失うわけにはいかない

 外では雷鳴とともに雨が強くなり、インシグの部屋のガラス張りになったテラスドアを強く打っている

投薬を開始して三時間がたつが、インシグの鼓動も熱も治まらないままだ。

フィノは花をもって研究所に出向いている。イナトは鉄馬車を見送り戻ってきて初めてこの事態をしり動揺をかくせないでいた。

メイアとリリアーナはインシグの部屋でミエルとともにインシグの様子を見ている。一度退出しようとしたミエルは意識を失う前に、インシグが何を言いたかったのか気になり残ったのだ。

明りを落とした室内でメイアとリリアーナは、廊下で警護にあたるイナトと連絡を取り合っている。ミエルはベッド横の椅子に座り、浅い呼吸を繰り返すインシグの汗を拭っていた。陽光色の髪がべっとりと額に張り付いている、ミエルはそっと髪を払う


(容体は悪くなる一方だわ───このままではインシグは……)


そこまで考えて頭を振る


「リリアーナ……わたし水を取り換えてくるわ」

「いいえ……ミエル様はここにいらしてください、お水なら私が──」


小声で話すリリアーナがはっとするその様子で振り返ると薄っすらと目を開けるインシグがいた


「イン───皇帝陛下っ……」


ミエルの声に反応したインシグは蒼白の顔でミエルの格好に目を細める


「……ミエル……まだ、てないのか」


ミエルは刺され毒を盛られてはいたが、慣れた身体なので時間がたてば治ると自覚している。それに今はインシグ以外の事で皆を動かしたくはなかったので黙っている、当然着替えも一人ではできないので、まだドレスのままでいる。インシグはその事を言おうとしていたのかとミエルは納得した


「皇帝陛下、身体の具合はどうですか?───正直、投薬されている物が効いているようには見えません。フィノ様が研究所に行っていますのでそれまでの辛抱です」


ベッドから上半身を起こすインシグをベッドに戻そうとするが、なかなか上手くいかない


「リリアーナ、メイア!イナト様を呼んでっ」

「はっはいっ!!」

インシグはミエルの肩を掴んでベッドに突っ伏せる。やわらかなベッドに沈められながら

「毒を盛られたくせになんていう馬鹿力っ───!」

「だ………だま、れっ」


背のレースを捲られるとカットアウトされた肩甲骨があらわになる、それをみてインシグが悪態をつく。傷口に熱い指を這わされてミエルは痛みにあえぐ


「……っ…手当を、う……けろ、わかった、な!」


その瞬間勢いよく咳き込み、咄嗟にインシグは口に手を当てる


「インシグ!」


起き上がり手に当てていた手を振り払って代わりにタオルをあてがう


「───わたしの血が付いた手で触れてはだめよ──」


白い寝衣にインシグが吐いた血が点々と飛び散る、喉に傷がついているのかもしれない


「インシグ様!」


イナトが走り寄り、無理やりベッドにインシグを押し込む


「メイアさん、そこの薬を!」

「は、はい!」


テーブルに置かれた薬をインシグの口に押し込み、水で一気に流し込むその手早さは見事なもので、側にいたミエル達は呆気にとられる。


「インシグ様、おとなしくしていてください。フィノが研究所で、解毒剤を作らせていますから」


咳き込みさらに呼吸を荒くするインシグは意識を失う。その場にいた全員が最悪の事態を思う


(これ以上はだめだわ……何か考えないければ……!)

「入るよ───」


初めて聞く声に入り口に目を向けると、ぶかぶかのフードコートを着た男が立っていた、全身ずぶ濡れの様子を見ると、外にいたようだ


「インシグの容体は──いいわけないよね」

「ジェイド!研究所から戻ったんですね、薬はどうなりました?」


つかつかと重たそうなブーツを鳴らしながら部屋に入ってくるがその目は真っ直ぐにミエルを見たままだ


「ない。薬は作れない!!」

「──つくれ……?」


イナトの質問もミエルを見据えたまま投げやりに応えるジェイドは、勢いよくミエルの胸ぐらを掴み上げる、レースが裂ける音がするも気にした様子もない


「この!アライナスの毒婦が!!言え!お前は何度も毒を飲んでいるらしいじゃないか!どうやって助かった!!」


ジェイドの怒号が飛ぶ、イナトが制止に入ってもジェイドの力はゆるまない、喉をぎりぎりと絞めあげられミエルの顔が歪む。


「い……った通りよ───薬は、ない……」


何とか答えるミエルをジェイドは思い切り投げ飛ばす


「ジェイド!!やめなさい!───」


ミエルを憎しみの目で見下すジェイドの怒りはまだ収まっていない。ミエルは床に倒れこんだままで


(そうだ……考えなければインシグは死ぬ!

毒を盛られた母は死に、私は生きている。インシグも死にかけている。違いは何?二人とわたしとの違いは何なの?ただ運がよかっただけ?それなら何度目かで死んでいてもおかしくないのに、わたしは生きてる……)


強い眩暈に襲われて、視界が歪むまだ毒が抜けきってないのかもしれない


『ミエルここの花は旅をする民にはね──』

『母様、わたしこの花が大好き、香りもいいし、見てこの蒼とっても綺麗』

『そうね───わたしには強すぎてだめだったけれど、貴方は大丈夫なのね、その花の名前は』

『ほら、ミエル少しずつでいいから、ここを食べてごらん、でも花が咲いた後はだめよ毒になってしまうから───』


視界が戻ってくる


「星の祝福!!」


突然叫ぶミエルに不可解な物でも見るように全員が顔をしかめる


「星の祝福よ!知らない?……あぁ──ここではどう呼ばれてるの……?」


手振り素振りで表すも通じるわけもない助け船を出したのはメイアだ


「ミエル様、それは、どういった色の物ですか?」


黒い瞳がミエルを落ち着かせるように優しく問いかける


「植物よ、花なの、そう……蒼色の花で水場をこのんで咲くわ、けれど葉はない。あれなら解毒剤に出来るかもしれない!」


イナトとジェイドが顔を見合わせる、何かを促されるようにジェイドが重い口を開く


「蒼色の花で、葉がなくて、水場……それ以外の情報はないの?」

「あの花は、花が咲いてしまうと毒になってしまうと聞いた……それに、あの花が咲く場所は水が流れてなければならない」


頭痛がする頭を思い切りフル回転させてもそれ以外の情報が思い出せない。ミエルの話を聞いてジェイドも頭をフル回転させている、頭の中の情報と当てはまる植物を取捨選択してゆく


「まさか、あの花?」

「何の花です?」


待ちきれない様子のイナトにジェイドが静かに答える


「神の花だよ、多分ね………残念だけど、ミルズ国には咲いてない」

「咲いてない……?ミルズ国には咲いてない?」


イナトの咲いていないという言葉がジェイドの残念だけどという言葉がミエルに突き刺さる

自然とベッドのインシグを見つめる───


「では、奇跡を祈るということしかできないのですか……」


イナトの気落ちした言葉がむなしく響く、ふらりと立ち上がるとミエルはそのままインシグの部屋を後にする、慌ててメイアとリリアーナが追いかけるも、隣接のミエルの部屋には戻らず、そのまま外に出てしまう


「ミエル様!!どちらへ行かれるんですか!?」


もはや豪雨となっている外は月明かりもなく暗闇に包まれている、必死で腕を掴む二人を振り払い厩舎へ向かう


「ミエル様お願いです戻ってください!!」


強い風がメイアやリリアーナの髪をめちゃくちゃにさせている、お仕着せも雨に濡れてべったりとはりついている


「わたしは待たない。祈りもしない。絶対にあるはずよ。」


一頭の馬の前までくると熱くなった手を頭に伸ばす、強く嘶いて前足をあげる馬には見覚えがあった、何度も王立図書館まで乗せてもらっている馬だ


(借りるわ、デルク少佐)


荒ぶる馬に恐れて二人は厩舎の前で立ちすくんでいる、ミエルは鞍も載せずにずぶ濡れのドレスのままに馬にまたがると、大声を張り上げ駆けだす。


「ミエル様!!どちらへ───!!」


後方でメイアが叫ぶ、答えている暇はない。ミエルは目に力を込めて暗闇を視る、恐ろしいほどの激痛にひるむ事もなく 力を行使する、次第に周りがよく見え始める。

目の前の鬱蒼とした森なら水源もある、王立図書館でミルズの地図を頭に叩き込んだミエルはすでに目星をつけて馬を走らせる



「絶対にあるわ!!探して見せる!!」

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