第4話暴力男から幼妻を護衛の任務(2)
「起きろ。朝ごはんだぞ」
仙十郎はひんやりとした感触をわずかに顔に感じていた。だんだんと、その感触は範囲が広くなり、圧がかかり、やがて顔の中心を覆うようになると仙十郎は息苦しさに耐えられず、目を覚ました。
「やっと、起きたか。このたわけ者」
仙十郎は、顔にかけられていた圧を振り払うと
「レイラさん……一体、何をしてらっしゃったのかしら? 何か足の裏で踏まれていたような……」
レイラは、仙十郎を見下ろしながら冷たく言い放った。
「『ような……』じゃないわ。踏んでおったのじゃ。お主が中々起きないからな。まぁ、お主にとってはご褒美だったかもしれんがな」
仙十郎は飛び上がるとレイラの前に膝まつき
「ははぁ。 ありがたき幸せ。良きおみ足に御座いまする……とか、言うと思うのか!! おい、白銀チビ今すぐ表に出ろ。刀の錆びにしてやろう」
レイラは落ち着き払い、仙十郎を睨んだ
「お主は顔でも洗って頭の錆びでも落としてるが良かろう」
居間から、二人を呼ぶ市蔵の声が聞こえると二人は言い合いを辞め元気に返事をし、居間へと足早に向かって行った。
「今日も長い一日になりそうだ。しっかり食っとけよ。レイラも仙十郎も大食いなんだからな」
大食い二人は仲良く、おかわりしながら黙々と、ご飯を頬張っていた。
朝飯を終えると支度をし、屋敷を後にした。仙十郎が馬を連れてくると三人は跨がり陸奥屋を目指した。
朝も早い時間から城下町では朝市や、
「おはよう、市蔵さん。こんな朝早くからどうしたんだい?」
「美緑に会いに行くから、協力してくれ」
弥七は細い柔和な目を丸くし驚いていたが、快く了承し、3人を離れ座敷へと招き入れた。
茶の間でも立派な調度品が沢山並んでおり、大豪商に相応しい
弥七が茶と茶菓子を三人に振る舞うと、市蔵は一口だけ飲み話し始めた
「髪結いだな。美緑は昔から髪も反物も派手なのが好きだったろ? 表向きには贅沢禁止だが、手の込んだ模様や裏裾が派手だったりな。弥七が反物を運ぶ際に弥七の紹介として俺とレイラが同行する。さすがに男が何人も入ることは許されないだろうからな」
「市蔵さん。レイラちゃんでは、幼すぎないか?」
「大丈夫だろ、見習い女髪結いって事で、派閥争いがあった際ならいざ知らず、今はそこまで警備も厳重ではなかったからな」
弥七は、市蔵の言葉に違和感を感じた。
「『なかったからな』って、ことは、市蔵さん追放されてから、美緑姫に会ったことあるのかい?」
「あぁ。一度だけな」
「なるほど、詳しくは聞かないけど、いつも通り市蔵さんを信用しましょう」
黙ってお茶菓子に夢中になっていたレイラは、食べ終わったのか初めて口を開いた
「弥七よ。わらわは、幼いが仙十郎よりは使えるじゃろうから、安心せい」
「なぜ、ここでもおいらを引き合いに出す。白銀ちび、口の横にあんこが付いているぞ」
レイラは慌てて、口を手で拭った。
「大将、私は留守番していれば良いのですか? つまらないです」
仙十郎は膨れっ面をし、市蔵に問いかけた。
「仙十郎には後でサンザに伝えて欲しいことがある。弥七、今日中にレイラに合う着物を見繕ってくれないか。後は美緑に明日行くことを伝えてくれ、もちろん俺が行くことは秘密でな」
レイラは嬉しさを隠しきれずに弥七に要望をつたえた。
「わらわの着物は、桃花色で桜文様で頼むぞ」
「陸奥屋の名にかけて、今日中に用意致しましょう」
弥七はレイラに微笑み掛けた。
三人は集落の屋敷に戻ると、レイラは
「この手絡は、桃花の着物と良く合いそうじゃ」
市蔵は貸してくれと手を差し向け、受けとると手絡をレイラの髪に結び始めた。
「この手絡は、ちょいと珍しいな。自分では髪に結えないのか?」
「結えん。いつもやって貰ってたからのう」
二人を見ていた仙十郎が、気になっていた事をそれとなく聞いた
「母親にか?」
「わらわはの母親は、わらわが産まれた時に死んだ。と聞かされておる」
仙十郞は神妙な面持ちでレイラに言葉を向けた。
「白銀チビ、大将も言っていたが、ここがお前の家だ。俺たちは仲間だ。昔の事も大事かも知れないが、これからをもっと楽しく大切にしてこうぜ」
「ふむ。仙十郞の割には、まともな言葉じゃの」
「うるせー。おいら達も過去は忘れて、新しく生きて行こう。って、決めたからな」
市蔵がふぅ。っと息を吐き出す。
「よし、出来たぞ。頭頂部に少し大きめな蝶で飾ってみた、斬新だろ。白銀の髪に緋色は映えるな」
レイラは鏡を観て、目をぱちくりさせ驚いた。
「おぉ イチよ。これは斬新じゃな、良いぞ。イチは器用じゃな」
市蔵は鏡の前のレイラに再度、手絡を結び直すと得意気に話し出した。
「良く、子どもの頃に妹や美緑のを手伝ったりしてたからな。しかも、凄いのは手絡の長さを調節して強めに捻り結ぶと、うさぎの耳みたいにも出来る」
「おおぉぉ イチよ。天才じゃの。妹御がいたのは初耳じゃな。そして、こっちのうさ耳は少し恥ずかしい感じもするが、何だか心がぴょんぴょん。するのぅ! まぁ、元の素材が良いので何をやっても可愛くなってしまうのじゃな。なぁ、仙十郞?」
仙十郞は冷めた目でレイラを見つめ
「白銀チビ、百歩譲って自分で言うのは良しとしても、同意出来かねるものに同意をを求めるな。うさぎも蝶も興味ない。虎や龍ならまだしも」
「虎の耳に興味あるのかお主は? ましてや龍の耳とは何処ぞについてるのじゃ? 髭や角みたいは分かるが、耳はどこじゃ? なぁ仙十郞よ教えてたも」
「白銀チビ、お前そこまで龍の耳に興味ねーだろ。いったい何処に食いついてんだよ! うるさいな」
市蔵は苦笑いすると変な絡まれ方をされている仙十郞に助け船を出した。
「仙十郞、明日だが俺とレイラは朝五ツ(8時)にはここを出る。サンザは昼には帰ってくるだろうから、帰ってきたら今から話すことを伝えてくれ――」
市蔵は仙十郞に細かく伝え、仙十郞はしっかりと聞き届けた。
一通り、市蔵が仙十郞に話し終わるのを待っていたレイラが問いかけた。
「イチよサンザは何処に行っておるのじゃ? 昨日も見掛けとらんが?」
「あいつは、遊郭の用心棒だ。
「ほぉ。先日、遊郭から出てきた道休もか?」
「あいつは、ほんとの遊行だ」
「ふん。哀れな元僧侶じゃの。諜報活動とかぬかしおって」
「まぁ、道休さんも謎が多い人ですよね。何の罪で破門されたかも分からないですし。大方予想は付きますが」
『「女だな」』
三人の声が重なると、一斉に笑い出した。
突然、外から市蔵を呼ぶ声が聞こえてくると、玄関の戸が開き
誰かが入ってきた。
仙十郞が、玄関まで様子を見に行くと源爺が式台に腰を掛けて待っていた。居間まで案内しようとしたが、すぐ帰るから。ここで良いと源爺が断ると、市蔵とレイラも式台の前までやってきた。
「ほぉ~。レイラや、珍しい髪飾りをしているな。変わり兜か」
「源爺、うさぎのみみじゃ。兜と言われると一気に可愛くないのう」
源爺は、これは失礼とばかりにカッカッカッと笑うと、布袋から
ヨモギやドクダミ・桂皮など薬草を取り出し、市蔵に渡した。
「いつもありがとう、源爺。 レイラ、源爺は元々は藩医だったんだ」
市蔵は礼を言い、レイラは薬草を興味深げに手に取っていた。
「なんじゃ。源爺も追放されたのか?」
源爺はまたカッカッカッと笑い
「追放されてはおらんが、自由に薬草を取ったり、問診している方が気楽でワシには合ってるわい。じゃから暇を貰い集落に住んでるんじゃよ」
市蔵の顔が曇ったのをレイラは感じていた。
「これを届けに来ただけだから、ワシは帰るぞい。くれぐれも三人とも体調に気を付けるように」
三人は礼を言い、源爺を見送った。だんだんと夜は更けていく。
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