デルク


 ミルズ国 ミドレイ城 庭園


 「ミエル様~!」


さきほどから呼び歩くリリアーナをじっと木の上から見つめるミエルは返事をする気はまったくないようで


(まったく、さっきからメイアが来たかと思えば今度はリリアーナ……こういう時ほど嫌な予感があたるのよね)


「ミエル様~!出てきて下さい~皇帝陛下がお呼びです~!」


(やっぱり)


絶対に見つかるものかと、庭園を一望できる高い木の上で葉の陰に隠れる、ここからは美しい噴水や城の奥の森、その中にある滝の音もかすかにだが聞こえてくる


(いつかあの滝にも行ってみたいわ……王立図書館で読んだ本ではユーユリ土の中でも一番大きな滝になるんだとか……婚約パーティが終わってから一度も王立図書館にもいけてないし行きたいな)


「ご苦労リリアーナ、ミエルはここにもいないようだな?」

「皇帝陛下」


礼を取るリリアーナは


「も、申し訳ありません……方々お探してはいるのですが見当たらず……」

「あぁ気にするな。」


インシグは黒の乗馬用の服を着こなし、髪を高くくくっている


「せっかく皇帝陛下が乗馬にお誘いになってくださったのに……」


肩を落とすリリアーナがため息を零す


(───乗馬なら一人で行きたい。勝手にいけっ)


一睨みしてそっぽを向くとミエルはまた遠くの森に意識を戻した、インシグに対する評価はいまや底辺にまで落ちているのだ。

あの日以来、ミエルは徹底してインシグとの接触をさけている。


「おれが見つけてあげよっか──?インシグ」


声の主にぎょっとする


「ジェイド、ここで何してるんだ?」

「息抜きだよ、地下ってさ窓もなくて息苦しいからね~、ね、インシグ検分の部屋どっか別の場所にうつしてよ」

「検分はあそこにあるのに意味があるんだ、それにしてもお前ミエルの居場所を知っているのか?」

「力を使えば、見つけられるかもって言ったの───ただすっごい疲れるから休暇が必要」

「───働き始めてまだ二日目だろう」


インシグが呆れるもジェイドは飄々として庭園にあるひときわ大きい木を見上げる


(…………言わないでよ………)


絶対にこちらに気付いているジェイドの行動に気を張る


「それでしたら、美味しい飲み物とお菓子をご用意いたしますわ!疲れた時には甘い物が一番ききます」

「え」


リリアーナが目を輝かせて話す、悪気など微塵もないその様子にジェイドの顔がひきつる


「それはいい考えだ、リリアーナ用意をして検分室まで運んでやってくれ」

「はい!さっそく支度してまいりますっ……あ、でもミエル様が」

「気にするな、また今度の機会にしよう」


まぶしいほどの笑顔でリリアーナにそう言うとインシグは颯爽と庭園を後にした。リリアーナはしばらく呆けていたが


「せっかくの休める機会が逃げていちゃった───仕方ないか~リリアーナ行くよ」


ジェイドはリリアーナの腕を掴んで歩き出す、二人が城に消えていく姿を見ながらミルズ国へきてからの一カ月を思う。

白亜の城、実り豊かな大地、整備された街、穏やかな村々、飢えを知らない人々、ここにはミエルが知らなかったものばかりがある、メイアやリリアーナはすでにミエルを受け入れ親切にしてくれている


(心苦しいわ、それらをわたしは壊すんだから……それでもやらなければその時がきたら何もかもを無駄にするわけにはいかない。───わたしにしか出来ない事)


「……強く、強くあるのよ。もう後戻りはできないのだから」


ここからは遠くて見えないアライナスの方角を見据える、今は遠くて手も声も届かないアライナスの民の生活はどれほどの物になっているだろうか、年々と増税を繰り返し、土地は枯れ実りは少なく民には飢える者が多くなってきている。

王族に向けられる憎しみは膨らみそれらがいつ爆発してもおかしくない、それを抑えているのは単に姫神というミエルがいて、それらを強くアライナスの護り神だと、いつか自分達を救済してくれると信じ耐えているからなのだ。実際ミエルにはそういった力はないただただ人々は妄信し有もしない幻想を抱きそれを生きる糧にしているにすぎないのだ


「人は何かを信じる。神を、家族を、物を、何にも依存しないで生きる人間はいない。生まれたての赤子だって母に依存している、王は民に依存している……」


アライナスの可愛そうな民を憂う





 早朝、城の中も静まりかえり朝靄がかかっている、まだ春先とはいえ朝は冷え込む、そんな中をそろそろと歩くミエルの格好は一騎士のものだ、茶色のヘアピースをかぶり厩舎に向かうその途中大きな厨房では朝早いというのにシェフやメイド達がせわしなく下準備におわれているようで、食器の音が静寂の中に心地よい響きをもたらせている香ばしいパンが焼ける匂いもしてくる、厨房を通り過ぎ裏口から身を覗かせると見張りの騎士が声をかけてくる


「こらっどこへ行く?」

「厩舎です、急ぎの用事をイナト様より受けていて……」


嘘を並べながらも懐から封筒をちらりと覗かせると


「うーん…あっお前!あのときの!どこかで見た事あると思ったら」

「え?」

「ほらっ、城門で会っただろう?お前は通行証をもってないとかでもめて。騎士の中にもお前みたいな間抜けがいるんだとあの後みんなで笑ったんだぞ?」


(みんなで笑ったのね、覚えておく)


あのときに騒いだ騎士の中の一人なのだろう……


「それにしてもお前、急用を頼まれる事が多いんだなぁ……デルク少佐とも顔見知りになったかと思ったら今度はイナト様か───」


羨ましがる騎士は顎を手でさすりながら、ミエルをじっと見下ろす


「通ってよしっ、お前のことはデルク少佐が保証人になってっくれてるしな」

「デルク少佐が?」


びっくりしたミエルが問う


「騒ぎがあった日の夜、返ってきたデルク少佐がお前の身元保証人になるから必要があった時には通せといってらっしゃったからな」

(あの男が……)


何も入っていない封筒を懐に戻して、騎士を見上げる


「デルク少佐って、どんな人ですか?」

「えっお前知らないのか?───あの人は皇帝陛下のいとこに当たる人で、皇帝陛下がどうしても公務に参加できない場合などの代行を行ったり、辺境の要塞に視察にいったりしてたり。まぁ皇帝陛下の信頼をえてる方だな!」


自分の事のように自慢して胸を張る


「そう……じゃぁわたし行くわね」


駆けだすミエルに


「あ、お前、名前は!?」

「ミ……テレス!」


少し振り向きながらも足をとめないミエルに


「俺はシンシャだ!」


少し驚きながらもわかったと合図を送る、そのかすかに微笑んだ姿に顔を赤らめたシンシャを朝靄が隠していた。裏口から出て城をぐるりと回りこみ城門近くにある厩舎に辿りつくたくさんの馬がそれぞれの部屋でくつろいでいるその中の一頭を探す


(あれ……いない……?)

「デルク少佐の馬を借りようと思ってたのに…」


他の馬を借りるかと覗いてみるがどれにもきっちりと南京錠がかかっており引きだせそうにない、諦めて徒歩で向かう事にしたミエルが城門が見える場所まで移動すると、門前横に設置されている馬小屋にデルク少佐の馬が繋がれている、そこでデルクの言っていた事を思い出す


(嫌な予感がする…………も、もどろう)


くるりと踵を返して城にもどろうとする


「おや?こんな朝早く女性騎士が出歩いているとは珍しいですね」


背後からの声に身体が固まる


「所属はどこですか?」


冷や汗をながしながらもそろりと背後を向く、そこにはイナトがグレーのコートをきっちりと合わせて立っている、朝靄でも目立つ白髪と金眼が印象的だ


「えーっと……」


(さっきイナト様の使いでって言ってて、ここでまさか本人に出くわすなんて!)


言葉に詰まるミエルを見ているイナトは


(……はぁおかわいそうに……なんでわたしがこんな拷問みたいな役目を──)


お互いに気まずい雰囲気でいると


「はぁはぁ!ミェ……テレス様っ!───って、えっ」


息を切らせて走ってきたメイアが状況を見て固まっている。助けてと目線を送るミエルと驚いてこちらを見ているイナトが目に入る


(ど、どんな状況なのよ、これ……)


よろめきながらもミエルを見ると完全に言い訳を失った様にうなだれている


「メイアさん、おはようございます───この騎士とはお知り合いですか?」

「お、おはようございます、イナト様、あ、のこちらの女性騎士は……わたしの母の姉の娘のさらに養子にきた者で、それで縁があって最近、騎士にあがっていて……」

(くっ苦しい!)


メイアが必死で言い訳をする、それを暖かく見守るイナトの目が細められる


「なるほど、それで覚えが無かったんですね──メイアさんのお知り合いなら問題ないでしょう」


ほっと胸をなでおろす、ミエルとメイアが顔を合わす


「どうかしたか?」


朝靄の中からきこえる声に


(インシグ!?)


さすがのインシグもこの変装には気付いてしまうかもしれないと内心焦るミエルがじっと朝靄の向こうを見つめると


「何でもないですよ、ただここにメイアさんとそのお知り合いがいらっしゃったので少しお話をしていたんです」


声をかけてきた人物が、靄の中から姿を表す、黒髪に黒い瞳、黒い詰襟を覆うコートも黒尽くめのデルク少佐だった、どこか婚約パーティでフィノが着ていた物に良く似ている


(そっか……いとこだから声が似ていても不思議じゃないんだわ)


「おっと……これはこれは、テレスじゃないか久しぶりだな」


メイアが横で礼を取る、次第に朝靄が薄くなり日光が顔を射してくる


「デルク殿下、そろそろお出かけになるのではなかったんですか?」

「ああ、そうだった世話になったな」


そういうとデルクは馬小屋の方へむかっていく


(よかった!前に行った事忘れてるんだわ、アレが行ったらわたしもここを出よう)


密かにこぶしを握り喜ぶ、それを横目にメイアが耳打ちする


「今日、遅くなったら、皇帝陛下にばらしますからねっ」

「わかってる……」


すっかり子供扱いにされている気分だが、あまり長い時間部屋にいなければメイア達に迷惑をかけてしまうので素直に頷く


「あ、そういえばテレスお前なぜここにいるんだ?」

「え………急用があって、ですね」


(まさかイナト様の用事で何て本人を間にして言えないわ……)


前回と同じような言い訳に自分でもうんざりするが


「また王立図書館で調べ物か?」

「いえ。まったく違いますね。」


デルクの片眉が上がる


「何だ、前に俺に乗せらせたのを気にしているのか?相性は悪くなかったと思うが?」

「変に含みがある言い方はやめてもらえますか…」


そういってメイアとイナトに目線を送ると、メアイは真っ赤になっている、イナトは目を丸くさせている。


「馬に乗っただけだからね…メイア──あの軍馬とは相性がいいってだけだからね?」

「あ、あ、当たり前じゃないでふか!」


噛みながらも答えるメイアが続ける


「あっ!でもテレス様は確か王立図書館への用事を頼まれていたんですよね?」


そういって睨むメイアに


「だから、図書館へはいくけど、少佐といきたくないから……!」


メイアに小声で話しかける


「え、いいじゃないですか、そのほうが私も安心できますし、是非送っていただいて下さい」


イナトとデルクに背を向けて話す二人をしばらく眺めていたが、そこへ一人の騎士が走り寄ってくる


「おーい、テレスさっき言ってた封筒だけど………」

「!!」

(なんてタイミングで!)

「誰だ……あいつは」


デルクが険しい顔をする、靄につつまれてこちらの様子があまり見えないのかシンシャは手前にいたテレスの手を握ると


「ほら、これさっきお前落として行っただろ?だめじゃないか大切な物だろ」


真顔でぱっと封筒を受け取ると


「ありがとう!すごい感謝してる、だから、もういって一刻も早く仕事に戻って」


その瞬間手をつないだままのシンシャの手に手刀が降りてくる、スパァンと軽快な音と共に手が離れる


「騎士たるものが簡単に女性に手を触れてはいけませんね?」


にこやかに笑うイナトがシンシャに顔をよせる


「イ、イナト総裁!こ、これは失礼を致しました!」


見事な敬礼をしたシンシャはそそくさと持ち場へ戻る。


(よ、よかった……何かよくわかんないけど助かった事に間違いはないわ!)


渡された手紙を今度こそしっかりと懐におさめる


「あの……テレス様は王立図書館に行くご予定です、もし御迷惑でなければお連れしていただきたいのですが……お願いしてもよろしいでしょうか?」


メイアが意を決して懇願する、それまで腕を組んでやり取りも見ていたデルクが頷く


「いいだろう。ついでだしな、こいテレス」

「メイアっ」


恨めがましくメイアの肩を揺さぶる、メイアは顔をそらしながら


「……出来る事なら私が付いて行って差し上げたいのですが──こんな特殊な状況ではこれが最大の譲歩ですよっ」


窘めると、ミエルが小動物のように大きな目を潤ませる、せつなくなる胸に唇をかむ


「もたもたするな、俺は時間がないんだからな」


がっしりと肩を掴まれて引きずられていくその姿は連行されているかのようだ


「いってらっしゃいませ、デルク殿下」


イナトはデルクに礼を取るとメイアの手を握る


「メイアさんは付いて行ってはいけませんよ?」

「え、ええ…はい」


心配そうに見送られて、案の定、デルクの前に座るようにして軍馬にのせられたミエルは朝日が刺す街目指して走り出す。

 朝の街は商人が荷の積み下ろしたり、朝早くから掃除する人たちが静かに働いていた、真っ白の無機質な建物にはぞろぞろと白衣を着た人々が出入りしている。まだ荷馬車の通りも少ない


「テレス、お前に渡して置く者がある」

「何でしょう?」


後ろから手綱を引く手がデルクのコート中のポケットを漁ると、何か取り出してくる

金色のエンブレムの淵には蔦の装飾がほどこされ、中央には青く光る月光石の花がそれを囲むように剣の紋様がある、それをテレスの手に握らせるとデルクはまた手綱をひく


「通行証の代わりだ、俺はしばらく王宮には出仕できない。それがあればすんなりと押してくれるだろう」

「少佐はどちらかに行かれるんですか?」

「まぁな……部下にまかせっきりではいられない要件があってな」


手元にあるエンブレムをよく見てみると


「──これって……ミルズ王家の紋章ではないですか?」

「そうだな」


(あぁ、従弟だから同じ紋章?でも紋章って各家で違うんじゃ?)


「皇帝陛下と懇意にしているからな、気にするな有効に使え……っても間違えても換金するなよ…捕まるからな」

「しませんよ!」


疑わしい目で見られている事に気付いて、デルクが自分にどんな印象をもたれているのか気になる


「お金には困ってません!」

「なら、何に困っているんだ、ん?」

「何にも困っていませんが」

「当ててやろうか、男だろう」


(会話!会話しようよ、なんでどいつもこいつも一方通行なんだろ)


「───男もお金もいりませんし、いません!」

「お前いくつかしらんが…年寄りみたいだな」

「全世界のお年寄りに誤ってください。わたしにはそんな時間も余裕もないものでしてね!さっさと馬歩かせて下さいよ」

「君のおおせのままに、舌をかむなよ!」


頭上に暖かい物が触れたかと思うと一気に馬を加速させていく、早朝のまだ人通りの少ない道を鳴らす蹄の音が、風を切る感触が楽しい。

人の創った物と自然が混同するこの世界がミエルは大好きだ、瞳を輝かせて笑うミエルをすれ違う人たちが目で追う。果物屋で手伝いをしている少女が指さす


「見ておばあちゃん!お姫様がいるー!」

「ほんと綺麗なお嬢さんと騎士だねぇ!朝からいいもん見れたね」

「うん!」

「ねぇ、おばあちゃん王様にもお姫様が見つかったんでしょう?」

「まぁねぇ……でもあれは毒を持った姫様だからねぇ……もっといいお相手がいるはずなんだけどね…」





 「まだ開いていないかも」


静かな敷地に入るとデルクは慣れた手つきで馬を繋ぐと


「裏口から入るぞ、話は通してあるからな、サシャが待ってるはずだ」


芝生を横切り建物の裏側に来るとサシャが扉前をうろついている、まるで不審者のようだ


「サシャ!すまない遅れたか?」


声をかけられはっと振り向くとサシャが深々と礼をとる


「へい……少佐!よ、ようこそおいでくださいました、ど、ど、どうぞ」

「連絡しておいた通りに、あそこの部屋を見せてくれ」

「はは、はい、伺っております、ご案内致します」


デルクの後ろに立つミエルに気付いたのか、サシャがぺこりと頭を下げるミエルも礼を取り後について行く、裏口から館内に入ると、真っ直ぐ伸びる通路の左右には部屋がる付きあたりの扉は大きく、サシャはそこは正面から入る大広間へ続いていると教えてくれた、大扉を前にして左に曲がり階段を上っていく、五階建の建物だと思っていたが、さらに一階分を上がり踊り場に出るとサシャが腰からさげたいくつもの鍵の中から一つ取り出す


「そ、そちらの鍵穴に、へい……少佐がお持ちの鍵を差し込んでください──同時にまわします」

「わかった」


デルクがそう言うと胸ポケットからチェーンが繋がった鍵を取りだすと、鍵穴に差し込む


「1,2,3!」


ガッシャンと何かが外れる音とともに歯車ががりがりと回る音がする。つかの間に分厚い扉がゆっくりと開いて行く、その先には明らかに他の作りとは違う部屋が広がっている。古い羊皮紙の匂いに木の香り───外から差し込む光はないかわりに月光石の光が中央にある机をほのかに照らしている。


「ここは……」


呆気にとられるミエルは部屋をぐるりと見渡す


「重要書庫だ。サシャ後はいい、出るときは知らせる」

「はは、は、はい!ではし、失礼します──」


扉が閉まる音と施錠される音が聞こえる、その間に机の椅子に腰かけたデルクは一つの本を手にしている


「重要書庫って……わたしは下にある本が読みたいのですけど」

「ん?ああ、そうだったのか、それはすまない事をしたな……でもまだ下は開いていないしな。しばらくここにいればそのうち開く時間になるだろう」


ひとつ大きな欠伸をしたデルクは本に目を落としてしまう


「デルク少佐はこんな大事そうな部屋で何の調べ物ですか?」

「べつに?ここなら静かに休めそうだろう?」


(やっぱり寝るためか!)


心の中で悪態をついて、頷く。

仕方なくミエルも何か読んで時間をつぶす事にする。それに重要書庫という響きにも心ひかれるものがあった。背表紙の文字を読んでいくと面白い本がたくさんある事に気づく、特にこのアライナス神話についてだ、かなり年代物らしく羊皮紙でできたそれは痛みがひどい、そっと手にして机に戻ると、慎重にページを捲っていく。

最初に目に着いたのは 守りの槍、そして槍の王が乗るとされている鉄馬車について槍の神の出自や出来ごと等が事細かく書かれている、槍と鉄馬車に関しては神話化されてはいるが実在している。

サリャクの眼もなかなか詳しい事柄が書かれているミエルが思うにこの本は真実をベースに神話化して書かれているようだ。挿絵もなかなか現物と似ている、気分が重たくなってきたところで本を閉じて次の本を見つけに行く


(あ、まだ起きてる……)


そろそろ寝てるかと思ったデルクは真剣に何かを読んでいる


「何を読んでいるんですか?」


顔をあげたデルクは本を持ちあげて


「これはな──過去に行われた、都市計画の工事方法が書かれている、何でも皇帝陛下が可愛い婚約者にせまられて着工工事に踏み切ったらしい、それに俺もこき使われているってことだな」


(…………)


何とも微妙な感じがする


「テレスは見た事があるか?婚約者の姫君を───」

「さあ見たこともありませんね。」

「蒼銀の髪に美しい姫君らしい、噂では皇帝陛下に骨抜きにされているとか」


本を片手に肘置きに斜にかまえるデルクは反応を伺っている


「骨抜きですか……皇帝陛下もさぞご満足でしょうね。」

「──どうかな──俺なら惚れたと思わせて浮かれる女を見る方が苛めがいがあって楽しめそうだがな」

「そんなど鬼畜は少佐くらいでしょうね」

「ふむ……ではお前はどんな男が好みだ?」

「はぁ?───愚かでもなく賢くもない、まぁどこにでもいるような男ですかね?…正直そう言った事は考えた事もないのでわかりませんね」


背表紙を指で追いながら適当に答えておく、本棚を裏に周り、そこの蔵書もくまなく見ていく


「どこにでもいる男ね……案外そう言うやつに限って婚期を逃すってしってたか?」

「そうなんですか、それは困りましたね」


まったく困った気配は見せない、また違う棚に移り端から端まで目で追っていく、そうこいしている間に気になる背表紙を見つける、黒の羊皮紙に白字で書かれたそれを持って机にもどる一ページ目は挿絵が中央に書かれている人体について記載されているようだ


「それは魔力の流れについての本だな」


横から覗いてきたデルクが教えてくれる、長い黒髪がサラリと流れて影を落とす、次のページには魔力がどういった流れをしているか、役割に関して書かれている…目当ての物ではなさそうだが、もうそろそろ開館の時間だろうと思うと新しい本を探すよりこの本を読んでいたほうがいいだろう


「テレス、皇帝陛下が計画している工事にお前も付いて行ったらどうだ?」

「はい?」


突拍子もない話にページを捲る手が止まる、顔を上げると真剣な面差しのデルクがいた


「なんで私が……」

「俺のかわりにお前が行けば、俺は王都に残れるだろう?」

「何いってるんですか、少佐の代わりになんて絶対に出来ませんよ」

「お前、いつも重要な事を頼まれているんだろう?なんてことない唯の視察だ問題ないろう」


顔を近づけてくるデルクから距離を取るも椅子に手をおかれているために動く事が出来ない


「ただの視察って……それにしたって。そこまでして王都に残りたいって何があるんですか?」

「実はな落としたい女がいてな、今そいつを逃がすわけにはいかないんだ」


真顔で話すデルクに


「ちょ……全然似合いませんよ、そんな話し……」


さらに引くミエルに


(知らないだろうな、それがミエルお前の事なんてな)


ほくそ笑むデルクはさらに言いつのる


「それに面倒な事ばかりじゃないぞ、工事場所は花の都だ。見た事もない店や建造物もある」

「嫌ですよ……」


(インシグと行くっていうのが特に嫌だし、変装がばれでもしたらどうするのよ…)


そこまでしてデルクの目がきらりと光る


「テレスお前、俺だけじゃなく他の人間にも黙っている事があるだろう?ん?」

「何の事でしょう?」

「涼しい顔をしても駄目だ、通行証もなく所属もなく、騎士の合同練習にも顔を出さない、それだけじゃないぞ女騎士の名簿にお前の名前はない、それはつまり──この事を俺のいとこの皇帝陛下が聞いたらお前はどうなるのかな?」


頬にデルクの黒い革袋に覆われた手があてられる、ぴしぴしと頬を叩かれてミエルは冷や汗が流れるのを感じた


(こんな事がばれた日には………想像もしたくないけれど、メイアやリリアーナが危ないっ、イナト様もだましてるし只じゃすまないのは確かだ!──こんな時はどうしたら…?)


「残念ながらお前に選択肢はない、喜んでこの話しを受けろ」

「この……ど鬼畜将軍!!」


もっていた本を勢いよく振りかぶるもデルクは素早く避けると腹をかかえながら笑っているこんな仕草は呆れるほどインシグと良く似ている、そのまま本を抱えて部屋を飛び出すとデルクの軍馬に跨りまだ昼前の王立図書館を出ていく


「歩かせてやる!」


デルクの愛馬も驚いた様子でいたが次第に慣れてきたのかミエルの手綱通りに走ってくれる街を風のように駆け、城門の騎士に馬をまかせる騎士が手綱を渡したその瞬間にまたきた道を駆けていく馬を騎士達が慌てて追いかけるも見る見る間に消えていく

 主を迎えにいったのかもしれない馬を見送ってミエルは自室に戻った

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