第5膳 なんか駄菓子をたくさんもらったぞ!「地蔵盆」?なにそれ、ねえ

 どういうわけか、駄菓子が詰め合わせになった袋を抱きかかえて伊緒さんが帰ってきた。

 きょとんと不思議そうな顔をして、あたまの上にたくさんのハテナが浮かんでいる。

 なんで突然こんなにお菓子をもらったのだろう、わたしいったい何してるんだろう。

 そんなワンダーに満ちた状態で、ことのあらましを語り始めた。

「お家の下の坂をおりきった辻に、お地蔵さまの祠があるでしょう。なんだかそこがすごく賑やかで、なんだべなんだべって覗いてみたの。したっけ、こどもたちがいっぱいいて、祠には色とりどりの飾りがあって、きれいだなあって見てたのさ」

 ここで一息ついた伊緒さんは、くぴくぴくぴ、とおいしそうに麦茶を飲んだ。

 こくんこくんと白いのどが上下して、早く続きを話したがっている。

「したらおじいちゃんおばあちゃんたちがね、"はぁーい、ここさ並べやぁ。ケンカすんでねぇぞぉ(方言補正)"ってこどもらを集めたの。さらになんだべなんだべ、ってみてたら"おう、こっちさこぉ"って。わたしもなぜか並べられてね、こんなにたくさんお菓子もらっちゃって……って、ああ!なに笑ってるの!」

 ぼくは伊緒さんのお話を聞いているうちにおかしくなってしまって、辛抱たまらずとうとう笑いだしてしまった。

 ぷんすかー!と伊緒さんはおこっているけど、これはもう無理もないことだ。

 彼女が遭遇したのは関西に特有の、「地蔵盆」という行事だろう。

 8月の月遅れ盆のあと、だいたい24日にすることが多い。

 さっきのお話のとおり、お地蔵さんの祠を賑やかに飾って、お供え物のお菓子をこどもたちに配るのが特徴的な内容となる。

 仏事としてはまあ、いろいろと由来も意味もあるのだけど、こどもたちにとってはお菓子をたくさんもらえる夏休みの楽しみなイベントのひとつだった。

 まさかとは思うけど、小柄な伊緒さんがこどもに間違えられてお菓子をもらったと考えたら、微笑ましくて仕方ない。

 それでつい、笑いが止まらなくなってしまったのだ。

 こどもを守護するイメージの強いお地蔵さまの法要は、やっぱりこどものためのお祭りだ。

 古くから地蔵信仰が盛んだった近畿地方では馴染み深いけれど、一部を除いて他の地域ではまったく知られていないことも多い。

 でもぼくはこどもの頃に、駄菓子をよく食べたという記憶がない。

 それというのもいわゆる「駄菓子屋さん」なるものが近くにはなくって、そんなお店がある学区の子たちをうらやましく思ったものだった。

 年配の方なら10円とか20円、ぼくと近い世代なら100円玉を握りしめて、駄菓子屋さんに通ったという話をよく耳にする。

 お店全体がもうおもちゃ箱みたいなもので、ところせましと安くてちいさなお菓子が並んだ様子は、さぞや楽しかったろうと想像する。

 だからぼくにとっては、地蔵盆のときがそんな駄菓子を口にできる貴重なチャンスだったのだ。

 伊緒さんはというと、駄菓子屋さんは近くにあったものの、お家の方針であまり食べさせてもらえなかったそうだ。

 いいなあいいなあと横目で見ながら、とうとう今の今まで口にしたことはないという。

 むう!では、今日が記念すべき初体験ではないか!

「おじいちゃんおばあちゃん、ありがとう。お地蔵さま、ありがとう」

 なむなむ、と手を合わせて、伊緒さんがもらってきた袋の中身をテーブルにあけてみる。

 途端に、こどもの頃の思い出があふれるようなノスタルジーを感じてしまう。

「すごいすごい!なにこれ!」

 ほとんど初めて見るものばかりの伊緒さんは、とっても素直に喜んでいる。

 もう何十年もデザインが変わっていないような、レトロなパッケージのスナック菓子。

 色とりどりのビーズみたいな、なんかモチモチした甘い粒菓子。

 お米をポップコーンみたいにした、昔ながらのポン菓子。

 小さなガムとかアメが"わしゃっ"とあって、さらにお菓子というより珍味とかおつまみのような品も懐かしい。

 大人になったいま見ても、ものすごく楽しい。

 伊緒さんはどうだろうかと横を見ると、

「はわはわはわはわ」

 と、感動に打ちふるえていらっしゃった。

 さらにひとつずつの値段の安さを聞いて、よりいっそう感じ入っておられる。

 こどものお小づかいで最大限楽しむことができるよう、真心込めて考え出されたお菓子なのが伝わったのだろう。

「晃くん、これ。これものすごく気になる」

 ぼくの半ソデをぎゅうっと握りしめて、伊緒さんがひとつのお菓子を指さした。

 トンカツを極薄にしたような、むしろおかずっぽさもある一品だ。

 さすがお目が高い。

 召し上がってみたらいかがですか、というすすめに伊緒さんは素直にしたがい、おそるおそるといった感じで封を切った。

 端からまふまふまふ、とかじって、もぐもぐもぐと咀嚼する。

 ぼくはなぜか、かたずを飲んでそれを見守る。

「お味はどうですか?」

「うまい」

 伊緒さんがネコのように目を細めている。

 お気に召したようだ。

 ほかにも気になった順にちょっとずつつまみ食いして、その度に伊緒さんは「うまいうまい」と大喜びしていた。

「うーん、どれもおいしい!ひとつひとつを大きく見えるようにするか、歯ごたえのあるようにつくって満足感を出してるのね。この工夫は、すっごく勉強になるわ」

 おお、さすがお料理上手の伊緒さん。着眼点がちがいます。

 でも思い返すと、伊緒さんがつくってくれる料理にもたしかに通じるところがある。

 安い鶏むね肉を開いて大きなチキンカツにしてくれたり、少ないお肉をサイコロステーキにしてこんにゃくやさつまいもでかさ増ししてくれたり。

 味だけじゃなく「満足感」への工夫にも心を砕いてくれているではないか。

 こどもたちを喜ばせるという目的において、駄菓子はまさしく、そんな心遣いの結晶といえるかもしれない。

 いまは夏だから入ってませんでしたけど、めちゃくちゃ長いのとかコインの形したのとか、チョコ系の駄菓子も楽しいですよ。

 そう言うと、

「へえぇぇ!へえぇぇ!」

 と、伊緒さんは目をキラキラさせて興味津々のご様子だ。

「ねえ!もちろん毎日はだめだけど、こどもができたら食べさせてあげようね!」

 ぽろっ、と出た自身の言葉に、伊緒さんはすぐさま顔を赤らめた。

 はわはわはわ、と阿呆のようにぼくが恥じらう。

 そのせいもあって余計に恥ずかしくなったのだろう。

 照れ隠しも兼ねて伊緒さんが、"すごくすっぱいガム"をぼくの口に押し込んだ。

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