第3話暴力男から幼妻を護衛の任務です
巣に帰ろうとしている烏の群れが、もうすぐ夜の帳が下りる事を知らせている。
春めいて来たとはいえ、集落に漂う空気は城下町と違って人気がなく、ひんやりとしていた。
屋敷に戻った市蔵らは、居間で思い思いに過ごしていたが、流石に激しい一日だったであろうレイラは市蔵が所有している本を読んでいたが、今にも眠りに落ちそうになっていた。
「仙十郎、悪いがレイラを俺の寝間まで運んでやってくれ。 夜着も被せてやれ」
仙十郎は面倒臭そうに返事をしてから、レイラを運ぼうとしたが、レイラは市蔵の袖を掴んでは離そうとせず、うわ言の様に呟いた
「うぅ。だ、大蛇がやってくる……」
「なんだ、こいつ『雨月物語』読んでいたものだから、その夢をみてんのか? シューシュー。シャー」
仙十郎は蛇の音を真似てレイラの耳元で囁いた。
レイラはより力強く市蔵の袖を掴み直し、苦悶の表情でうなされていた。
仙十郎は得意気に笑い、運ぶ事は無理だと判断し、市蔵に挨拶を言い残すと納戸へと去っていった。
市蔵は懐かしむ様に目を細めながら、うなされているレイラの長く柔らかい髪を優しく撫でると、次第にレイラは穏やかな表情になり、うわ言は可愛らしい小さな寝息へと変わっていった。
翌朝、市蔵もいつの間にか眠っていたのか、居間で横になっていたが、しっかりと夜着は被っており、起き上がるとあくびをしながら一伸びした。 鳥のさえずりとともに、寺から聞こえてくる鐘の音は明け六つ(午前6時)を知らせていた。
「イチ、やっと起きたのか? ダメじゃろ。なにも羽織らずに居間で寝ておってわ。 夕べ、目を覚ましたさいに、寝間まで運ぼうとしたが、さすがにびくともせず、夜着だけ被せたぞ」
市蔵は眠い目をこすりながら、言葉をかけた。
「おはよう、レイラ。 ありがとう、風邪を引かずにすんだよ」
「ふん。わらわなんぞ、大蛇に襲われる夢を見てたぞ」
台所で朝食の支度をしていた、仙十郎の笑いがかすかに漏れていた。
朝食を済ますと、源爺がやって来て、昨日来たばかりのレイラに集落の周りを案内すると言い、二人は出掛けて言った。
屋敷に残り、打刀の手入れをしていた市蔵に仙十郎は腑に落ちないことを口に出した。
「大将はレイラに甘くないですか? 女童ですが素性のしれない者なので、もっと注意してはいかがですか?」
「たしかに素性はしれないな。歳に似合わず色々な言葉を知っており、読み書きも出来る。だが、たまにみせる素になった時は十歳の子どもより幼い」
「おいらには生意気なガキにしか思えません。大将は妹ぎみの千代姫様を重ねているのではないですか?」
市蔵は静かに笑うと仙十郎の目を見つめた。
「お前も辛かっただろうな。たしかにレイラと千代は、お喋りで気が強そうな所も似ている。俺は守れなかった千代の代わりをレイラを守る事で満たそうとしているのかもしれない」
仙十郎はすっと頭を下げた。
「出すぎた真似でございました」
太陽が西に傾き掛けた頃、レイラは出掛けた頃よりも明るい顔で戻ってきたが隣には源爺ではなく弥七が付き添っていた。レイラの右手には金平糖の袋が、握られていた。
「イチ、弥七が用事あるようじゃ」
「集落の入り口でレイラちゃんに合ってね。市蔵さん。仕事を頼みたいんだ。謝礼金は多目に支払うよ。美緑姫からのご依頼でもあるからね」
市蔵は美緑姫の名前を聞いて。即、断りたかったが、レイラが貰ったであろう金平糖のお礼も兼ねて渋々、弥七を居間へと通すと詳しい経緯を聞いた。事の顛末はこうだった。
今朝方、弥七が小袖を藩主様に持っていった際に美緑姫から色や生地など細かい要望があるとのことで、面倒だと感じながらも美緑姫の要望を伺いに行くと、居間には美緑姫の他に従者が一人いたがいつも見る従者とは違う女性であり、その従者の顔を見た弥七は絶句したという。まだ少女と言っていい顔には痣や傷が出来ており、誰かに殴られた顔をしていた。昨年結婚し屋敷を出ていった美緑姫の元従者だという。
美緑姫は、気立ても良く、家事もしっかりこなす嫁としては非の打ち所がないにも関わらず、気分次第で殴る蹴るの暴力亭主から元従者を離婚をさせたいが、この亭主が離縁状を書かずにいる上、
美緑姫が一気に弥七に話している間、元従者はしくしくと泣きっぱなしであり、弥七も同情してしまい引き受けてしまったが、うまい手だてがなく、市蔵に助力を願い出た。
「許せん。許せん。許せん。イチ。仙十郎。これは女の敵ぞ! その者を必ず助けよう。わらわも助力を惜しまんぞ」
強い言葉と多目の謝礼金に市蔵が仕事を引き受けると、レイラは右手の握りこぶしに力を込めた。
レイラは怒りから、口はへの字になっており、眉は眉間側に下がっていたが金平糖の袋を握っているのを思い出し、見事に金平糖が粉々になると、口のへの字は変わらなかったが、眉は眉間側に上がっていった。
仙十郎と弥七は腹のそこから笑い、市蔵はレイラの頭を無言でポンポンと軽く叩いた。
弥七が帰ったあと、レイラと仙十郎はどの様に進めるか話し合っていたが、良い案が浮かばす、話し合いは平行線を辿っていた。
「仙十郎。やはり強行突破しかない。追ってくる者は皆殺しじゃ」
仙十郎が呆れたように口を出した。
「お前は何処の賊だよ。オイラ達は人を殺めたりはしないんだよ」
「生ぬるいぞ仙十郎よ。罪人には死あるのみじゃ。己の死をもって償え」
「やだ、この子見た目に似合わず狂気が大変渦巻いてらっしゃる。大将、とんだ化け物を拾っちまいましたね」
「イチ。お主も難しい顔ばかりしてないで、何か思い浮かばんのか?」
市蔵は、レイラを
「弥七の話では、従者は美緑に付いている時以外は、常に3,4人の男に監視されてるという。強行突破だけでは危険過ぎる。極力手荒い真似はしたくないからな」
「なら、何か妙案はあるのじゃろうな。ただ、難しい顔して無駄に呼吸だけしておったのではないか?」
仙十郎はレイラを睨み付けた。
「お前、大将にも厳しくないか?」
「それだけ、わらわは怒っておるのじゃ! 従者が余りにも不敏じゃろ。ろくでもない男に
レイラは怒りからか、唇が震えていた。
「妙案はあるさ。ただし、ちょいと仕掛けも必要なんでな、とりあえず明日、美緑と従者に会いに行くぞ」
仙十郎は驚きを隠せなかった。
「え!? 大将、どうやって美緑姫に会うのですか? 我々は追放されたのですよ。本来なら城下町に行くことも許されない中、藩主様の恩情で暗黙の了解になっているのですよ」
「ほぅ。お主らは追放されたのか。時間があるさいに詳しく聞かせて欲しいもんじゃ」
レイラは好奇心からなのか。市蔵に視線を向けた。
「気が向いたら話してやる。美緑に会うには弥七の助力が必要だ。まずは明朝、弥七の所へ向かう。明日は早い、もう寝るぞ」
寝間へ向かった市蔵を追いかけるレイラに仙十郎は、あざ笑いながら言葉を投げ掛けた。
「昨日は蛇で、今日は夢の中で鯉になって泳ぎ回るんだろうな」
「わらわを愚弄しおって。怖くなどないわ」
レイラは仙十郎をキッと睨むと、慌てて市蔵の後を追った。
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