ジェイドへの罰

 真っ赤なドレスはふんだんにフリルをあしらい、首には大粒の宝石をつけ口をとがらせるそれは豪奢な椅子に腰かけながら


「何の連絡もこないあたり……皆生きてるようね、ちっとも楽しくないわ」

「書簡を飛ばしたとしても三日はかかるだろう、そんな顔をするのではない。それにしてもまさか姫神には毒を盛ってないだろうなナスタ」


鷹揚に答えるのはアライナスの王、ナスタとミエルの父だ。

向かいの席にすわるナスタは涼しい顔をしている。次々と運ばれてくる食事が並ぶテーブルには赤い薔薇が活けてある


「ええ、もちろんよお父様、だってあれは特別な溝ネズミなのでしょう?」


しらじらしく答える。


「どうだかな、お前のする事はこの俺でもわかりかねるからな、いいかナスタあれは有効価値があるんだ、少なくともユーユリ土を掌握するまではな」


ユーユリ土のほとんどを手中に収めるも、王は全てを手に入れたいらしい、ナスタは強欲な父を好ましく思っている


「そのユーユリ土はいつ手に入るのですか?私ほしい物があるんですの」


ふむ、と一考する王は


「アレが視た災いが起きるのは三年後だ。」

「ということは、三年たてば全てが手に入るのですね?」


目を輝かせるナスタに怪訝な表情で王が問いかける


「ナスタがほしい物とは何なのだ?」

「フフフ………美しい物ですわ、ミルズ国にありましたの。ねぇお父様、三年なんて長すぎますわ、今すぐ攻めてはどうかしら?」


子供のようにねだるナスタをなだめる様に


「待ちなさいナスタ。三年待てば美しいままのあの国が手に入るのだ、豊かなままのあの土地がな」

「お父様───」


頬を膨らませそっぽを向くナスタにかまいもせず、王は歪な笑みをうかべている。






 寒い………


瞼が重くてなかなか開かない、手さぐりでかけられていたシーツを引き上げる、まだ寒気がする身体を小さくする何か背中に当たる


「!?」


勢いよく目を開けると室内は暗く、窓にはカーテンが閉められぼんやりと月光石だけが橙色に灯っている


「ん?」


声も掠れていて上手く出てこない、誰かがいる事は間違いが無い。意を決して顔をうしろにのけぞらせると陽光色の髪が目に入ってくる、それは静かな呼吸を繰り返しながら頭をクッションに乗せて寝入っている


「────」


口を魚のようにぱくぱくさせて言葉も出てこない


(何?何が起きてる?現実?夢?夢でもありえない!むしろここはあの世?地獄という名前の)


「わたしは死んだ!?」


思いっきり叫んだ声で後ろで寝ていたインシグが飛び起きる


「はぁ!!?」


それにさらに驚き声をあげる


「ぎゃぁぁ!」


お互いに呆然と顔を見合わせる、片方は信じられない物を視るような顔、もう一方は混乱しきった顔だ


「な、なんで、地獄の隣でインシグが寝てるの!?」


頭を抱えるインシグは


「お前人の耳元で───落ち着け。ここは地獄じゃない」


シーツを握りしめて顔半分を隠すミエルを横目で見る


「それと、婚約者と寝るのは当たり前だと思うが」

「いやいやいやいや………」


眩暈がしてくる


「意味が解らないわ、あれは紙上の事で、とにもかくにも今すぐにここから出ていけ!」


シーツを思い切りはぎ取るとインシグとミエルの間にはしっかりとクッションが置かれている


「こ、これは───」

「境界線だ。お前がこちらに入ってこられないようにな」


(な、何だろうこの敗北感は……今までどの戦場でも感じたことない……)


インシグの目が半分ほど閉じられ胡乱に向けられる


「……お前…まさか、おれがどうかすると思ってたのか───?」

「…………どうしよう……今すぐ切りたい!」


シーツをぎりぎりと握りしめる、右手がひきつって痛いがそんなことより、言い難い苛立ちをどうにか発散させたかった


「いいか、毒で倒れた事は一部の人間しかしらないんだ、会場を突然抜け出した言い訳を考えなきゃいけなかったんだ、わかるな?」

「情けなくも毒で殺られたと言えばいい」


ミエルの言葉を無視してインシグはベッドから起き上がると、思い切り窓のカーテンを開ける、日の光が容赦なく入ってきて目が痛む


「各国の来賓達を上手くごまかせないと、外交問題になる。海を隔てていてもテューブラッドなんかは弱みなんかみせたが最後、意気揚々と仕掛けてくるだろうな」


日の光を背にして憎たらしい笑みを浮かべるインシグの髪が輝く


「───で、何て言ったの───腹を下したとか、アルコールの飲みすぎで吐きそうだとか──」


「“新しい朝陽を見るために”だ」


可愛い婚約者がそうせがめば断われないだろう?

と付け足されミエルはわなわなと震えるあまりに怒り心頭でぐらぐらと身体も揺れだす、そして城中に絶叫が響き渡る。

庭園の木々から鳥達がとび立ち、インシグの私室でフィノが、演習場でイナトが深いため息を吐いていた。

カツカツと足を踏みならして廊下を歩いていく、その手には愛剣が握られている。速足に必死で付いてくるメイアとリリアーナは息を切らしている



「ミエル様お待ちください!」


(休んでられるか!……婚約パーティ以来、会う者全てに生暖かい目で見られ、聞こえてくる声はインシグに懐柔されただの、骨抜きにされただの……それだけならまだいい方で既成事実まであると言われている───)


それからというもの、ミエルは剣の相手を探し回り、見つけては演習場に引きこみボロ雑巾の様にしている。

今ではひっそりとアライナスの通り魔王と呼ばれている事はミエルは知らない


「ミエル様~もうおやめ下さい……せっかくパーティで月下の細君って呼ばれ始めていたのに」


泣きつくリリアーナの声もむなしく、ミエルは廊下をひたすら歩き回る


「はぁ……それで今日のお相手は騎士団の中からお探しになるのですか?」


半ば諦めのメイアが尋ねる


「よくぞ聞いたわ。もうそこらへんのでは物足りない───イナト様よ!」


血ばしる目で愛剣を掲げる


「「えぇっ?」」


驚く二人だが、正直、蒼銀の姫神と白の総裁の剣合わせを期待してしまう。さぞかし剣舞のようで美しいだろうと想像する


「だめですよ?」


後ろから静かに声をかけられる、驚いて振り向くと、しっと指を口に当てているイナトが立っている、それに気付かないミエルはどんどんと進んでいて今は遠くになっている。


「わたしはミエル様と剣合わせなど出来ませんからね~」

(残念だわ……)

「メイアさん、剣合わせを見たければ、いつでも兵舎にいらっしゃってください、部下達の剣技をお見せしますからね……ではでは、捕まらないようにしなくてはいけませんので失礼」


そういうとメイアの手の甲に軽くキスして去っていく、最近ではお決まりになりつつあるイナトの行為を素直に受け止めつつもメイアは顔を赤くしてしまう、角に消えた白い髪とグレーの軍服を思う、横でリリアーナが


「メイアったら、春の女神がほほ笑んだのね!」


と喜んでいる


「そんなんじゃないわ!」


慌てて否定する。


(あんな綺麗な人、わたしみたいな地味女には興味ないわよ……)





 バァァン


轟音をさせて扉を開け放つ、そこにいたインシグとジェイドが一斉に振り向く


「イナト様が見つからないわ」

「ミエル──まず言う事があるだろう」


こめかみに長い指を押し当てて机に肩肘を付く

ジェイドは慣れた様子でソファに座ったまま、報告書に目を落とす


「皇帝陛下の権限でイナト様を呼びだして」

城の中を自由に歩く許可を出しただろう、探せ。あという事があるだろう」


椅子に深く背持たれると、指を組んでこちらを見下ろす

無表情のミエルと視線を合わすあの一件以来ミエルの機嫌は悪くなる一方だ


「歩く許可だけでは見つけられなかったからこうして来たのだけど、ものすごく気が進まなかったけど」

「お前に期待した俺が馬鹿だった……イナトは捕まらないだろうな、俺でも見つけられないかもしれないぞ、なんといってもアレを熟知してしまったからな」

「アレって何?」

「知りたいか?───では、まず淑女らしく挨拶して頂こうかな?かわいい婚約者殿?」


ミエルの頬が引きつる。


「おれが相手になってあげてもいいよ」


ソファに座り口元を袖で隠しながらミエルを見上げる、ジェイドと顔を突き合わせるのは二度目だ、一度目は胸倉をつかまれて、投げ飛ばされて、怒鳴られるという印象が悪い出会い方だったため、自然とミエルの眉が寄る


「だめだ」

「だって、このままこの人野放しにしてたら、新しい騎士が生贄になっちゃうじゃん知ってる?この人今なんて言われてるかアライナスの通り魔王だよ?」


手に持っていた書類をバサリとテーブルに置く、それを見てみると、文字がびっしりと並び、ところどころに自分の名前が書かれている


「それ、あんたが生贄にした騎士達の被害届」


椅子でさも頭が痛いとばかりにインシグが頭を振る


「まぁ、騎士達にも緊張感が出ていいだろう」

「あっ─────まい!甘すぎるよインシグ、このままじゃ騎士辞める人でそのうち兵舎ががらがらになるからね?まぁ───それはそれでおもしろそうだけど」


ぷぷっと吹き出す。


(こんなに被害者を出してしまっていたなんて……予想以上の数だけどなんでかしらまったくスッキリしないのは)


「わかった、ジェイド、演習場でミエルの相手をしてやってくれ。それとこの書類をフィノに届けてくれ、資料室にいるはずだ」

「うん──おっけー」


書類を見ていたミエルの手を引っ張ってジェイドが歩き出す


「もたもたしないで行くよ────」

「えぇ」


慌てて書類をテーブルに戻すと引っ張られながら部屋を出ていく、ひらひらと片手を振るインシグがあの悪い顔をしていたので嫌な予感がした


(ジェイドの罰をどうするか考えていたところだ、ちょうどいい)


執務室を出た二人は演習場に向かう、廊下にでるとその窓からはちょうど演習場が見下ろせる、三階下に位置するそこでは騎士達がちらほらと剣を打ち合っている初日にそこで五人相手に戦ったのを思い出す

演習場をぐるりと回廊が囲みその上は騎士達の宿舎ださらにその上にはイナトの自室がある、演習場の正面には簡素な中庭が続きさらにその奥には門番室がある。最近城を徘徊し始めたおかげで大分城に詳しくなってきていた。


「インシグに頼まれたから、資料室にいくけど、先にいっとく?」

「いえ、一緒にいきます」

(逃亡阻止だわ)

「逃亡なんてしないけど」

(何だろ、この人とは合わない気がする) 

「相性悪いからね、それに似すぎてて嫌なんじゃない?何となくね~~」

「よく言い当ててきますね」

「あんた、単純だから──」


執務室を演習場とは逆の方向へ進む、ジェイドのぶかぶかのフード付きの黒いローブは腰までで細身の脚にはブーツという軽装だ、真っ直ぐ進んで部屋を3つほど過ぎると


「ここ」

重厚な扉をノックすると中からフィノの声が聞こえた、ぎっと音を立てて扉を開けるとミエルは驚く、いくつもの棚が中央から左右に並び、びっしりと資料らしきもので埋め尽くされている。

座れる場所などはなさそうで背の高い棚のどこからか


「こちらです誰ですか?」

「おれだよ、インシグが資料を持って行けって──」



棚の隙間を覗きながら歩いていると後ろから


「こちらですよ」


顔を通路にだすフィノがいる。資料の束を渡すと確認のためにぱらぱらと紙をめくっていく


「あぁなるほど……わかりました、申し訳ありませんが、この用紙だけ送る部署が違うようですね、ジェイド検分室へ持って行ってください」

「ちょっとおれ子供の使いじゃないんだけど──それに今からこの人の相手しなきゃいけないし」

「困りましたね……私もいま手が離せなくて…」


ジェイドが検分室と聞いて明らかに嫌な顔をする


「場所を教えてもらえればわたしが持っていきましょうか?」


特に剣合わせを急いでいるわけでもないミエルが声をかける、検分室とやらが気になったという理由もあるわけだが


「ちっ!いいよ、おれがもっていく。いくよ!ミエル」

「頼みましたよ」


資料室を出てさらに奥通路に進むと角にある階段を降りていく、ついには窓もついていない階層に辿りつく、暗い通路は左右と中央に三つに分かれている、ところどころ月光石が青白く灯っているどうやら地下まで降りて来たらしい、インクのような匂いが充満しているが嫌な匂いではない中央の通路の付きあたりの扉を断わりもなく開ける


「レオンはいる?」

「あ、ジェイド様!」


部屋の中はドームのような天井で円を描くような部屋は相当な広さを有している部屋の中央は何も置かれておらず腰ほどの高さの鉄柵でかこまれている、何十人もの人達がローブをまとって円形の壁に設置された机に向かって何かしている。


「インシグからの資料もってきたんだけど、レオン呼んでくれる?」

「はいっ」


元気よく答えたのはまだ幼さの残る少年だ

奥へと走って行った少年はひときわ大きな机で作業をしていた人物と話している、こちらを指さす少年にならってこちらを向くと、ローブを翻して向かってくる


「ジェイド様、お久しぶりです」


めんどくさそうにジェイドが答える


「来たくて来たんじゃないよ───これ頼まれただけだから」

「そうですか………」


資料を受け取り中を確認するとぱっと顔をあげてジェイドの顔をじっと見つめる


「……確かに受け取りましたと皇帝陛下様にお伝え下さい」


ローブから覗いた黒い顎あたりで切りそろえた髪に濃い紫の目が印象的な男性だ


「じゃあね。いくよ」


ミエルは軽く会釈してジェイドに続く。結局、検分室が何をしているところなのか聞けずじまいだった

 演習場までくるとなぜかギャラリーが多くいる。演習場を一望できる回廊の中心には椅子がおかれインシグが長い脚を組みならこちらへ手をあげる


「なに?」

「あ………やられたかも……」


しゃがみこむジェイドが頭を抱える


(こんな風景どこかで見た覚えが…)


インシグの両隣りにはちゃっかりイナトとフィノがいる、それだけではないメイアもリリアーナもいる。


「演習だよ、公開演習───」

「公開死刑みたいな言いかたしないでくださいよ…」


立ち止まる二人にインシグがとびきりの笑顔で『こっちへこい』と言わんばかりに人差し指を折り曲げてくる、見えない糸で引っ張られるようにして演習場の中央へ進み出る


「これっていやがらせか何かなの?インシグ全然笑えないんだけど」

「まさか。せっかく魔王の異名を持つ俺の婚約者とミルズ国第一の魔力使いが剣合わせをするんだから見学者は多い方がいいだろう?」

「それに───なんでお前がいるの?レオン、地下から出てこないんだと思ってたよ」


フィノの後ろに控えていたレオンがおろおろしている


(気付かなかったわ……)

「レオンを虐めるのはよくないな。仕事を放り出して好き勝手やってるジェイドを心配してきてくれたんだぞ」

「言ったよね……おれは協会のいいなりになる検分なんてやらないって」


前髪から覗く目は鋭くレオンを睨みつける俯くレオンの顔はフードで隠れてしまう


「検分の役割はそれだけではないはずだ、お前と同じ境遇の人間を救うのも仕事だ。」


きっぱりと言い切るインシグも厳しい言葉を投げる


「おれを脅してるの、インシグ」

「そうとってもらっても構わない、俺に忠誠を誓った日からお前の役目は決まっているそれについてはお前が一番わかってるはずだが」


痛いところをつかれたのかジェイドが押し黙る、静かに聞くミエルは状況が飲み込めてきた


「お前が勝てば役目を解いて自由にしてやる、どんな手を使っても協会をだまらせると約束する、ミエルが勝てば部署でやるべきことをやれ、いいな」

「────勝てばいいんだよね、いいよ──」


ぐっと握られた手に気付くミエルは愛剣を確認する


(簡単には勝てないかも)

「イナト、アンパイアを頼む」

「了解しました」


進み出てくるイナトは二人の間に立つと声を張り上げる



「両者、剣を抜き構えよ!」



距離を取ったジェイドは袖口から一本刃の鉤爪を両手に出す、暗器の一つだ

ミエルも愛剣を鞘から抜く、水晶の様な透明度を誇る剣にギャラリーがざわめく


「先に膝を着いた方を負けとする。血を流しても負けとする───」


イナトが両者に確認の合図を送る、目の端でとらえただけですでにどう動くか考えている




「始め!!」




地面を飛ぶようにして距離を詰めてくるジェイドが鉤爪を繰り出してくる回転するような跳躍でかわすと剣を振り下ろす、速度が落ちないままに鉤爪で剣を受け地面を這うように回転するジェイドはそのまま足で着地するミエルの足をさばく、さばかれた足を中心にさらに宙を舞うように回転し、離れた場所へ着地する


(重くない……厄介な相手だわ)

「お互いスピード重視ってわけだね」


鉤爪をかまえたかと思うと、ジェイドは跳躍しながら飛びかかってくる。剣をさばきながら応戦する鉤爪がシャツをかすめると、ミエルの剣がジェイドのマントを切る。左端にブーツが見えた瞬間に腕でガードすると鈍い痛みが走る、さらに回し蹴りで右足を頭を狙われるとミエルは身体を思い切りのけぞらせるとそのまま回転して剣を構える


「だしおしみする男は嫌いなの、まだ持ってるんでしょ」

「あんたもね」


藍色の目が細められるとミエルの身体がざわりと総毛立つ、内側から撫でられるような感覚になる不快そうに眉根を寄せるミエルを見ていたインシグが


「始めたな」


呟きにフィノがモノクルを上げる。


 (よくわからない、今までも 力 がある人間と戦ってきたけど、何かあれ等とは違う感じがする)


ミエルも瞳に力を込めるやがてミエル以外の全てがゆっくりに視える。

ギャラリーが呆けているのが解る、手にする剣を正面に掲げると月輝石に映る瞳は光を帯びてそれに呼応するかのように剣も輝きだす。

透明な剣の向かいで構えるジェイドを視る、距離があるにもかかわらず手を振り下ろす仕草をする、キラリと光る糸を空中に視てミエルは後方に飛ぶ


パシン

という破裂音とともに先ほどまでミエルが立っていた地面に筋がくっきりと残る


「よく、よけたね」


ミエルが真っ直ぐに走り出す、その間も破裂音がするが一度もミエルあたる気配はない距離を詰められたジェイドはミエルの素早い動きを目で追う事は出来ないが魔力の流れを感じ、剣に向けて鉤爪を落とす

キィンと音で剣がぶつかったとわかるがすでにそこにミエルの姿はない、剣が地面を削っていく軌跡が弧を描く、背後からの気配で身を伏せて剣をかわす、線糸を指で操りミエルを捕らえようとするも、すでに片方の線糸の間隔が無い


「よく、よけるものね」


前方に立つミエルがこてりと首をかしげる、その瞬間持っていた剣をジェイドに向けて投げ切る回避しようと立ち上がるも鉤爪に強い衝撃を受けそのまま袖口を貫通する剣によって地面によろめく


「そこまで!!」


イナトの宣言が空高く響く、ジェイドが片膝を着いてしまったのだ。ギャラリーから歓声が上がる


「──うそだろ…まじかよ……」


座り込んでしまったジェイドが髪をぐしゃぐしゃと掻く。ざわりとした間隔がなくなったことでミエルも一息つく、瞳に込めた力も解いていく、輝いていた剣も普段の姿にもどっていく、剣を抜くためにジェイドに近寄る


「あんたって、ほんと魔王だよ………あーあ……あそこに戻らなきゃいけないなんて最悪だ」

「……よくわからないけど。インシグはあなたのこと大事にしている気がするし、あなたにしか出来ない事があるんでしょう」


抜いた剣を鞘に戻すとアライナス式に礼を取りさっさと自室へ戻っていくミエルを拍手が送り出した。


「さて、ではさっそくジェイドを回収していってもらうか、レオン」

「えっ!?あ、はい………しかし本当によろしいのでしょうか……」


今もうなだれて座り込むジェイドをよそにインシグは話を進めていく


「お前にも書類を渡しただろう、ジェイド直々にな」


確かに書類を受け取った、その書類にはジェイドが検分に正式に所属されるという趣旨のものだ、一度は席を置いていたジェイドだが、協会がらみの事件で席を抜いていたのだ。

レオンはその頃ジェイドの下で魔力の研究に携わっていた、稀な力を持つジェイドを利用しようと画策する当時の検分と教会を見限ったのだ──インシグが即位して一新されたがジェイドは戻ってこなかった


「こうでもしないと素直に戻らないだろうからな、それにまだ協会も力を集めようとする動きもあるお前達にはしっかりと検分の仕事をしてもらわなければいけない」


椅子の肘掛に肩肘をついて顔を支えるインシグはフィノに


「フィノお前に渡した書類の件でも検分を有効的に使ってくれ」

「はい、ミエル嬢から言い渡されている案件ですね、水脈に関して魔力の流れを視てもらえれば工事の助けになるでしょう」


カタリと椅子を鳴らして立ち上がると


「さて、余興は終わりだ。騎士達を仕事に戻せ、俺も執務室にもどる」





 「えぇっ───じゃぁおれがもっていった書類にはおれが検分に戻るっていう書類だったってこと!?」


レオンの隣机で呆けるジェイドが


「してやられた!!!」


ジェイドの脳裏に不敵に笑うインシグが浮かんだ


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