胎動の予兆

朝食を自分の部屋で取ると、ミエルはあらかじめ用意しておいた軍装に着替える漆黒のそれはアライナスから持参してきていた鎧の下に着るものだ、着替え終わったミエルを見てメイアとリリアーナが絶叫した。


 「何て格好しているんですか!」


姿見に映る自分をよく観察する漆黒の軍装は立襟の飾緒が両脇へと流れるラインをとり身体のラインを強調しているピタリとしたトラウザーに黒いブーツは膝丈まである他には一切装飾はない手には黒い革袋をはめて蒼銀の髪はぎりぎり結べるあた

りで一つに束ねる


「今日は姫神が視察するのよ。きっちりしとかないとね」


(もう迷わないと決めた。二度と迷わない)


表情を引き締めて宿を出る、外で待つ全員が息を飲んだ、馬車に乗り込むとセームが乗っていた


「セーム?」


入り口で固まったミエルに


「大人しく座ってろよミエル、セームは馬に乗れないそうだから俺は馬で行く」


騎乗しているインシグが上から話す


「だったらわたしが馬に乗りたかった…」


ぶつくさ言いながらも馬車に乗り込む、セームは蒼銀の髪を隠すようにフードを深く被りミエルを見つめる


「ミエルは怖くないの?その蒼銀の髪をさらすのは…」

「姫神だから、これでいいの」

「…そう……」


馬車が向かう先は花の都の郊外に位置する場所だ。


この街からそう遠くない工事予定の場所にはすでに何本もの杭が打たれ印が書かれている側にいたインシグが書類を渡してくる


「ここから、向こうまで掘り進めていくこのあたりは山間部だから水源は多い、それを一本に集めてスピナ方面へ引いて行く」


起点となる場所にはテントがいくつも設置され工事の材料となる物資も山のように積み上げられている工事作業員も大勢集まっている様で視察団をちらちらと気にしている特に、ミエルはここにきてからは注目の的だ、当然悪い意味でだが

淡々と工事の説明を話しながらテントを見て回る、それだけでも二時間を要した


「アライナスの悪魔め…次はミルズを乗っ取るつもりなんだろ」


集まった作業員の中からぽつりと聞こえた主は見つけ出せそうにない

後ろを歩くイナトがこっそり教えてくれる


「ここの作業員のほとんどが元流民なのです…」


(なるほど)


ミエルが戦場だけでみせる冷たい目を周囲にばらまくと皆視線をそらした

半日以上を視察に費やした視察団は一旦花の都に入る事になっている、インシグが花音祭の祝を述べる役割もあったためだが何と言っても側付きのメイドの浮かれっぷりに圧倒されたからでもある


「今年の花娘はどんな方かしら~楽しみだわ!」

「そうねリリアーナ…きっと美女よ!」


まったく興味のないミエルとセームは揃って部屋に閉じこもっている、前夜祭である本日は夕刻から花火が打ち上げられ露店も花音際が終わるまで閉まる事がないらしい。街には華やかな衣装をで着飾った女性やそれに混じる男性もまけじと着飾っている、それらが行きかう姿は花そのものだ


「楽しんできたらいいのに、綺麗なドレスも持ってきてたでしょ」

「ミエル様はお一人にすると脱走する癖がおありですからどこへも行きません」


すねた風のメイアが顔をふくらます


「今日はしない、約束するわ。こんなに目立つ髪で歩いたら殺されるわ」


ここはアライナスに近いきっと首都よりも多くの流民がいるはず


「じゃ、じゃぁ少しだけ行ってきます」


そういうと二人はトランクースからドレスを取りだすと鏡の前ではしゃぐ


「ミエル様、こちらのドレスだったらどの耳飾りが合うと思いますか?」

「ん~」


リリアーナの差し出したそれは黄色と青の花の形をしている


「黄色がいいと思う」

「はい、ではこれに決めました!」


くるくると回る二人に


「とっても綺麗よ、街にはへんな人もいるかもしれない十分気をつけていってらっしゃい」


そう言ったものの、急に心配になってくる…


「はいっ!ミエル様行ってきます!」

「くれぐれも…」

「わかってるわ」


部屋を出ていくまで釘をさしつつ出ていく二人を見送ると、すくっと立ち上がったミエルに


「…だめって言われたよね?」


窓辺に立っているセームが首をかしげる、ミエルは荷いくつかのトランクースを漁って


「あった!」


引っ張り出したそれを頭に被る、思いのほか軍装とマッチする黒の帽子に髪を押し込みドアに手をかけたところでセームを振り返る


「セームは自分の部屋にいてね」


ドアを開けて廊下を確認したミエルはそっと二人の後を追った。表に出ると薄暗闇に爛々と月光石が灯る、夜空には花火が打ちあがっている。先を歩く二人は淡い色のドレスで露店を覗いたりしながらも大広場に向かっているようだ、そこに行きつくまでにも何組かの男性に声をかけられたりしている


(わかる、あれだけ可愛ければ声もかけたくなるでしょう…それ以上近寄ったらただじゃおかないわよ)


建物の陰に潜みながらも殺気を送る、しつこい誘いを断わるメイアの腕を男が掴んだ。瞬間身体がうごいたミエルは走り寄りその男の胸ぐらを掴み上げる、男の方が背が高いがそんな瑣末な事は気にしない苦しそうに顔を歪める男を下から睨みつける


「腐った手でこの女性達に触るんじゃない…」

「っ…このガキ!」


仲間の男が酒瓶を振り上げるとミエルは掴んでいた胸倉を力一杯に引っ張る、振り下ろされた瓶は見事に後頭部に直撃して白目をむいた男が倒れこむ、さっと身を引くと地面に顔面を強打する、すかさず足蹴にしてそのままブーツの踵を背中にねじ込む。それを見ていた周囲から歓声があがる


「よくやった兄ちゃん!」「素敵な男性ね~!」


その歓声を聞いた男達はそそくさと倒れた男を連れて去っていく


「ミ、ミエル様!」


ぎこちなく振り向くとリリアーナとメイアがぷるぷると震えている

慌てて言い訳を考えている間に抱きつかれる


「ミエル様!助けて下さったんですね…!」


リリアーナは泣きだしてしまい言葉を詰まらせている、二人はミエルより背が高いせいで胸につぶされる


「ぷっは…苦しいから──!」


それにもまた周囲から笑い声や冷やかす声が出てくる、これ以上目立たぬようにと二人から距離を取ると礼を取り


「ではわたしは戻りますので…くれぐれもこの先気をつけて」


人ごみから逃げるように宿に足を向けた、部屋に入る前にイナトの部屋をノックする


「はい──あれ?ミエル様いかがされました?」


息を切らすミエルに驚く


「実は二人が前夜祭に出掛けているのですが心配なので付いて回ってくれませんか?

すでに大広場にいると思いますのでお願いします」

「二人だけで出掛けられたのですか…それはいけませんね、後はおまかせください」


一度室内に戻ったイナトは剣が繋がれたグルメットにグレーのコートを手にして戻ってきた


「ミエル様はお部屋にお戻りくださいね」


そう言い残して足早に去っていく


「最初からイナト様にお願いしておけばよかった…」


階段を上がり自室に戻るとセームとインシグがテーブルについている、テーブルの上にはカップが置かれ湯気が立ちあがっている


「ミエル、どこに行っていた?」

「イナト様のところへ頼み事を…二人が前夜祭に出掛けたから付き添いを頼みに…」

「ああ、なるほどな。ちょうどいいお前も飲むか?」


差し出されたカップには花が浮かびよい香りが立ち上がっている


「…わたしはいらない。それよりレディの部屋に男がいるっておかしいわよね、今すぐ出て行ってもらえるかしら?」


優雅に紅茶を嗜んでいたセームが顔をあげる


「お前、婚約者に向かって何言ってるんだ」

「それって…ぼくも?」

「二人とも自分の部屋があるでしょう…さっさと出てけ!」


渋々立ちあがった二人を外に出して、ドアを勢いよく閉める。


「…ミエルどうしたんだろう…?」


インシグが平然とした様子で答える


「いつものミエルだな。」



 次の日も朝から騒がしい都は、昨日よりも華やかになっていた。家々の玄関先には色とりどりの花のリースが飾られ、道には大きな陶器のかめに背丈ほどにもなる花の山が活けられている、式典を告げる鐘が打たれると、大広場に建てられた祭儀塔からインシグが出てくる。設置された壇上で高らかに花音際の祝を述べるその姿に一気に歓声が上がる

黄色い歓声にインシグが片手を上げる、式典用の衣装は空色に見事に刺繍がほどこされたものだ肩には白い毛皮をかけ陽光色の髪は一本に縛られている。側に立つイナトが何かしら耳打つとインシグは外用の笑顔をまき散らす。さらにボルテージがあがった大広場が震えている。


「ミエルはここでよかったの…?」


大広場が見渡せる位置にある祭儀塔の回廊に立つセームが尋ねる。誰も通る気配のないそこはあまり光が届かないようで薄暗い


「もちろん。せっかくのお祭りに姫神が現れたら台無しだもの」


今日も軍装に身を包んだミエルは手すりに肘をついて下を見下ろす


「…やっぱり……やめないいんだね…」

「やめない…今やめたらきっと後悔する、それに侵略されてきた人達のために出来る事はそれだけでしょう?」

「助ける必要のない種だよ、ミエルが犠牲になる必要なんてないんだ…ここもそう遠くない日に雪で覆われるだろう……花も咲かない過酷な土地になりはてる」


黙りこむミエルにセームは


「世界の胎動が起き始めている……あなたは一人で世界と戦ってる、そんなのむちゃくちゃだ、出来っこないよ」

「セーム…あなたがいる。わたしと一緒に戦ってほしい…」


二つの蒼銀の髪が揺れる


「記憶を旅して…ぼくの気持はわかってるよね──それでもそう願う?」

「わたしは迷わないと決めた。最後までこの戦いをやめない、けれどセームが助けてくれたらと思う…」


セームがミエルの肩を掴む


「その先にミエルの未来はない!誰が貴方を助けようと思うだろう…そんな人間はいないよ」

「でも同じ旅人が見つかったら?わたしが見つけたら貴方はどうする…?」

「見つかるわけない……」


セームは言い捨ててどこかに行ってしまった


(同胞からも見放されてしまったわね…)


歓声に視線を戻し目に焼き付ける


 真昼を告げる鐘が鳴らされるとそれを合図に祭事塔の門扉がゆっくりと開く、音楽と共に大きな舞台馬車が出てくる、最初の舞台馬車には可愛らしい妖精の格好をした子供達が籠いっぱいの花を撒いていく、歓声があがる舞台馬車を囲むように音楽隊が行進していくとその後からも次々と踊り子達や旗をもった男性達が列をなす最後を飾るひと際高い舞台馬車には花の冠をのせた花娘が手を振る、幾重もの生地を花びら状にあわせたドレスはピンクからグリーンへとグラデーションになっておりその可憐さに大きな歓声が上がる。

パレードを見守る群衆からも次々と花が投げ込まれていくと街全体が花の香りに包まれる

 午後からは最後の視察に向かう、インシグが着替えを済ませる頃には視察団は全て揃っており、馬車にはミエルも二人のメイドも乗りっている


「待たせたな、すぐに出発だ」


セームは後方の馬車に乗らされているらしくあれから話しをする時間もなかった、馬車が走り出し窓から景色を眺める遠くの山々を見ているうちに


「インシグ急いだ方がいい、ひどくあれそうだわ」

「え?今日は太陽もでていますし、ほら青空ですよ」


リリアーナが同じように窓の外を見る


「…急ぎたいのは俺も同じだがな、街道には花音際に向かう連中も多い、無茶はできない事故でも起きたら大変だ、血まみれの馬車など見たくないだろう」

「ご自由に…」


馬車の座席に座りなおしたミエルは後方の馬車にのったセームも何か感じたのだろうかと思いをはせる

一時間ほど走ったその先ではすでに工事が進められており、作業員たちも手を休めることなく働いている


「向こうの土地にはある程度育った苗のコクリを植えていく、育ちはいいから問題ないだろう。嵩上げした平坦な土地にはブルードットの木を植えるどちらも有効活用できるものだ」


企画書を広げながら説明しているとぽつりと雨が紙を濡らす


「雨…?」


まだ空は青く高い日もさしているのにと全員が驚く、険しい顔をしているミエルに


「これを言っていたのか?」


若干の驚きを混ぜた質問にミエルは答えなかった、代わりに遠くにあるセームが乗った馬車を見ているそうこうしている間に雨脚が強くなってくる、イナトが慌てて企画書をインシグから受け取るとケースに収めていく、メイアとリリアーナもハンカチで頭を覆う


「三人とも馬車に戻っていろ、俺は詰める話しがあるからテントへ行く、イナトついてこい!」


現場の監督等も大慌てでテントへ入っていく、馬車に乗り込む頃には真っ暗になった空に雷鳴が響いている風も強くなり雨が横なぶりになる、馬車の外は雨で真っ白に煙っている外を護衛する騎士達も雨に打たれてずぶ濡れだ


「ミエル様、上着を脱いで下さい、濡れたままでは風邪をひいてしまいますわ」


リリアーナに促されてシャツ一枚になる


「それにしても、雨のせいでしょうか…冷えますね…」


白い息をはくメイアが腕をさすっている、バンッとドアをあけてインシグが入ってくる


「激しい降り方だな…!」


上着を脱ごうとするのをリリアーナが手伝う


「これって…氷?」


手にした上着の肩についた塊をつまむと手に乗せたリリアーナが不思議そうに見る、そうこうする間にそれは手の温度で消えていく


(思っていたよりも気候変動が早いわ…)


 往復二週間ほどの視察を終えて城に戻ってきた、出迎えるフィノが馬車のドアを開ける


「おかえりなさいませ陛下、ご無事のようで安心いたしました」

「ああ。留守中変わった事はなかったか」

「ご報告致したい事があります、後ほど執務室にて…」


後から続いて降りるミエルに手を貸すフィノが


「おかえりなさいませ、ミエル嬢」


地面に足を付けたミエルが城やその周りの風景をぐるりと見る、そこで顔色を変える


「どうかされましたか?」

「いえ、別に」


不思議そうに見られている事に気付いて足早に城に入る


 休む暇もなく執務室の机の書類に目を通し始める、ノックにも上の空で答える


「失礼いたします陛下、さっそくではありますがご報告にあがりました」


目だけフィノに向けて、手は書類にサインをし続ける、フィノだけではなくジェイドもいる


「陛下がご出発されてから四日後、大雨が降りました。そのせいで被害が出ています」

「被害が出るほどの雨だったのか?」


思わず手を止めて二人を見る、ジェイドが束ねた書類を机に置く


「すごい雨だったよ、川も一部氾濫して市街地に流れたんだ──」

「幸いなことに死人はでておりません」


こめかみに人差し指を当てるしぐさは頭を回転させているときのインシグの癖だ

黙っている二人に


「川の補修工事に人員を割り当ててくれ、足りない人数は兵団で補う。被害が出た地域には決められた通り保証金を出し復興に努める様にしろ

ジェイド、お前から視てどう感じた?」

「う~ん、俺が視れるのは限定されてるんだけど、まぁ検分からの意見としてなら自然現象の一環で特に何かの力が動いた感じはないね、言われてた水脈にも魔力の異常はないしね」

「そうか…」

「陛下、何か気になる事でも?」

「いや───何でもない、各自滞りなく動いてくれ」


インシグの脳裏にミエルの言葉が張り付いていた

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