメジメと湿度が高く、頭上には曇天の空が、今にも雨を降らせようと不気味に漂っていた。

 いつもの鐘の音は七ツ半(午前5時)を告げていた。

 市蔵と仙十郎は、鶴余の住む屋敷を物陰に隠れて見張っていた。

「大将、もうすぐ鶴余さんは美緑姫の屋敷に向かう為に出てくる時間になりますよ。しかし、役職持ちの藩士なのに、随分遠くに居を構えてますね」

「美緑の話では、ここ最近で急に成り上がり、鶴余との結婚でさらに家格を上げたらしく、危ない噂も良く聞くらしいな。もう、すでに家の前には男が数人いるな」

 鶴余は毎朝、5時を少し過ぎた頃に家を出て、小一時間ほど掛けて登城する。いつも同じ通りの道で必ず茶屋でお茶を一杯飲んでから、城に向かう事にしているが、その際も必ず4・5人の男が付いて来て鶴余を見張っている。


 しばらくすると、屋敷の門から鶴余がいつもと同じ島田髷しまだまげで、いつもと同じ紺の留袖で出来てた。男たちはすぐに鶴余の元に駆け寄り、そのままピッタリとついた。鶴余は毎日の事で慣れているのか、気にも留めずにスタスタと城を目指して歩を進めた。

「よし、後はこのまま鶴余が城近くの茶屋にいけば第一段階は終了だ」

 市蔵と仙十郎は、鶴余を隠れながら見送ると、走り出して、茶屋へと先回りをした。



「弥七よ。この髪型はわらわには、重いし似合わんな。蝶の手柄が良かったわ」

 レイラは右手にお茶を左手には持った団子を頬張りながら愚痴を溢した。

「レイラちゃんが、『わらわもやる』って、言ったんだから我慢してね」

「ふむ。仕方ないのう、鶴余の為じゃ。それにしても、サンザもなかなかやりよる。ここから見ても笑いが出でしまう」

「まぁな。自分で言うのも何だけど、遊郭では人望もあって、慕われているからな」

 レイラは三左衛門が頼んだ団子も勝手に食べ始めては暇潰しとでもいうように、三左衛門をいじり始めた。

「本当に自分で言うのも何じゃな。普通は人から言われてナンボのもんじゃろ。罰として団子は没収じゃ」

「何の罰だよ?」

「ふん。前にわらわの筥迫はこせこを奪った罰じゃ」

「レイラはそん時、膝に噛み付いてきたじゃないか? それで、罰は帳消しにはならないのか?」

「ならん。サンザの膝は食えないのだから当たり前じゃろ」

「いや、それ団子を食べたいっていう欲求のみで罰にしているだけだよな? 悪代官だな」

「次は耳揃えて、たくさん団子を用意しとくのじゃぞ」

 弥七は、終わりが見えない会話に割り込み、気を引き締めた。


「二人とも、もうそろそろ市蔵さんと仙十郎君が来る時間だよ」

「そうだな。こっちはいつでも行けるから大丈夫だ。茶屋の店主にも話はついてる」

 そうこうしているうちに、遠くの方から市蔵と仙十郎が走ってくるのが見えた。

 弥七は、あらかじめ頼んでいたお茶を冷ましといて用意し、全力で走ってきたであろう二人に手渡した。

「弥七、ありがとう。さすが気が利くな」

「団子はわらわが食べてしまったので、もうないぞ」

「レイラ、分かっている。さすが、食意地張ってるな」

「嘘じゃ。ほれ、二つ残してある」

「それは俺から奪った団子だろ」

 三左衛門の言葉は空気のごとくレイラに吸い込まれ、なかったことにしていた。


「白銀チビ、サンザさんを無視するな。それと、口の横にあんこが付いてるぞ。お前はあんこを、化粧か何かだと思っているのか? 食べるといつも口の横についてんだよ。良いか? もう、鶴余さんも来る時間だ、ここからは慎重かつ大胆に行くぞ」

「おぉ。初めて夜這いを掛けに行く、粋がった童貞が言いそうな言葉じゃな」

「何処でそんな言い回し覚えるんだよ。白銀チビ」

 一斉に笑い声が弾けた。


「よし、緊張も解れただろ。レイラ以外は持ち場へ移動だ。ここから、山道までに幾つかある辻(交差点)を上手く使えば成功する。店主も言われた通りに頼む。レイラ、期待してるぞ」

 店主は前金の報酬を受けとると、準備に取り掛かった。

「イチよ。少し歩きにくいが、わらわに抜かりはないぞ。心配無用じゃ」

 レイラだけを茶屋に残し、市蔵らは散り散りに去って行った。


 レイラは茶屋で鶴余が来るのを待つ間にも、ちゃっかり団子を追加で頼んでいた。

 少しして遠くの方から、茶屋に向かってくる集団がレイラの目に入ってきた。

「な。 話と違うではないか!」

 レイラは驚きのあまり、食べていた団子を落としてしまい焦りを感じていた。

 集団の男に囲まれた、鶴余の姿がちらちらと見え隠れしているが集団は十数人はいるだろう。


「店主よ。店に迷惑は掛けんが、思うたより相手の人数が多い。わらわは、計画通り奥に引っ込む。鶴余が来たら、言われた通りしっかり頼むぞ」

 レイラは外に出していた野点傘と縁台をしまい始めている店主に告げると、奥の部屋へと下がった。


 集団が茶屋に到着すると店主はいつものように鶴余に挨拶した。

「鶴余さん、おはようございます。今日は大人数ですね」

「おはようございます。この方たちの事は気になさらずに。それより、外の縁台えんだい野点傘のだてがさがないのですが?」

「へい。何でも大雨が降ると朝一で来た行商人に言われましてね、早めにしまってるんですわ。鶴余さんは毎朝来てくれる、ご贔屓さんなんで、中で一杯飲んでいって下さい」

 戸の隙間から外を窺っていたレイラは天気をみて、より納得できる答え方をする機転を利かせた、店主を心の中で褒めた。


「ありがとうございます。中はこの人数では入れないので、貴方たちはここで待っていてください」

 男たちは、従い茶屋の外で待機したが、一時とも目をそらさずに中を監視していた。


 鶴余がお茶を店主から受けとると、戸の隙間から目配せしてくるレイラに気付き、三口ほどでお茶を飲み干し、店主に茶碗を受け渡そうとした。それが合図だったのか、店主は受けとる際に鶴余と男たちの間に入り、一瞬だけ死角を作った。


 同時に奥の部屋の戸が開き鶴余と同じ島田髷で紺の留袖をしたレイラが勢い良く出てくると、変わりに鶴余が奥の部屋に隠れ、レイラは勢いそのまま店の外まで走り、呆気にとられていた集団の男たちの中をスルスルと抜けると、通りを山道方面とは逆に走っていった。

 男たちが気を取り直し、慌てて一斉にレイラの後を追っていくのを長屋の影で隠れて見ていた市蔵は、後ろに控えていた、数人の女に声を掛けた。

「男どもは、少しすれば鶴余ではない事に気付くだろ。お前たちの出番だ思い思いに走ってくれ」

 市蔵に言われると鶴余と同じ島田髷で紺の留袖をしていた女たちが四方八方に走っていった。女たちは三左衛門が用心棒を務める遊郭の遊女達であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る