私の頭の中のIKKO
橙田千尋
私の頭の中のIKKO
夕方、訳も分からず病院へ行くことになった。状況も呑み込めないまま車に乗せられる。どうやら父方の叔父が今日もたないだろうという話で、最期を看取りに行くとのことだった。
だが、自分はその親戚にあまり思い入れがなかった。小学生の時に何回か会ったことがあるような気がするが、ここ十年近くは顔も見ていない。悲しい場に、そこまでの悲しさを持ち合わせていない人間がいていいものだろうか。家族には申し訳ないが、遠くの良く分からないホームセンターに行くときと同じくらいのテンションだった。
病院に着き、受付で部屋番号を教えてもらい、家族に合わせて速足で病室に向かう。中では数人の親戚がもうすでにベッドを取り囲んでいて、時々声をかけている。すぐに父親もベッドへ近寄る。自分は窓の近くに陣取って、時々窓の外を見た。窓の外にはチェーン店がいくつか見える。あまり面白い風景ではない。
病室では一定の間隔で電子音が鳴っている。おそらく心拍数を表しているのだろう。親戚たちがかわるがわる叔父に何かを喋っているが、応答は無い。
時間が経つにつれ音の間隔はゆっくりになっていき、そのたびにすすり泣く声が聞こえる。結構な時間が経ったような気がしたが、時計を確認するとまだ病院に来てから20分ほどしか経っていない。レジ打ちのバイトで、人があまり来ない時間帯と似た気持ちになった。
病室に来てから1時間ほど経ち、ついにその時はやってきた。心拍数が短い音を鳴らすのをやめ、病室に長い単音が響き渡る。医師が叔父の状態を確認している。一旦消えたすすり泣きが、何倍にもなって響きだしたその時だった。
「ぜつめいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
突然、脳内にIKKOが現れた。
「ぜつめいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
追い打ちをかけてくる。
「クククッ……」
その場の緊迫感も相まって、変なツボに入ってしまった。近くにいた母親が振り向く。笑っていることを悟られないように下を向く。
「午後7時39分、ご臨終です」
「りんじゅうぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
「グハハェ」
IKKOの追撃に、思わず声を出してしまった。そこそこ大きい声だったらしく、その場にいた全員が自分のほうを向いている。人が亡くなったときに、勝手にツボにはまっていることが知られたら、自分はおろか、両親まで冷たい目で見られてしまう。口を覆い、すすり泣くふりをした。
何とかその場をやり過ごしたが、後で父親にそんなに思い入れがあったかと尋ねられてしまい、誤魔化すのに苦労した。
この一件以来、IKKOが時々脳内に現れるようになった。しかも、決まって緊迫感のある場面で。
病室での襲来から1か月後、自分は就職活動を行っていた。
ある日、面接のためにとある会社を訪れていた。受付の人に案内され、控室で待っていると、突然あいつはやってきた。
「めんせつぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
足をつねりながら、笑いを耐えていると、人事がやってきて、部屋へと案内してくれた。中には役員がいるとのことだった。
深呼吸をしてドアをノックした瞬間、再びIKKOがやってきた。
「にゅうしつぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
まだドアを開けていなかったから良かったものの、完全に口元は緩んでいた。
自己紹介は何事も無かったが、ほっとしたのもつかの間だった。
「大学生活で一番頑張ったことを2分程度で話していただけますか?」
「サークルぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
「ゴヘェ、大学ではサークル活動を……」
この辺りから、役員の顔が険しくなったように思える。
「この志望動機だと、どの会社でも言えるんじゃない? なんというか……」
「あっぱくぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
「ンヒィフゥ」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
その後もIKKOの襲来に警戒しながら面接を続けたため、かなり的外れな受け答えをしてしまったと思う。面接官もしきりに首をひねっていた。案の定、数日後にお祈りメールを受け取ることになった。
面接のたびにIKKOが出てくるので、3社受けて3社とも落ちてしまった。まだ他にも手札はあるが、このままだと全滅しかねない。
「ぜんめつぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
お祓いに行ったほうがいいのかもしれない。しかし、霊と同じように、消滅させることはできるのだろうか。あくまで頭の中のIKKOは、自分が作ったものだ。
「まぼろしぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
頻度が増えている。このままだと、そう遠くないうちに脳をIKKOに支配されてしまうかもしれない。近いうちにお祓いにいくことにしよう。
私の頭の中のIKKO 橙田千尋 @komekokakari
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