祖国が消える日
スティドに入った一行は国境警備に付き添われて王都に招かれた、その昔スティドは氷の国と呼ばれ不毛の大地であったが、今では木々も生い茂り美しい国になっていた、丘の上に立つ石城はどこかアライナスの城を彷彿とさせる
この一行の代表者であるフィノが書簡を渡すと宰相は一礼し城の中に消えていく 門前で待たされているフィノ、イナトジェイドとインシグの中に紛れたミエルはスティド王の顔を思い出す。蛇のような目を持つ欲深い男だ
「…ミルズ国よりの使者達様にお会いになられるとおっしゃっておいでです、どうぞこちらへ」
「感謝いたします」
広くはない個室に案内されると、フィノ以外は立って王の到着を待つ。入り口のドアが開くとフィノも立ち上がりスティド王へ一礼する
「よい、顔をあげよ」
「此度は急な訪問、申し訳ありません」
「ミルズとは良い関係を保っていたいのでな。それでよほどの事でもありましたかな?」
ソファに座った王は一同を舐めまわすかのように見渡すと眉をしかめる
「はい──」
「わたしがお話しましょう、スティド王よ」
一歩進み出たミエルがフィノの言葉をさえぎる、それにさらに眉をしかめた王は
「何だ、お前は!」
ヘアピースを脱ぎ去り座った王を見下す
「お忘れですかスティド王」
「……姫神……!」
唖然としながらも小刻みに震える手を目で眇めると
「訳合って来ました、お話がしたいので全員に席を外してもらいたいのですが?」
「──お前達、ミルズの使者達も席を外してくれ」
汗ばむ額を拭った王に指示され一行が部屋を後にする
「ちょっと…あれでいいわけ?内緒で話しするなんて聞いてない!」
外に閉めだされた3人が頭を悩ます、するとミルズ国の騎士が廊下を歩いてくる
「おや?どうしたんです?そろそろかと思って覗きにきたのですが」
甲冑のヘルムを取ると柔らかい茶色の髪がさがる
「クローム、ちょうどいい所へ来てくれた!」
「うーん…聞くのが怖いですね」
インシグのきらりと輝いた目に一歩引くのはクロームだ
「ほんとにちょうどいい所へ、ちょっと覗き見してきてください」
フィノが指で部屋を指し示す、イナトもうんうんと頷いている
「その覗き見とか…昔から誤解されるのですから止めて下さいませんか そのせいでどれだけ婚期を逃してきた事か」
「うそうそ、結婚する気がなかっただけでしょ」
「…いいから急げ!早くしないと話が終わってしまうだろうが」
インシグにせっつかれてクロームはやれやれと肩を上げる
「わかりました。けれどしっかりこの身体見張っておいて下さいよ」
「おっけー」
軽い口調のジェイドを横目に廊下に腰を下ろしたクロームは意識を飛ばし始める、魔力の流れを読むジェイドが
「入ったみたいだね」
そういって部屋の方をじっと見つめた
一刻ほど立つとドアが内側から開かれる、姿を現したのは王が先で青褪めた表情だ
「まさか、こんなとんでもない日が来ようとは…」
廊下で待つ一同を一睨みすると侍従を連れて去っていく、その後ろから続くミエルは皆に伝える
「話は着きました、スティドも協力を惜しまないようです。──さて…貴方がたはどうしますか?もう帰って頂いてもいいのですが…」
冷たい目線を送られるもデルクは
「…いいや、ここまで来たのだ最後までご一緒させて戴こう…ミエル殿」
(さも今知ったかのように言うのね、インシグ…)
黒く染まった髪、黒い目がミエルを射抜く
アライナスに戦いを挑むべき準備が静かにかつ早急に進んでいく。城内はあわただしく兵士達が行きかい、鍛冶屋も剣を磨き上げるなど休む暇もない
「クロームが聞いた話っていうのは本当にそれだけなの?」
城壁で風を受けながらジェイドが話す
「ええ、今話した通りの物です、ミエルさんがアライナスを落とす、それに協力しろと
まあ、もう少し威圧的でしたけれども」
「…ミエルの話しに裏は無いという事か…?」
インシグは一考する、集まった全員が激流にのまれていく感覚を覚えていた
「今出来る事をやっていこう、まずアライナスへは我々も同行する事は伝えてある、ミエルに関しては見張りを付ける、イナト、ジェイド二人が担当しろ
そしてこの書簡はお前に預けておくフィノ、知っているとは思うがそれはミエルが不振な行動を取った場合スティド王に渡してくれ」
恭しく書簡を受け取るフィノが懐にしまう
「何が書かれてるの?」
興味津津のジェイドに
「──もし何かあった場合、スティド王と協力しそのまま俺がアライナスを落とす
その証明書だ」
黒髪を掻きあげて天を仰ぐインシグは今は別塔にいるであろうミエルを想う
別塔の窓から臨む風景のずっと先にアライナスがある。出発を控えるミエルは銀色の鎧を着ている月光石で出来たマスクからのぞく唇は青白い、部屋を出るとイナトとジェイドが出迎えた
「これは…ミルズの重鎮がここで何を?」
「最後までお伴しろとおおせつかっています、ミエル様」
「おれ達があんたの見張り役って事」
初めてみるイナトの鎧姿にジェイドの兵装にミエルもさらに気を引き締める
「どうぞ、戦場を駆け抜けますので出遅れぬように検討をいのります」
石造りの床を迷うことなく進む、城門前には居並ぶ軍隊が待ち構えている、姫神の姿を見た者はおののきうろたえているアライナスにより近いこの国では姫神がいかに恐れられている存在なのかを痛感させられる
「王はどちらにいかれた」
鷹揚にミエルの馬をもつ男に聞く
「はっ!あちらに…」
そう指し示す方向には華美で戦場では一際目立つであろう美しい馬車があった
「…なるほど、彼に相応しい乗り物ね」
さっと馬に跨り、先頭を行く、徐々に足早になっていく隊が目指すのは大国アライナス
山もなく小高い丘が続くここはアライナス領ニーヴェルム広陵だ目前には城が見える
アライナス軍はささやかな抵抗を試みるが、どの兵士もやつれ弱っているのか手ごたえはほとんどない、馬を駆るミエルは先陣を切って進む、銀の鎧は血で汚れ鈍い光を放っている
「こんなに簡単にアライナスが落ちるとは!」
半笑いで後に続くスティド王が叫ぶ
「もっと早くこうしていれば良かったのだ!そうすれば──」
「王よ、焦りは禁物です」
饒舌になった口をふさぐ、ずっとミエルの後ろばかりを着いて回る姑息な男に辟易する
戦いが始まってからミエルはずっと力を行使し続けている、まわりがゆっくりになる代わりに気持ち悪さが付きまとう
「っ……城門を打ち破れ!」
ミエルの号令に従う兵士達が一気に門目掛けて巨大な杭を打つ、轟音が何度か打たれると
錆ついた鉄門がぐにゃりと折れ曲がると一気に城内に流れ込んでいく
息の上がった様子のインシグが隣に並ぶ、イナトもジェイドも次々と追い付いてくる
「…ミエル殿、いよいよだ。本当にいいんだな」
「何の確認でしょう今更ですね」
愛剣を抜いたままで月夜を背負う姿は、初めてここで対峙した彼女そのものだ
馬を降りて知った城をゆっくりと歩く、そこかしらに贅をこらした調度品がならび飾られた絵画も高価な物ばかりだ、部屋からこちらを覗く侍従達はミエルの姿を見ると祈るような仕草を取る、きょろきょろとするスティド王は欲深い顔をしている
門番がいなくなった大扉を両手で開けると、何名かの兵士が王を護るように構えている
「……ミエル=レイネット、我が娘よよくぞ戻った」
「遅くなりました国王陛下」
そういうなり王を護っていた兵士が大扉の閂をかける、驚愕するスティド王はすぐ側にいるイナトにしがみつく
「な、なんのつもりだ……?姫神よ」
「何の事とは……あなたの反逆罪の事ですか?」
呆気にとられる一同にぼんやりと光る眼が向けられる、がたがたと震えだしたスティド王がその場にへたり込む
「ふっふはははは、さすが姫神よ。これで全てが我が物となる!」
「兵士達よ、スティド王とミルズ皇帝を拘束せよ!」
ミエルが叫ぶ、三人が剣を構えながらも苦い表情をミエルに向ける、周りを囲む兵士もイナトとジェイドの殺気に中々拘束できないでいるとミエルが一歩踏み出す
「わからないと思っていたのですか、インシグ=ロスワイス=ロノワ皇帝陛下?その黒髪黒目は不思議ですが…ミルズ国皇帝、貴方は裏切られたのですよ」
ふわりと蒼銀がゆれたと思うと、スティド王にしがみつかれていたイナトが倒れる、それに意識をそらしたジェイドが腹部を押さえて倒れこむ
「!?」
「動かない方が身の為ですよ、皇帝陛下」
首に当てられた剣にインシグの陽光色の髪が映る
「ああ、やはりジェイドの力でしたか」
「ミエル……!」
そんなやり取りを見ていたアライナス王が笑う
「これで、全国土は我が物!お前の書簡通りに事は運んだようだな!」
玉座でふんぞり返る王に兵士達は胡乱な眼差しを向ける、縛りあげられたインシグ達を確認すると
「国王陛下……姉はどこにおられるのですか?」
笑いを一気に止め、ミエルを睨む王が
「お前に姉などおらぬわ、この溝鼠が……まあよかろう今回の功労者であるお前には知る権利がある。ナスタは危険が及ばぬように隠してある」
「なるほど───お前達、ナスタ王女をここにお連れしろ、隠し通路は玉座の下から入れる。いけ!」
傍に控える兵士に命令を下す
「な、なにを言っている!」
動揺を隠せない王はすっかり肥えた身体を玉座にしがみつかせている、あまりに滑稽な姿に笑ってしまいそうになる
「何をしている……いけ!」
姫神の怒号に一気に兵士が動き出す、ミエルが王の首根っこをひっつかんで広間へなげだすと玉座を動かし、下への階段を下りていく
「こ、この溝鼠が何をする!お前を育ててきたやった恩を忘れたか!」
「黙っていてくださいね…間違えて切ってしまうと大変です」
冷ややかな目線を送り剣の柄で思い切り顔を殴る、口を切ったのか血を吐く王を見下げる
「ミエル!やめろお前は何をしているんだ!」
後ろから縛られたインシグが叫ぶ、やがて階段下から現れた兵士の中に薄い色合いのドレスを着たナスタが見える、何か甲高い声で叫んでいる様子だ。お得意の人をけなす言葉だ
「お待ちしておりましたナスタ王女、どうぞ父王がお待ちですよ」
驚愕の表情でミエルを睨む王女は
「お父様に何をしたの!虫けら以下の分際で地べたに座らせるなど、お前など死刑よ!」
つかつかとナスタに近寄ると、そのぎらつく髪を掴み父王のもとまで引きずる
痛みで泣き叫ぶがマスクで隠された顔にはどんな表情があるのか読みとれない
「……ミエル待て…こいつらを殺す事はない…もっと他の方法があるだろう」
嫌な予感を覚えたインシグは静かに話しかける、それにゆっくりと振り返るとマスクを外して何の迷いもないとばかりに微笑む
「アライナス王よ、今宵からここはわたしが支配する国となるのです」
「何を言っている!?この国は我が物!薄汚い溝ねずみなどが国王などなれるものかぁ!」
喚き散らす父王の横で
「そうよ!お父様はユーユリ土の覇者となられるのよ!そして私はイナト様と‥‥‥」
意識を失わされたイナトを横目で見るナスタにミエルは薄ら笑いをこぼす
「ご所望の者は気を失っている様子ですね」
「っ!───イナト様!イナト様ー!助けてっ‥‥‥!!」
異様な雰囲気の広間に兵士も大きく動揺し始める
「もう十分だ。アライナス王よ、言い残すことはあるか?」
「‥‥‥恩を忘れたか‥‥‥お前を育て守ってきたのは誰だったのか、迫害から守ってやってき」
「そんな事実はどこにもない。」
そう言って剣を振り降ろす、鮮血が床に広がる。
横では鮮血でドレスに染みを作るナスタが大きく震えている
「わ、わたくし達が何をしたというの……このっ悪魔が!死ね!死ね!死ね─!」
落ちた王の首がインシグの足元に転がる、目を気付く伏せたインシグにもう言葉は無かった
「言いたい事はそれだけですか……つまらない最後でしたね」
アライナスの兵士達も震える身体を押さえられないのかじっと様子を見ているだけだった
ヒュンという音共に新しい鮮血が飛び散る、マスクを外したミエルの顔にも跳ねるが転がった金の髪が止まるのを眺めた
床に愛剣を突き立てる
(これで、やっと終わりにできる……)
錘のように重たい身体を玉座に据えると天を仰ぐ一拍置いてミエルが楽しそうに笑う
「──これで、全てわたしの物!──愚かで馬鹿なアライナスの国民は全てわたしに平伏す そうだお前達は前の王に仕えていたのだから全員、鉄馬車の肥しにしてやろう!」
なおも鈴を転がしたように笑うミエルを兵士の一人が鋭く睨む
「……お、お前等の自由にさせて、たまるか…ここは俺達の国だ…もう死ぬのは嫌だ」
発言した若い兵士を睨む
(そう、あなた達の国よ…自分の足で立って歩き出しなさい…)
「そうだ……俺達はもう十分苦しんできた…王も姫神もいらない!」
賛成した兵士がミエルの腕をひねりあげる、くぐもった声をあげたミエルに堰を切ったように兵士が群がる、髪を掴まれたミエルを膝まづかせると兵士が歓声をあげる
「やめろ…やめるんだ!」
インシグの絶叫に目を覚ましたジェイドがあたりの惨劇に目を見張る
「な、なにが…」
「ジェイド!イナト!ミエルを助けろ!」
「…っ」
イナトが額から血を流すも意識を戻すと、ジェイドが力を使って兵士を操ろうとしているが人数が多く上手くいっていないようだ、腕の関節を外して縄を緩めるとインシグが剣を抜き群がる兵士を牽制しに向かう
「止めるんだ!…ミエル!」
「止めるな!俺達にはもう姫神なんかいらないんだ!」
泣きながら訴える兵士がインシグの腕に絡みつく、大扉の前も騒ぎになっているのか隠し通路から現れた兵士達が続々と集まってくる
ほんのわずかな隙間から見えたミエルと視線が絡む
「ミエル!!」
イナトが剣を片手に兵士をかき分けようともがく
そこにはアライナスの兵士もスティドの兵士もいた、もみくちゃにされながらも救出されたインシグ達は別室に移された
兵士に取り押さえられたミエルの行方が知らされないままに三日が立った日の事
スティドの王は自国へと軍を引き連れて帰って行った
インシグ達はこの三日間軟禁状態におかれていたが、インシグが持っていたアライナスの書簡のおかげで解放される事なった、皮肉なことにアライナスの戦争を始めるにあたって姫神を要求してきた書簡に救われる羽目になったのだ
「クローム、まだミエルの居場所はつかめないか?」
「…何度も意識を飛ばしていますが手がかりもありませんね」
椅子に座ったインシグに答える、この数日まともに睡眠も食事も出来ないでいるインシグを心配する
「陛下、明日にはアライナスを去らねばいけません……一度ミルズで態勢を整えましょう」
「このままでは帰れない…わかっているだろう!」
怒鳴るインシグを誰も見た事が無かった
「すみません、インシグ様」
頭に包帯を巻いたイナトが険しい声色でジェイドに促す、するととたんにインシグの視界が歪む傾く身体をイナトが支えると意識を手放した
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