当日

 ミルズ国 ミドレイ城

 

 「おはようございます、陛下。リーディア皇后様、本日は雨の神も祝福されているご様子で、私めも大変うれしく思います」


謁見の間で玉座に座るインシグとリーディアに畏まり挨拶をするフィノを筆頭に各国から祝福を持つ来賓客が朝からつめかけていた

。壁際で警備にあたるイナトも本日は蒼の礼式の軍服を着こみ部下達に的確に指示を出している。

インシグは白の礼式軍服に青のサッシュに金の飾緒に金のエポーレットは陽光色の髪を引きたてている、右肩には白のペリースがかかっており腰下まで覆っている、パンツには金の側章が際立っている。

来賓として呼ばれた令嬢達もあまりの美しさに恍惚としている様子だ。

側に座るリーディアはインシグを引きたてるように紺色の禁欲的な肩だけだすスタイルのドレスを着こなしている、王族をあらわすサッシュはインシグと同じ青だ。長く美しい髪もきっちりと結いあげられ凛としている


「ここに集まってくださった方々にも礼を述べよう、こたびの婚約は歴史上もっとも祝福をいただくのに相応しいものとなる。アライナスとミルズの婚約すなわちこれはユーユリド土を平和に導く第一歩となるであろう。皆も今日は心行くまで楽しんでいってくれ」


静謐な空気に満たされた謁見の間はインシグの声を心地よいほどに響き渡らせた。


「く、くるしい……」

「もう!すっこしですわ!ミエル様!」


ベッドの柱にしがみつくミエルのコルセットの紐をぐいぐいと引っ張るメイアとリリアーナが鬼の形相をしている

「っ!!できました!」


姿見を横目で見れば恐ろしいほどに腰が引きしめられた哀れな自分が映っている……


「さぁ!あとはリーディア様に頂いたドレスを着るだけです!」

「頑張ってください!もう皇帝陛下は謁見の間で朝の祝辞を述べられている時間です!ミエル様は午後からの参加でよいのですからしっかりなさってくださいね!」

「あれはコルセットなんかしてないでしょう!」


涙目になりながらも訴えるミエルには今日はどちらも優しくはしてくれない

謁見の間を後にしたインシグはその足でイナトとフィノに合流する。肝心のアライナス王女ナスタがまだ到着していないのだ


「第一王女はまだ到着していないのか──」

「ミエル様から聞いた通り、上空を通ってくる鉄馬車ですが、騎士達に見張りを指示しています、到着すればすぐに報告がはいります」


イナトはいつもよりも厳しく目を光らせている。警戒すべきはアライナスだけではないという事だ


「陛下、ご安心を鉄馬車を降ろさせる広場も確保しております、来賓の方々にも目に触れぬ様に対処しております」

「ああ、ナスタ王女に関してはミエルから何も聞き出せなかったからな、何を対処していいかも未知数だ、考えられる全てを手配したがお前達もしっかり頼む」


三人の厳しい目が交差する



「まぁまぁ、三人揃って怖い顔をして」


広い回廊で話す三人に朗らかに話しかけるのはリーディアだ


「母上、今日は各方面から来賓の方々がいらしてますから、一人で出歩くのはおやめくださいと申したでしょう……」

「はいはい、まったく心配性なのはお父様譲りかしらね、インシグ」

「イナト、母上に護衛の騎士をつけてくれ」

「はい、是非に。」

「インシグ、心配しなくても良いのですよ、私も十分気をつけますしこれでも社交界で生き延びてきたのです、アライナス国の小娘など何かしでかしたらひねってさしあげます」


その発言にびしりと固まる三人、三人は幼いころからリーディアに躾という精神修行をさせられてきたことを未だに覚えている。


「イナト総裁!ご到着です、アライナス国の御到着です!」

「いよいよご到着ですね、騎士の皆に所定の位置で待機するように指示を、わたし達が到着するまで動かないように!行きなさい!」


息を切らせて走ってきた騎士の第一声とイナトの指示に一様に身が引き締まる。


「まずは私がお迎えに上がります、陛下とリーディア様はお部屋でお待ち下さい、

イナト警備をお願いしますよ」

「はい、フィノも十分に気をつけて、護衛騎士は王族とは距離をとらねばいけませんから」


モノクルをきっちりと正し、イナトとともに回廊を足早に去った。二人を見送りインシグとリーディアも予定されている部屋へ向かう。


 

 鉄馬車は騎士達に促され、新緑に囲まれた平地へと降り立った、轟音を立てそうな巨大なそれは見てくれとは違い静かに動きを停止させた。

ここに配属された騎士はどれも口の堅い者ばかりが集められた。忌むべき物を露見させないためだ。

鉄馬車を前にフィノは鋭い眼光で立つ、その周りを囲むようにイナトと騎士が剣を腰に並ぶ

しばらくすると鉄馬車の扉が開き、颯爽と茶の髪をした執事が躍り出て、中にいる人物に腕を貸す

。シルクの腕袋に包まれたしなやかな指先が男の腕にかかると、煌びやかな金の巻き毛を緩やかに結いあげ、横に少したらした巻き毛が美しい顔に彩りを与えている。猫の様なアーチを描く眼は緑の色で鼻筋もすばらしく唇は均衡を保って、あざやかな赤い口紅をのせている。

白い肌は陶器の様だ、緑の目に合わせたのか幾重にも重ねたシフォンのドレスを優雅に揺らしながら鉄馬車を降りてくる


「ようこそ、おいでくださいました。ミルズ皇帝陛下の側近を務めます、フィノ=アルバートです、信越ではありますがお部屋までご案内致します」


黒いロング軍装に黒銀のボタンに飾緒まで黒色、金の髪を後ろに一本に束ねている、青い瞳はモノクルの奥で静かに蔑むように鉄馬車と王女を見下ろす


「───お気づかい無用ですわ。鉄馬車はとても速くて乗り心地も最高なの。使う資源は虫以下なのに、フフ」

「左様でございますか、さぞお疲れかと思いましたが思い過ごしの様で差し出がましい事を致しました。ご無礼にご容赦下さい」

「いいのよ。さっさと案内してちょうだい、ここは青臭くて堪らないわ!」


礼を取り、フィノは黙って案内を始める、ナスタ王女は執事と侍女を数名連れてフィノの後を歩いていく。鉄馬車に八名の侍女が残っていたが、ナスタ王女が去ると心なしかほっとしている様子をイナトは見逃さなかった

騎士達にこのまま厳戒態勢での見張りを指示し、鉄馬車の後車両を覗く、十数名の人間が鎖で繋がれ首から上は天井に埋もれ、中には胸を上下させている様子で生きている事が確認できるが幾人は力なく吊り下がっている、男も女も無作為に選ばれている様に見える


「───!なんてことを…………」


イナトは目の前の光景に愕然とした





 部屋まで案内されたナスタ王女はさっさとフィノを追い出し、自ら連れてきていた侍女たちに世話をさせ始めた


「まったく田舎くさい国だこと……調度品も気品がないわ。早く紅茶を用意しなさい」


紺色のベルベット生地に月光石で出来たソファにゆったりと座りながら羽根扇をたたむ、この日の為にナスタは一等の仕立て屋にドレスを作らせた

緑のシフォンを幾重にも重ね、透明度を誇る宝石を散りばめ、デコルテを大胆に露出させ豊かな胸を美しくみせるドレスだ、首を飾るのは、今は滅んだドレン国で入手した大粒の赤い宝石、巻き毛の金髪には羽飾りをのせている。


「あの子、兵装以外なんて麻の服くらいしか似合わないのに──かわいそうにさぞみすぼらしいわ、なんて楽しみなの!それに、あの子の為に花も用意してきたのよ、最高の贈り物をね」


豪華な一室に甘い笑い声だけが木霊していた


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