貴方のために

 インシグの部屋の窓からは暗闇が徐々に姿を消し、空が白みだしてきている。

まだフィノは戻ってきていないが定期的にイナトは使いを送っている。

肝心のインシグの容体は激しく咳き込んだ後、若干の回復の兆しを見せたがそれ以上よくなってもいない。

浅い呼吸は弱くなりつつある、顔色も真っ白になり唇からは色が失われている。

昨晩びしょぬれになって返ってきたメイアとリリアーナは泣きながらミエルがどこかに駆りだした事をイナトに告げた


ジェイドは部屋に控えインシグの魔力の流れを視ている


「メイアさん、リリアーナさん少し休んできたほうがいいですよ……ここは私達がみていますから」


水を取り換えたり、給仕をしたりしている二人の疲労もピークだろうとイナトが声をかけるも首を横に振るだけで誰も退出する気配はなかった。

そんな中

扉を勢いよく開ける音がすると同時にフィノが飛び込んでくる


「まだ生きていますね!陛下!」

「フィノ?何?どうしたんだよ、今インシグは寝てるとこだけど───」


珍しくモノクルもしていないフィノがベッド脇まで来ると、サイドテーブルに合ったグラスを手に取り


「イナト!水を」

「解毒剤が?薬ができたんですか!?」


そう問いながらもなみなみと水を注ぐと、イナトはインシグの頭を起こす、意識を失ったままに眠るインシグはびくともしない、それでもおかまいなしにフィノは鼻を押さえて口をあけさせると持っていた薬を放り込み、グラスを傾ける。幾度か咳き込むも飲みこんだインシグをベッドに戻す


「────深夜過ぎにミエル嬢が研究所に来ました。神の花を持って、これなら解毒剤が出来るかもしれないと……」

「ミエル様………!」


リリアーナが泣き出す、その肩を抱くメイアも泣いているようだ。


「そんな……ばかな……ミルズには咲かないはずなんだ……」

「けれど、ミエル嬢はもってきたのですよ……けれど数が少なく抽出量も少なくどこまで効かもわかりませんが何もせずにいるよりはいいでしょう。

そうですよねミエル嬢───」


フィノが入り口を見る。

そこにはドレスは破れて、髪は乱れ、見える肌には切り傷や打撲の跡があるずぶぬれのミエルが立ちすくんでいた。いつもよりも一層に白い肌に荒い呼吸に目の下の隈が今しがたまで走り回っていた事を表していた、走り寄るメイアがミエルを支える


「ミエル様……!心配いたしました…!!」

「ごめんなさい、でも言ったでしょ、絶対にあるって───それに約束したのよ、今夜だけは忠誠を尽くすって……」


扉付近からはベッドにいるインシグの様子はわからない


「どう?呼吸は落ち着いてきている?不整脈さえ抑えられれば助かるはずよ───」


フィノがインシグの首元に触れる苦い顔をした様子でミエルは膝を折る


(なぜ、なぜなの……もうこれしかないと思ったのに、なにが足りないの!?)



「───ねぇ……一度だけ、症状が弱まった時があったんだよね?確か……それって何の薬をのんだわけ?」


ジェイドがおもむろに聞いてくる

イナトは一考して


「あれは、たしかインシグ様が一度だけ目を覚ました後でしたね、起きようと暴れだしたのでわたしが止めに入ったんです、でも飲ませたのは咳止めの薬だけです」

「はい、確かに……サイドテーブルには各種お薬がありますがあの時手に取ったのは 咳止めのお薬でした」


メイアとイナトが確認を取り合う


「えぇ──咳止めの薬なんかで解毒できてたらこんな事態になってないでしょ──じゃぁ、もっと他の何かはなかったの!?」


ジェイドの苛立った声がまくしたてる


「そういえば、ミエル様がその前にインシグ様の手当をなさっていましたね……」


疲れきってよろめくミエルは必死に思い出す


「そう、インシ……皇帝陛下がわたしの血に触れた手で、咳き込んだ口を押さえたのであわてて止めたのです、良くないと思って……それだけです」

「血?」


怪訝そうな顔をしたフィノとイナトに───全員の目線が痛いミエルはしまったと思ったがすでに手遅れだ


「ちょっと切れただけです、ともかくそれに触れて皇帝陛下の手にわたしの血がついたんです」

「ちょっとまって──あんた何度もこの毒を飲まされたって言ってたよね?だとしたら……あんたの身体の中で血清が作られてるのかもしれない……だから、インシグの身体にあんたの血が入ってインシグの毒が中和された、それで持ち直したのかもしれない」

「わたしの、なかに……?」


フィノも納得するしかないようだ、神の花に解毒効果がない今は何でも試すしかない渋面ながらも


「ミエル嬢……お願いです、どうか我が皇帝陛下を御救い頂けないでしょうか──今までの御無礼でミエル嬢に大変もうし───」

「何をぶつくさ言ってるの!早く血を取って!」



呆気にとられる面々に苛立つミエルはよろける足で、給仕のワゴンから果物ナイフを掴み上げると思い切り右手を切りつける、ぼたぼたと落ちる血もかまわずベッドに近寄る


「どいて!イナト様インシグの頭を押さえていて、フィノ様鼻をつまんで!」


わたわたと指示に従い半ば拷問の様子を呈した状態で血を流しこむ


「ほんとごめん。視てると、まだ足りない───それだけじゃなくて血に流し込む方が効率がいいかもって……」


ジェイドが頭をがしがしとかきながらも提案してくる


「わかった」


ミエルは言うが早いか、インシグの左手も果物ナイフで切りつけるとそこに自分の右手を重ねる、より多く流れるようにミエルは自分の右手の傷口を広げるように左手で押し広げる

インシグのベッドがじわりと血で滲んでいく、これと同じようにインシグの身体にも効いてくれればと誰もが祈った。


 空に日が高く昇る頃


「これは、驚きましたな……安定しておられる。このままインシグ様も快方に向かうでしょう」


ほっほっほと笑う医師に安堵する一様は胸をなでおろす。


「それで、一番の功労者の姫君はどうされましたかの?」

「お部屋に…お戻りになられました……」


メイアはどこか寂しそうに答えると俯く、ミエルはあの後、さっさと部屋に戻り誰の助けもいらないとひきこもったままだ

最初に来た時と同じ様に傷付いた自分を誰にも見られたくないのかもしれない


「ふむ……わたしの見解を述べると、あの姫神もインシグ様と同じ毒で苦しまれていた様子でしたので心配していたのですがの」

「え!?」

「ミエル嬢がですか?」

「ミエル様が!?」

「あの猿女が?」

「おやおや、総裁や軍師、側近にお側付きのメイド達がこんな状態では困ったものですな、こんな老いぼれでも気付きますわい、大きく開いた瞳孔、浅く早い呼吸、蒼白の顔に妙に赤みをおびた頬これは発熱のサインじゃ、それにこれほどまでの出血をしているところをみると下手をすればインシグ様よりひどい状態かもしれませんな」


 コンコン


「ミエル様、リリアーナです──皇帝陛下が快方にむかっておられます、あ、あのお耳にいれたくて……」

「そう、でももう報告はいらないわ。休むので一人にして」


それっきり静かになった部屋の扉の前でリリアーナが両手を組んで立ちすくむ。

部屋の中でミエルは消えないリリアーナの気配を感じつつも小さくため息をつく、インシグに血を分けてからすぐに部屋に戻ったミエルは倒れそうだ……

会場で刺されたと同時に毒を流しこまれそれから休むことなく動いた所為か、浅い呼吸はだんだんとひどくなっているし、熱も下がっていない、刺された背中もまだ血が滲みでている、目の力を酷使したせいで頭痛もひどい

一刻も早く身体を休めなければいけない、ミエルは原型を留めていないドレスを裂きながら脱ぐリーディアには申し訳ないが……

腰を絞めあげるコルセットの紐は剣で切って脱いだ。簡単に浴室で汚れを落とし、クローゼットの扉をあけ、簡単に着れそうな夜衣を着て、長椅子に横たわる、すぐさま睡魔に襲われもう一度扉を見る

取っ手には椅子をかけてあけれなくしてある。もちろん続き扉にも細工してある、これで完璧な一人の時間が保てる、ミエルは安心して瞼を閉じた

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