最終段階


 それからというもの目まぐるしく季節は巡っていった、一時期は結婚はいつにするのかといった話しもあったが何とか回避し、アライナスも戦いを起こさなくなった事でインシグとミエルの婚約は本物で和平が実現したのではと噂が立つほどだ。セームと記憶の継承を行った事でミエルは王立図書館どころか部屋に籠るようになっていた、


「ミエル様、皇帝陛下が乗馬のお誘いにいらっしゃっていますが…」

「不要よ」


今ではすっかり慣れたこの会話にもメイアは肩をがっくりと落としている


「今年の花音祭もとても賑わったそうですよ…ミエル様、そうだ!もう森もすっかり赤く色づいていますしお散歩に出掛けませんか?」


「…不要よ」


二度目の秋を窓辺で過ごし、冬には待っていた工事がついに首都にまで届いたと知らせが来た完全に首都の水路と繋がるのは来年の春になるらしい


 「ミエル様が外に出なくなってからもう二年になるのね……いくら皇帝陛下がお誘いになってもお顔も合わせないなんて…」

「確かに…それに最近じゃひどく冷たい目をしたりする時もあってその、なんとなくだけど初めてお会いした頃のようで…」


メイアとリリアーナは厨房の横にある使用人ようの部屋で食事をとっていた


「私時々恐ろしくなってしまう時があるの…」

「リリアーナ!」

「ご、ごめんなさい…でもメイアだってそうでしょう?」

「……」



 「最近、ミエルの評判がよくないようだな」


騎士達の練習を回廊で見ているインシグとイナトが話す


「…アライナスの姫神として悪い噂があるのは事実です…」

「そうか」

「…それだけですか?何かあったとは思わないんですか?」

「やめろイナト」

「いいえ、やめません。幼馴染として言います、二年も部屋にこもっているミエル様を何とも思わないんですか何故ほうっておくんですか!」

「…イナト!」

「何ですか…言われた事が気になりますか?本気でわからないならいくらでも言いますよ

どう考えたって視察にいった後、あの男と出会ってからミエル様は変わられた!気付いているでしょうどうして黙ってる!」

「イナト…口調が戻ってるぞ、後。皆見てるぞ」

「……ゴホン!」


咳払いをし、金の眼でじろりと周囲に目を渡せるイナトに、蜘蛛の子を散らしたように騎士達が移動していくと静かになった演習場で


「色々考えていた、あの視察で大雨になった時があっただろう、ミエルは事前に言い当てていた、あと一つここに着いた時の事だミエルの顔色が変わった、それで蓋を開けてみれば、大雨の被害が起きていた」


回廊を二人ゆっくりと歩き出す


「セームが言っていた記憶の継承、これは生かす術だと言う。ミエルが一人で背負う…とも言っていたな ミエルがミルズに来てから一番最初にした事は?」

「…脱走に、王立図書館」

「そうだ、そこで調べていたのは災害や気候、地理の事、聞いたこともないが、もし

天候や災害を予測できる力だとしたら、全てに納得がいく。ミエルが侵略した国々では災害が起こっている、ここでも仮説だがそれらが侵略の為ではなく救うためだとしたら?」

「災害を予測する力…でもあの戦闘力も力では?」

「あれも力なのは間違いないだろうが、俺がこの二年調べた結果がこれだ」


上着のポケットから一枚の紙を出す、そこには今は亡き国々の名と現状が書かれている


「インシグ様、まさか工事と並行してにこれも調べていたんですか?」

「ああ……だいぶ時間がかかったがな、出身者の流民を見つけては慎重に調べたからその紙に書かれている事に間違いは無い」


回廊を抜けて庭に出た二人は噴水の前までくる


「私達を使ってくれたらよかったのに…」

「お前達が動いたらすぐに何を調べているのかミエルにばれるだろ…特にイナトお前ミエルに弱みを握られているだろう…」


虚ろな眼差しにイナトが固まる


「あれは三年という期限付きで俺と婚約している。」

「…はいっ?」

「言ってなかったか、まあともかく三年の期限がくればここから出ていくつもりだ」


呆けるイナトがそっけなく答えるインシグをじっとりと見る


「──それで…どうするつもり何ですか?」

「俺が──」

「陛下!」


息を切らしたフィノが駆け寄ってくる柄にもなく走るその姿に嫌な予感を覚える


「どうした、お前らしくもない」


「っ……陛下…アライナスからの使者が来ています…!」






 「どういう事だ……この書簡の内容はふざけているにもほどがあるぞ!」


執務室でインシグの声が響く、フィノもイナトも机の前に立ちつくしている、赤い血の様な紋章はアライナスからの正式な書簡である事を意味している。ジェイドがソファで膝を抱えながら様子を伺う


「それで…ミエルをどうするわけ?」

「…姫神として出陣させろと書かれている…」


フィノがモノクルを上げる


「ミエル嬢は婚約者というお立場にあるのです、戦場に出陣させるわけにはいきません」


きっぱりと言いのけるが


「──しかしながら…今更なぜスティバ国に侵攻など」

「そこだ…アライナスにあるスティバには今までの一度たりとも手を出した事がなかった、むしろ比較的に良好な関係をたもっていた…」


インシグが立ちあがる


「この書簡の事…ミエルには知らせていないだろうな?あのじゃじゃ馬が知ったらどんな行動に出るかわかったもんじゃない」


イナトもフィノも頷く


「もちろんです、最近ではもっぱらお部屋にお籠りですので何も知り様がないかと」

「使者はどうしますか?部下に見張らせていますが─」

「……謁見の間に行く。フィノは俺と来い、イナトとジェイドはおかしな動きが無いか見張ってくれ」


立ちあがったインシグを皮切りにそれぞれ動き出す






ミルズ国 ミドレイ城 謁見の間



玉座に腰を据え肘掛に肩肘を付くインシグの横にはフィノが立ち、前方には膝を折り頭を下げる使者がいる。中央に伸びる絨毯にそって並ぶ護衛の騎士達が見守る中広間はぴりぴりとした緊張感が漂う


「使者殿よ、ミエル王女はすでに婚約も終えた身である。それを戦場に引っ張り出すとはどのようなお考えか?」


肩から掛けた毛皮がより強く威厳を醸し出すインシグが問う


「…ミルズ皇帝陛下、僭越ながら我が王にとってミエル王女は大切な御息女であらせられます。また忠誠を誓ったミエル王女はどんな状況下であっても祖国アライナスに従うものとされています」

「その大切な娘を戦場に駆り出すか」


さらに頭を下げる使者が


「偉大なる我が王のお考えは下々の者には思いを量ることすら恐れ多いことです──わたくしの役目はミエル王女をアライナスへお連れする事です。どうかミエル王女をお渡しください」

「…悪いがこのまま帰って頂こう。帰って王にお伝え申し上げよ、ミルズ国に身を置く者であるミエル王女を戦争に駆り出す事は出来ぬと」


(例えアライナスの城壁にこの男の首が並ぼうともミエルは渡すわけにはいかない)


鋭い目が使者を射抜く


コツリと大理石の床を鳴らす靴音に、玉座に座るインシグが横を振り向く


「よく来た、待っていたわ」


蒼銀の髪が肩下まで伸びたミエルが壇上の横幕から兵装姿で現れる


「…ミエル…何をしにきた、下がれっ」


インシグとフィノを一瞥すると使者の方へと降りていく


「遅かったではないか。父王はこの二年で腑抜けになられたか?」


頭を上げた使者は目を輝かせている


「ああ……姫神様…どうかお許しください、王は貴方様の書簡を読んで大変お喜びになられておりましたが準備に時間がかかってしまいました…」


玉座に座るインシグもフィノも何が起こっているのか戸惑う、目の前で妙な会話を繰り広げている二人に下手な茶番劇でも見させられているのかと錯覚するほどだ


「お前が書簡を送っただと……」


問われたミエルは顔も合わせもしないがその横顔はこの二年でより美しくなっていた。


「わたしが書簡を送ったのですよ皇帝陛下。そろそろアライナスには新しい富が必要ですからね」


そう言ったミエルのアイスブルーの目がインシグをとらえる、そんなミエルの手を両手で握る使者の顔は神でも崇めるかのようだ


「姫神様…その通りでございます!──もうアライナスには」

「わたしがいる。何も心配する事はない直ちに出発するからお前は馬車の準備を」

「は…はいっ」


急いで立ちあがった使者が広間から姿をけすと護衛の騎士達がざわつく、勢いよく立ちあがったインシグが


「何を言っている!お前は」

「皇帝陛下、お話があります。皆を下がらせて下さい」


しばらくの沈黙が続き、インシグがフィノに合図を送る


「皆、退出するようにとの仰せです」


やがて誰もいなくなる広間にはインシグとフィノが残る、ちらりと幕の後ろを気にしたミエルだが話を切り出す


「突然ですが今回の侵攻にあたり、ミルズ国にも助力していただきたいのです」

「!」

「面倒な言い回しはお互いやめにして率直に言います、わたしがここに来た目的はアライナス国を崩壊させる為です」

「何を……言っている」

「わたし一人の力ではアライナスを崩壊させる事は出来ません、ですのでミルズ国に協力を仰ぐために来たのです、ここまで時間をかけたのも父王を油断させるため」


すかさずフィノが問いただす


「でしたら、今回の侵攻はなぜですか?」

「地理的に言えばアライナスに攻め込む場合、ここからでは真正面から行く事になります例え疲弊してきているアライナスにでもそんな無謀な事はできないでしょう、ですので隙をつき確実に事を為すためにはあの国を落とす必要があるのです」

「ミエル我が国は侵略などしない」


インシグは玉座で足を組みなおす


「しなくて結構です、わたしがしますので。ただ一個小隊で同行していただければ

スティバに乗り込んだ後はスティバ王に協力を仰ぎます、アライナスの崩壊をちらつかせればすぐに話しに乗ってくれるでしょう、そうすれば間を開けずにアライナスに乗り込みます。スティバの軍と共に」


合理的に話す戦略はミエルが緻密に練ってきたものだとわかる


「しかし、そう上手くいくのか?スティバ国は長年アライナスと良好な仲だ、話しにのってこない場合も十分に考えられる」


「その場合、いま皇帝陛下がお持ちの書簡を目の前につきだしてやりますよ、自分の国が狙われていたと知っても黙っていられるとは思いません」


フィノも渋い顔でモノクルを上げている


「アライナスを落とした後はどうするつもりだ。」


核心をつくインシグの質問に幕の後ろにいるイナトやジェイドまでもが息を飲む


「父王や姉、一族等の処分としては生ぬるいですが北にある牢獄に収容します、甘い汁を吸ってきた貴族においても財産没収と位剥奪としそれぞれ投獄とします。国民に関してはスティバに引き取ってもらう事になるでしょう、それでやっとアライナスは本当の意味で崩壊します」


淡々と話すミエルを前にフィノが身震いする


「なるほどな…それで我々が危険をおかす意味があるのか?小隊だけを要求するがそれだけの用意でスティバに乗り込めると思っているのか」

「小隊でいいと言ったのは隠れ蓑になってもらうためです。ミルズは少なからずスティバとも交流がありますね?今回も訪問にきたといって城に入っていただきたいだけです。わたしは血を流したいわけではなく、スティバ王と直に交渉したいだけですので」


重たい空気に長い沈黙が流れる、こめかみに指をあてる仕草を見せるインシグの頭は素晴らしい速度で考えを巡らす




「皇帝陛下、早い判断をお願いします。外で使者がまっています」


ミエルがせっつく


「小隊に臨む者の準備もある、今日出立というわけにはいかん…」

「話しに乗ってくれたと解釈していいという訳ですね?」


(ミルズ国にとって何も不易になる要素もなく、アライナスが崩壊する、その先には平和が…)


「それでも、不安だな」


ぽつりと呟く、横に立つフィノも急な展開にどうも落ち着かない様子でいる


「──今回の話し引きうけよう……だが約束しろアライナスを崩壊した後お前はここに戻ると」


ミエルが伸びた髪をさらりと揺らしてにっこり笑う


「感謝いたします、皇帝陛下。わたしの宿願がかなった暁にはかならずここに戻ってきましょう」






 執務室に向かう通路でジェイドがインシグに詰め寄る


「何考えてんの馬鹿なのインシグ?……ミエルの言いなりになってさ!」

「……お前にも俺が調べてきた事を伝えただろう、もしミエルが災害を察知する力があったとして、救うための戦いをしてきたと想定すれば今回の行動も道理にかなう物だ」


フィノが執務室の扉を開くとさっさと室内に入っていくインシグの後を追う


「確かにそれは教えてもらったけど、それならもっと他の方法があったんじゃない?」

「他にとは?」

「災害が起こりそうな国にはあらかじめ教えておけば回避できたかもしれないじゃん」

「ミルズ国が近い間に海に飲まれます、といわれたらお前信じるのか」

インシグは言いながらも机の引き出しの中から羊皮紙を取り出し何かを書きだしていく


「……っ」

口をまげてソファにどっかりと腰をおろし黙りこむジェイドがまだ何かぶつぶつと言っている


「ここにいる全員に問う、戦う覚悟はあるか?もし無いなら部屋から去ってくれ今すぐにこの羊皮紙から名前を削除する」


イナトもフィノもジェイドも一歩も動かない


「わたしはこの国一の剣技を持つと自負しています」

「陛下、私ほどの戦略知識をもつ者がどれほどいます?」

「──何言ってんの?ここにいる全員インシグに忠誠を誓ったんじゃん。今頃逃げられると思ってるわけ?───あぁそうだついでに使えそうなクロームも連れてこうよ、ああ見えてえぐいんだからさ」


羊皮紙にさらりと付け加えられたクロームに同情する

「イナト、ここに書きだされた者全てに今すぐ使いをだせ、出発は明日。今すぐ動

け!」


怒涛に場が動き出す


「姫神様……それはどういう事なのでしょう?」

「先に出発しなさいと言ったのよ。この書簡を父王にお渡しすれば全て理解してくださる。

わたしもすぐに後を追うから」

「は…はい…」


重い足取りで乗り込んだ馬車を見送ると、ミエルは城に入る、門番が睨むようにミエルに視線を送る、廊下ですれ違うメイド達も思い切り脇によけると深々と礼を取って逃げていく、厨房から覗いていた使用人達でさえ顔が合いそうになると姿を隠してしまう

広間での話しはあっという間に広がったのか騎士達も遠巻きに悪態をついている



 自室に戻ると、メイアとリリアーナが待機していた


「何をしているの?」


最近では接点をもたないようにしていた二人が居た事に少し驚くが


「あ、あの明日お発ちになるとお聞きしました…何かお手伝いすることはありませんか?」


メイアが尋ねてくる


「いいえ何もないわ」

「で、でしたらお久しぶりに午後の時間にいたしませんか?お菓子をご用意致しました」


ワゴンを押すリリアーナが精いっぱい笑って見せる


「いらないわ下げて」


はいと頷いた二人は部屋の端による、ミエルはそんな二人に心の中で最後の別れを告げる


(ごめんなさい、冷たくしてきたせいで辛い目にあわせてしまった…こんな風にしか出来ない弱いわたしを許してね……)




 テラスに出たミエルは室内をぐるりと見渡す、可哀そうにテラス向きにされた長椅子

使われる事のなかったドレッサー

飴色に磨かれたチェスト

リーデイアが用意してくれたドレスを映した姿見

室内に戻ったミエルは美しい花や鳥が彫刻されたドレッサーに指から外したそれを鳥の嘴の先に下げる


「ミエル様!それは……!」


思わず声を上げたメイアを鏡越しに見る青褪めた顔をしている


「これはもう不要よ」


夕日を反射する婚約指輪がきらりと光っていた





 一睡もせずにテラスから臨む景色を見ていたミエルは


(最近量を増した大雨の事を考えると、工事が間に合いそうでよかった…)


室内に戻ると、昨日イナトが用意してくれた騎士服に袖を通して行く蒼色の詰襟には紺の飾緒、紺色のズボンに黒のブーツをはく騎士の一団に紛れてスティバに乗り込むためだ

さらにその上から甲冑をまとっていく蒼銀の髪は目立たぬようにリリアーナからもらった茶色のヘアピースを被る


(この姿見ともさよならね)


暖炉の前に立てかけられた愛剣を腰に下げるとドアに手をかける、振り返り朝日が差し込む室内に別れを告げた


 「ミエル様……お言いつけ通りに甲冑一式は馬車に積んでおきました…」


廊下で待っていただろうメイアが伝えるとミエルはそっけなく答える


「ご苦労さま」

「……ミエル様…ミエル様はお戻りになられますよね?」

「ええ。そういう約束ですからね」


カツカツと廊下を速足で進むもメイアが必死で付いてくる、階段を下りて角を曲がり真っ直ぐに進みまた曲がるを何度か繰り返してようやくたどり着いた門前ではリリアーナが待っていた


「おはようございます、ミエル様…」

「………」

「あ、あの、これをお持ちになってください、い祈りを込めました御無事にお戻りになれるようにと…」


差し出されたハンカチには美しい刺繍が施されていた


「こんな事する暇があったらもっと他の事をしたらいいのに」


ばっと奪い取るとぐしゃりと丸める


「ミエル様───」


泣きだしたリリアーナを放ってミエルが歩き出す、メイアは涙をこぼすリリアーナの肩を慰めていた

簡素な馬車が三台に豪奢な馬車が一台なるほど使えそうな騎士達が二十名ほど集まっている、それぞれが馬を引き向かってくるミエルを見ていた

フィノとイナトそれにジェイドまで居る事に多少驚いたが


「同行致します、精鋭部隊です。道中急ぎますが宜しいですね?」

「構いませんよ、わたしが乗る馬はどこです?」


フィノの問いかけも不躾に答えて周りを見回す


「こちらに御用意しております─」


イナトがひいてきた栗毛の馬を受け取る


「ミエル様はこちらへお並び下さい」


案内された場所は最後尾でそこに陣取ると横には見た事のある男が馬を操っている


「デルク少佐…」


「ああ、久しぶりだな……お前も姫神の作戦に同行するんだな」


まさか姫神本人だとは思ってもないだろうデルクに話を振られたミエルは曖昧に返事をしておくどこかしらインシグの面影がある従弟のデルクが側にいるとどうも居心地が悪い


「少佐なら前に並んだ方がいいんじゃないんですか…?」

「……面倒だからここでいい。今回の作戦は姫神の考えらしいが皇帝陛下はお出にならないらしいな」

「はぁ、そうですか…」

「それにしても知っているか?馬車の中に義勇詩人が乗るらしいぞ───ほら」


(義勇詩人?)


そっと前方を覗く、ちょうど馬車に乗り込むらしいその人影に見覚えがあった


(セーム……!?何で…)


こちらに気付いた様子のセームがひらりと手を振るとそのまま馬車の中に消えていった

出発の号令で一行が進みだす六頭の馬にひかれた馬車のスピードは中々に早い

何時間かすると人も馬も息が上がっていく、日が沈み辺りが暗くなってきたところで野営する事になる、軍馬を交換することは出来ないので休憩を交えながらもスティドを目指す

ミルズ国をでてからは誰も話しかけてこなかったが事情を知らされていないのかデルクだけは頻繁に会話を持ちだしてくる


「テレス、義勇詩人がこの山は天候が悪くなると言っているがどう思う?」


馬に食事を取らせているミエルに話しかけてくるデルクは大きな木に腕を組んで寄りかかっている


「……さぁ…?わたしにはさっぱりわかりませんね」

「そうか。天気を予見できるならあの詩人も役に立ちそうだな」


(それで連れてきたのか…インシグもあなどれないわね)



「ほらっ」


そういって投げてきた物を受けると


「もし天気が変われば使うといい」

「はぁ、ありがとうございます」


広げてみるとそれは雨具だ、馬まですっぽり包めそうな大きさである


「明日に入る国の事をしっているか?」

「…ギオラディス公国ですか」


(わたしが初めて落とした国だ…北国で雪深かった事、その年に母を殺された、あの時はわたしがした事の報いをうけて母を失ったと思っていた)


「さほど大きな土地ではないと教わりましたが…」


王立図書館で読めそうな知識だけをしゃべっておく


「そうらしい、そこに着けばスティバの国境までは四日ほどの道のりだ。そろそろ休んだほうがいいな」


空を見上げていたデルクはそういうと騎士達の野営テントに戻っていった。ただ一人の女という事もあって荷馬車の後ろで寝るようにとフィノがお得意のモノクルをあげるのでありがたく荷物の隙間に身体をねじ込んで眠る


「…セームと話ができるかな」


これから先いつ話が出来るかもわからない、出来るだけ早い方がいい考えたミエルは荷馬車をおり、テントへ向かう。すでに眠っている者も多く静かだ起こさないようにセームのテントに近づく


「──今のところは変わった動きはありません」


フィノが何か話しているのに気付き思わず身を固める


「スティバに入った後の事ですが、ミエル嬢が謁見した後で内密に別会談を行うほうがよろしいかと」

「そうだな。俺からも別方向から話を進めた方がよさそうだ、ミエルのこの作戦にはまだ裏がありそうだからな」


インシグの声が聞こえてくる


「?」


不穏な気配の会話に物陰に身を隠す、そのままテントの隙間から覗き見る

いるのは、フィノにセームそれにデルクだ

奥に設置され木枠の椅子に足を組んで座るのはデルクだ


(いま、ミエルといったのは……デルク少佐?)


そんなはずは無いと首を左右に振る


「ああ、あとセームについてだがスティバの国境手前でミルズに返せ、あの髪色は目立つからな」

「はい」

「陛下、備蓄の方ですが補給せずともスティバまでなら行けそうですので、後は馬だけを休憩させる形で先を急ぐのがよろしいかと」

「それはお前にまかせた」


ふうと長いため息を零したデルクはこめかみに指をあてる仕草をする、皮手袋を外した指にキラリと月光石の光が反射する

ミエルはふらりと立ち上がると音もさせずに荷馬車に戻り思い切り毛布を頭から被る


「デルク少佐は…インシグだった…」


婚約で交わした指輪だ、それをデルクはしていた。よく似た声も仕草もピタリと当てはまる


(仕方のない事…最初から信用など期待していない。これで良かったのよ…)


ただ、何か喉に詰まるような違和感を覚えるがきつく目を閉じて思考を追い出した



 「ここからが元ギオラディス公国の国境だ!今はもう無いも等しいが土地に残ったものが点々と村を作っているらしい!」


早駆けの馬上でデルクもといインシグが話しかける

ミエルはそれに無言で頷く、公国を抜けてスティドを跨ぐ戦略にしたのには地理的にこちらの方がアライナスに早く付くというのもあった、向こうのルートは山が険しく倍以上の時間がかかる。しばらく走ると廃墟となった村で休憩をとる高い空には鳥が羽ばたいている静寂が包む廃墟の家には葉が生い茂り花々が自生している、先に馬を降りていた横にデルクが馬で近づいてくる


「……昔、ここは雪国だったと記憶していたが…」


馬車から降りてきていたフィノとジェイド、イナトも驚いている、一番最後に降りてきていたセームが目を細めるとミエルをじっと見つめてくる、目でちらりと合図してくる

建物の陰に消えたセームの後をこっそりと追う


「…セーム」

「ミエル、疲れてはいない?」


蒼銀の髪をさらりとなびかせるその姿が廃墟に溶け込みそうなほど儚げに見える


「セームこそ大丈夫なの、ここは…お母様が…」

「大丈夫…それよりぼくはね、もうすぐしたらミルズに戻されるんだ…」


真っ直ぐに見つめ合う


(これで最後だ…生き残った二人が生きて会えるのはこれで…)


「ミエル ぼくと一緒においで 二人で生きよう」


セームが手を差し出す


「…ごめん、わたしは二人だけの世界は望まない…例え最後がどんなものでも」

「……そう、覚えておいて──」


くらりとセームが前のめりになる


「セーム?」

「……ぼくは」


じわりと白い外套に赤が広がる


「お前は不幸をまき散らす悪魔だ!」


倒れたセームの後ろには目を血走らせた痩せた男がいる、その手には血が滴る錆ついた斧が握られている

 少し離れた所にいた一行にミエルの絶叫が聞こえてくる、すぐさまにインシグが動くその後をイナトが素早く追いかける、迷路のような廃墟の壁を一足飛びするとサーベルを引き抜き馬乗りになったミエルが荒い息を吐いている


「何をしている!」


首に剣を突き付けられた男は目を彷徨わせる


「アハハッやっと殺してやった!魔女だ!悪魔だ!」


馬乗りになるミエルを後ろからはがいじめにしたイナトがじっと男を見つめる


「俺の国を家族を殺したアライナスの悪魔を殺してやったぞぉぉおおおあはははは」

「───っ!」

「……オラディスの生き残りか…気が触れているな…」


立ちあがらせた男の首に一撃を加えたインシグは、横たわるセームに駆けよる


「セーム!しっかりしろ…すぐに手当てをしてやる」


うつ伏せにされたセームが震える手を差し伸べてくるイナトから身を捩じらせてセームの手を掻き抱く


「覚えて…おいて、貴方にならきっと…できる ぼくがいなくても、ね」


頭を振ってセームの身体に縋りつく


「だめっ…逝ってはだめ!」

「…ぼく達は…こういう運命なんだね…」


廃墟と化した村に慟哭が響く




イナトとインシグの手によって二馬車へと運ばれたセームは急遽手当を受けたが、その後荷馬車に乗せられてミルズ国へと引き返えす事になった、無機質に見送るミエルの騎士服はセームの血でべったりと濡れていたが誰もその事を指摘する者はいなかった


 『俺の国を家族を殺したアライナスの悪魔を殺してやったぞぉぉおおおあはははは』

『アハハッやっと殺してやった!魔女だ!悪魔だ!』


何度も頭の中で繰り返される言葉にミエルは押しつぶされそうな心に鞭打つ


(わたしが選んだ道…強く強くあるんだ!…セームはきっと助かる…!)


先を急ぐ一行の最後尾で馬を駆り続けた

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