同胞
「おはようございます、ミエル様」
階段を降りた先の部屋ではテーブルに並べられた朝食が良い香りがただよっている
「……おはよう、メイア、リリアーナ」
先に椅子に座っていたインシグの前にエレンドラがカップを置く、ミエルはリリアーナが引いてくれた椅子に座る目の前には焼きたてのパンにスクランブルエッグとこんがり焼かれたベーコン、マッシュポテトには新鮮なサラダが添えられている向かいの席にいるインシグはカップの持ち手を弄っているだけで口に運ぶ気配はな
い
「インシグ様、お口に合いませんでしたか?」
エレンドラが心配そうに尋ねる
「いや、そうではない───只、朝から甘い物を食べたからな……」
上目づかいで見られてぎょっとする
「インシグ様が甘い物ですか?珍しい事……よほど美味しいお菓子なのでしょうね」
「まあな…そういうわけだから、すまないが包んでくれ、道中食べるよ」
すっくと立ち玄関に向かうとエレンドラが差し出したコートに腕を通して外へ出て行ってしまった
「……インシグ様が甘い物をお召しになるなんて、初めておききしました」
リリアーナが驚いた様子で隣で食事を取るメイアと顔を見合わせる
「本当に──それにしてもいつのまにお菓子なんてお持ちになってたのかしらね?」
玄関から見送りから戻ってきたエレンドラが椅子にかける
「まあそんな事よりも早く食べてしまいなさい、日が昇り切る前にご出発なされるそうですからね」
「はい、エレンドラ様!」
元気よく返事をした二人は急ぎ気味に食していく
ミエル様も、と差し出されたカップを受け取る、ほどよい暑さのスープが注がれたそれは計算尽くされた頃合いでエレンドラが優秀なメイドだった事を表していた
「───ありがとう…」
差し出された手に光る指輪とミエルの言葉にエレンドラは優しく微笑んだ
騎士団の中に白髪を見つけたインシグはまだ人通りの少ない道をよこぎって歩くと声をかける
「イナト、三人が食事を取ったらすぐに出発するぞ!」
「はい!────ちょ、ちょっとインシグ様こちらへ!」
顔を見るなり、イナトがインシグの両肩を押しながら脇へ連れて行く
「?……何だ」
「何だ、じゃないですよ──ちょっと顔色が良すぎですからね……」
「その何が悪い……」
怪訝な表情をお互いにつき合わせる
「……いいですか、今から幼馴染として助言しますよ」
少し離れたところで並ぶ騎士達に聞こえないか確認したイナトは
「ミエル様に何かしましたね?」
「……」
「つやっつやの顔でばれないと思いました?白状しろとはいいません……傷つけるような事じゃなければいいです、けど!その血色良すぎな顔どうにかしてくれないと、ここにいる全員に………」
言葉を切って金の細目を作るイナトに問う
「ここにいる全員に、何だ?」
「想像されますよ。ミエル様のあんなんやこんなんを嫌でしょ───」
「……」
「一応言っておきますけど──わたしは論外ですから。」
若干の間を開けてインシグがわかったと返事をして深呼吸をする、次に振り向いたときにはいつもの表情をしていたのは言うまでもない、後ろで手を組んだイナトはインシグに続いて騎士達の中に戻っていく
日が街全体を照らす頃エレンドラに別れを告げ一団が出発する、最後までメイアとリリアーナが別れを惜しむ姿を馬車の中で見つめる。動き出した馬車の後方で次第に小さくなっていくエレンドラがいつまでも見送ってくれた。やがて町を離れるとまた田園風景が続く、ずっと窓の外を見ていたミエルだが
「───リリアーナ、メイアと場所をかえて、それでメイアはわたしと変わってちょうだい!」
「「はい!?」」
同時に返事を返す、すでに馬車の中で立ちあがったミエルがすごむ、ミエルの前にいるインシグは涼しい顔をしたままだ
「な、何を突然、いえ…いまに始まった事じゃないですけど…」
メイアが立ち上がったミエルを困惑しながら答える
「……いいから、早く、変わりなさい」
「は、はい」
恐ろしい笑顔ですごむミエルに従って席を変えると、インシグの前にリリアーナがその隣にメイア、その前に端ぎりぎりまで寄ったミエルが座る配置になる、インシグの前に座らされたリリアーナはすでに目を潤ませている
(ごめんねリリアーナ……でも背に腹は代えられないわ!)
その構図はオオカミの前に差し出された羊のようである。
「……リリアーナそう怯えてくれるな……もっと苛めたくなるだろう?」
輝くばかりに微笑む美男子が首をかしげてリリアーナを気遣う(?)
「はわわわわ……」
「皇帝陛下どうかリリアーナで遊ぶのはおやめください」
メイアがぶるぶる震えながら懇願する
(ああ、こちらも羊に見えてきた…)
「ハハハ、まいったな──優しく笑ったつもりだったが」
そういって碧の目を流しながら首をかしげた姿に二人が卒倒しそうに白目をむいている
「だからそれを止めてほしいんじゃないの?」
そっぽを向いたまま溜息とともに思わず思った事を吐き出してしまった
「何だ、嫉妬かな?」
伸ばしてきた手が髪をすくうのを感じる
「誰がだ……!」
思い切り手を打ち払うのにそれを軽く逆手に取られる
「安心しろ、俺はお前のものだと言っただろう?」
口を空回りさせたミエルが向かい側に座るメイドを恐る恐る見る、両手でしっかり耳をふさいで目を瞑っている
「なっなっ何言って…!」
「ああ、もう忘れたのか。仕方ないもう一度き───」
「ぎゃああああああああああ」
馬車から響いた絶叫に先頭を取って歩くイナトが遠い目をしている。馬車を護衛する騎士達がびくついていた。
迂回して山間部を進み、夕刻には次の宿泊を予定している町に辿りつく、ここから目的地である視察場所までは残り三日ほどの距離らしい、宿ではメイアとリリアーナと同室させてもらっている。インシグは何かと忙しいらしくイナトと打ち合わせをする時間がほとんどでミエルは心底ほっとしていた、いったん気持ちが落ち着くと周りの景色に興味がわいてくる
見たこともないような高山植物や一本の木から二種類の花を咲かせている物や大平原を通過するときなどに見られる動物などはアライナスでは見た事が無いような物ばかりだ、いよいよ今日の宿泊を終えれば明日には目的地である花の都に着くらしい。
「思ってたのだけど、花の都が近付くにつれて村も町も賑やかになってきていない?」
前に座るメイアが答える
「ええ、年に一度の祭事ですからね、何とか商売をあやかろうという人たちも増え
てきますし、あ、ほら!あそこには芸団が」
そう促されて指さす方向を見ると、色とりどりの布を頭からすっぽり被った一行が道を進んでいる
「きっと、花の都に向かう芸団ですよ、ミエル様!」
「へぇ~……」
よく見ようと窓から顔を出すと風が強く吹いてミエルの蒼銀の髪がなびく、芸団の華やかな一行の一人が頭を上げた気がする、赤い布を被ったその人はあからさまにミエルを見ていた、走る馬車のミエルも目が離せないでいた、列をなして歩いていた一行から外れて立ち止まるその人を誰かが鞭うっていた
「!」
走る馬車のスピードは早かったためにあっという間に芸団の一行は見えなくなっていった
「ミエル様?どうかいたしましたか?」
座席に戻ったミエルの顔色が悪い気がしてメイアが尋ねる
「何でもないわ……ねぇあの芸団は花の都に行くのかしら?」
「ええ、おそらくは……」
「そう、だったら次の町でも会えるかもしれないわね、是非見てみたいわ」
なぜか胸がそわそわする、横に座るインシグは書類に目を通していた
「ね、次の町までどれくらいです?」
並走するイナトに窓から問いかける
「ミエル様、もうじきですよ──ああほら見えてきました」
「お前いい加減にしろ、何度同じ質問を繰り返せば気が済むんだ?」
頭を鷲掴みにされ、強引にインシグの方向を振り向かされる
「皇帝へ……インシグには聞いていないでしょう」
(そうだった…イナト様に嘘がばれないようにするには名前を呼ばないといけないんだった…!)
視察に出る前に自室で耳打ちされた脅迫を思い出したミエルは
「イナト様、さきほどの芸団は今日中に町に着くと思いますか?」
「ええ、わたしの計算ではそのはずです──驚きましたまさかミエル様がそこまで芸団をお気になさるなんて」
馬を並走させるイナトは白髪を緩く後ろでまとめ上げており、赤色の軍装だ。それを見てまた先ほどの人を思い出す
(何だろう……会わなきゃいけない気がする、話がしたい)
そこで一考する、はたして次の町で自由に出来る時間があるのだろうかと……
今までも部屋や宿での自由は許してもらえていたけど、外出は必ずと言っていいほどイナトの護衛が付いて回ったのだ
(イナト様相手ではすぐに捕まってしまう、それも計算の上なんだろうけど……何とかイナト様を手玉にとって──)
「無理ですからね?」
「無理に決まっている」
「何も言ってないですけど───」
両方向から言われて頭を窓枠にうなだれさせた
宿に着いたミエル達は、おのおのの部屋で休むことになっていた、この街には天然の湯が沸く事で有名らしく、メイアとリリアーナに行ってくるように促す
「いいじゃない?わたしならどのみち見張られてるから脱走なんてできないし、たまには二人にゆっくりしてもらいたいし」
とびきりの笑顔を作ると二人は
「…そうですか、ではリリアーナと私が戻るまで大人しくしていてくださいね?」
「くれぐれもお一人で出ではいけませんよ」
しっかりと釘をさした二人は部屋を出て行った、ここから浴場までは往復十五分…入浴に一時間はかかるはず、かっと目を開いたミエルは迷わず窓枠に足をかけてすぐそばの木目指して飛ぶ
「っと……!」
足は踏み外したものの何とか枝を掴んで一息つくと、地上までの距離を目測して
(ぎりぎり、いけそう!)
ぱっと手を離し、衝撃に備える
「!」
「まったく、怪我でもしたらどうするんです?」
着地するはずの衝撃は腰をがっしりと抱き抱えるイナトにかわっている、困ったように笑うイナトに顔が引きつる
「イ、イナト様なぜ……」
「お前の考える事なんてお見通しだという事だ、じゃじゃ馬め」
後ろから鬼気迫る声が聞こえてくる。
「イナト様、離してください!」
じたばたと暴れるミエルをがっちり掴むイナトに
「イナト離すなよ」
「……すみません、ミエル様……」
だんだんと足音が近づいてくる
(こうなったら……!)
「イナト様!メイアに言ってもいいんですか!?」
「「!!」」
真顔になったイナトの腕が緩む、それを期に地面に足が付く、あたりを見回すが高い木以外は高い囲いがあるだけで逃げ道はインシグが歩く道の後ろにしか無い、思い切って振りかえる
「…やるきかミエル、この俺に正面から向かってくるなら手加減なしだ」
にやりと笑う美麗な顔を一瞥すると、ミエルが走り出す隠し持っていた短剣を抜いたのを見ていたイナトが後ろから何か叫ぶが、インシグも帯剣していたサーベルをすらりと抜く
インシグとの距離が二歩ほどとなったところでミエルが壁に短剣を投げる、音を響かせて壁に突き刺さったそれに軽々と跳躍して足をついた反動で宙返りしてインシグの頭上を飛び越える
「ああ!逃げられますよ!」
イナトが悲痛な声をあげているがそんな事はどうでもいい、猛然と走り出すと大通りに出たミエルは多くの人が向かう先へとさらに走る。追手がまだ迫ってない間にさっと小さな露店で何かないかと物色していると人のよさそうな主人が声をかけてくる
「ああ、ここいらでは見かけない髪色だねぇ海の向こうからきたのかい?」
「……え、ええ、でも変な人達に追われていて困っているんです…」
お得意の顔をしてみせると顔を真っ赤にさせた主人が
「そ、それは大変だ、よかったらこれで隠れてお逃げなさい」
差し出されたそれはグレーの外套でフードも着いている、お礼を告げて店を出るとフードを目深にかぶり人ごみに紛れる、芸団はまだ着いていないのかもしれない、そう思ったミエルは町の入り口目指して歩き出した、町はどこもかしこも人で溢れ露店も数多く出ている食べ物の匂いや外に置かれたテーブルで酒を飲む人々で賑わっている
「確かこの角を……」
町への入り口であるここには大きな桟橋がかかっており下には豊かな水路がある、桟橋にもたれかかって芸団を待つ、だんだんと日が傾き南に近い場所だというのに肌寒くなってくる。手をこすり合わせているとがたがたと荷馬車が橋をわたってくる音が聞こえる、顔を上げると先ほどの芸団一行が町へ入ろうとしている所だった、ただ入口の門番達と何かもめている様子で伺っていると、通行手形の期限が切れてしまっているようで門番もこれ以上は通せないと追い返している、それでは商売ができないと怒鳴る男の腰には鞭があった。
「そこの方どうかされましたか?」
ミエルが尋ねると
「ああ?なんだてめえは、ひっこんでろ今こいつと話をつけなきゃいけねえんだ!」
「もし、わたしが通してあげるといったら、一つお願いを聞いてくれる?」
「はあ?……やれるもんならやってみな、出来たら何でも聞いてやるよ」
つかつかと門番に近寄るとトラウザーのポケットから何かを取り出し交渉しているようだ
しばらくすると門番が
「さっさと入れ!入ったらすぐに関所で更新してもらえ、わかったな!」
「まじかよ……」
入り口を通過していくのを門に寄りかかったミエルがにこりと笑って迎えた
あらかじめどこに野営テントを張るのか決めていたらしい芸団は各々の仕事をしていた。ミエルは先ほどの男を探していると
「さっきの!あんたに礼を言わなくちゃな、おかげで儲けを逃さずにすんだぜ」
肩をすくませたミエルに
「どうやったんだ?あの頑固な門番に賄賂でもわたしたのか?」
(べらべらとよくしゃべる……)
「そんなことより、約束。覚えてる?」
「あ、ああなんでも言ってくれ!」
褐色色の肌に黄色の髪、筋肉質な男は豪快に笑っている
「赤い布を被った人がいるでしょう?さっき鞭でうたれてた人、合わせてくれる?」
途端に顔色を悪くさせた男は
「あんた、あれが何だかしってんのか?疫病神だぜ?───まぁ約束だからな勝手にしてくれ。俺は日が暮れる前に関所にいかなきゃいけないんでな、じゃぁな」
フードを深くかぶったミエルを気味悪そうに見た男はさっさと消えていった
ミエルは野営テントをいちいち覗いて聞き回っていく、赤い布といっただけで皆、顔をしかめて向こうだと指さす
敷地の一番すみの小さなテントの前で楽器を手にする人物を見つける、その人は赤い布をすっぽりと被り小さな声で何かを歌っているようだ
じっと聞き耳を立てているうちに身体がざわりとした、一歩踏み出したその時強い風が歌うその人の顔をあばいていく、ふわりと舞いあがった赤い布の中から覗いたのは蒼銀の髪
こちらを向いたその目は青だ、互いに時間が止まったかのように見つめあう
「はじめまして……旅人、我が同胞……」
歌うような口調はどこまでも優しかった
「……あ、なた、は」
「貴方と同じだよ」
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