穏やかな時間

 「あらあら、そんなに緊張しなくても良いのですよ、さぁ、こちらのお菓子なんてどうかしら!とても美味しいのよ」

「そうです!あ、でもお母様、それよりもきっとこちらがミエル様のお口に合うのではないかしら!」

「そうですわね!ミエル様両方食べてみて下さいまし!」


「……あ、はい。……ありがとうございます……」


庭園で白い円卓を囲むのは、ミエルにインシグそして初対面となる前王妃とインシグの双子の妹だ、なぜこうなったのか

それは

婚約パーティを一週間後にひかえて、インシグの選んだドレスに双子が難色を示した、それに対して前王妃がみんなで選んだらいいと口を出したおかげで、のどかな昼下がりにこうしてお茶を囲んでいる───

勧めてくれたお菓子は、あわい色のクリームがかわいいカップケーキに黒と紫に赤のコントラストが不気味なクッキーにミエルがひきつる……


「すまない、妹達の趣味は素晴らしく周囲に理解されないんだ」

「まぁ!お兄様わたくし達の趣味をどうこう言われる前にお兄様のお選びになったドレスも理解できませんわ」


そう反論したのはエーデル=エヴァーリン=ロノワで


「まったくだわ。わたくし達があの案を見つけてなければ、婚約パーティが台無しになってしまうところでしたわ」


アイル=エヴァーリン=ロノワが付け加える、たしかこちらの方は双子の妹のほうだ、いまのところ二人を見分ける方法はない。

どちらもゆったりとしたウェーブの金髪が美しい、顔も前王妃譲りの美貌をもっている。目の色は兄インシグと同じ色合いだ。


「お前達あれほど、おれの部屋に勝手にはいるなといっているだろう───」


テーブルに置かれた奇抜なコントラストのクッキーを難なく口に運ぶインシグは妹達を軽く睨んで見せるがまったく動じない二人は、


「やだわ!お兄様のお部屋はわたくし達のお部屋みたいなものでしてよ」

「いや、違うからな。俺の部屋は俺の部屋だ」

「もうっ仲が良すぎるっていうのも、困りものだわ」


前王妃のリーディアは朗らかな笑い声をあげる、ミエルはリーディアお勧めのお菓子を口に運ぶ事ことにした


「ねぇミエルさん、ドレスの事なのですけど、私に一任していただけないかしら?私、こう見えて審美眼だけは誰にも負けない自信がありますのよ」


唐突に会話をぶった切ってくるリーディアにミエルの目は驚きで限界まで大きく見開かれている、そんなミエルの手を両手で握ってくるリーディア


「いや、あのっ───リーディア様はこの婚姻について反対なされないのですか?」

(何なの?この王族どこか飛びすぎてるわよ!)

「え?ミエルさん婚姻はいや?それともこのインシグがお気に召さない?───そうよね……もっと見目も麗しくて……そうたとえば、フィノとイナトを混ぜて割ったような男性ならよかったと私も思っているのよ」

「───母上……自分の息子をよくそこまで──」


呆れて天を仰ぐインシグに誰も慰めの言葉を送らない、もうまるっと無視されているような状態だ、双子もうんうんと大きく頷いている


「い、いえ。そういった事ではなく、わたしはアライナスの姫神です、ご存知の通りわたしは殺しも害も為す侵略国の王女です、是非反対なさってください!」


変な汗をかきながらしっかりと握りこまれた手とは逆に身体がのけぞる


(もうやだ、本当にかんべんしてよ───)


その発言に3人の美女の顔に真剣さがおびる


「あら、お姉さま。そんな風には見えません事よ?」

「ええ、むしろわたくし達そんな勇ましい女になりたいと思っていますの」

(もうわけがわからないっ………!)


さらに天を仰ぐインシグ。なぜこんな風に育った……そんな声が聞こえてくるがさらにリーディアが続ける


「ミエルさん、もうすでに起こった事は変えられないでしょう、でもこれからは和平の為に生きてもいいのではなくて?人は憎しみにかられてはいけないのよ。それに誰も戦で死ぬ事がなくなるなら私はいつだって手を差し伸べます」

「和平の、ために───」


リーディアの言葉にテーブルについていた誰もが静寂につつまれるミエルは


「アライナスを信用するのですか──?」

「いいえ、貴方を信用しているのよ」


きっとこの日の事を誰もが後悔するだろう事をミエルは確信していた


「さぁお茶が冷めないうちに戴きましょう、ね?」


リーディアの仕切りで和やかな時間は過ぎて、いつのまにかドレスはリーディアの一存に任せられることとなった。リーディア達は生地やデザイン選びに奔走すべく城内へもどっていくもまだ庭園を歩く二人はひときわ美しい噴水の前にたどりついた、石畳の真ん中に作られた円形の噴水は高く水を噴き出している。

美しく剪定されている植木や花々は春にかけてたくさんの蕾をつけているようだ


「母や妹達を変わり者だと思っただろう?」


噴水を見上げるミエルにインシグも噴水をみたまま問う


「───」


リーディアは戦争をしらないわけではない、ぬくぬくと王宮で暮らしてきただけではない、簡単に信用を振りかざすような人間でもない。

妹達もよく母親の意見をききいれ行動している節がある、さすが王族一家だけはあると思っていた


「どうかしらね……ただ、忘れてほしくないわ。わたしはアライナスの姫神だって事だけは───わたしはね、戦いがなくては生きていけないの。戦って犯して殺して奪う、アライナス神話で出てくる戦いの女神をなぞって、わたしは姫神って呼ばれるの」

「平和を憎む女神、だったか、確か」

「ええ。平和なんてつまらないと思わない?」


噴水の淵に腰を落としてインシグを上から下まで眺める


「───インシグ皇帝陛下。ひどい顔をしているわよ……信用なんてものはそこいらのゴミより価値がないもの、今は我が父王に従いここにいるだけで、もし明日にでも反旗を翻せと言われれば私は迷わず実行する」

「そうだな、今は俺も和平を信じる事だけしかできない。俺は戦いで死ぬ者を見たくない」


いつもの健康そうな肌色も今はくすんでいる


「それでも戦いは避けられない。絶対にね」

「俺は毎日考えている、世の中を平和にする事に戦争が、争いが必要なのかと……」


「じゃぁもっとわかりやすい考え方をしたらいいのよ。

 パンが一つテーブルにあります、それを囲む人間が三人います、三人はもう三日も食事にありつけていません。

ある一人は言いました『パンを平等にわけようひょっとしたら明日は他の物を食べられるかもしれない』

けれどもう一人はこう言います『いや明日は何も食べられないかもしれない、パンは残そう』

さらに最後の一人は言います『平等にわけたとしても明日は何も食べられないかもしれない、パンを残しておいたら明日には腐ってしまうかもしれない。それならば一人が全て食べて少しでも長生きをすべきだ』三人の意見は誰が正しいと思う?」


「………三人共、正しいといえるが正しくないとも言える……」

「正解なんて無いの、皇帝陛下。だから戦って勝つそしてパンを自分のものにするしかないの」


強く言い切るミエルにその昔遭った騎士の面影が重なる、あの時も強い眼差しで俺達を見下ろしていたあの戦争で生き残った者は少なかった……

アライナスでは戦時中に出会った兵士は皆殺しにしなければいけないという風潮があった、無論インシグも死を覚悟で飛び込んだわけだが、わずかに生き残った者から後日提出された報告書で一様に姫神に遭遇した事が記されていた。

それは

(貴方が逃がしたのではないか?単なる気まぐれ等ではなく予定どうりに見逃したのではないか?)


喉でつっかえた言葉は口から吐き出されることはなかったが決して手の届かぬ人だと思っていたミエルがそこにいる。今はそれでいい、いつか真実を知ることが出来るかもしれない……

そう思える


「ミエル嬢にはミエル嬢の意見があるように俺にも信念がある。あきらめるわけにはいかない、貴方が我々に剣を向けるその時までは信用する事にする。」

「愚かな人達ね…………」


インシグはミエルの前まで来ると片膝を地面に付け、騎士の誓いの様な格好を取るそれに何事かとミエルが立ち上がるとインシグはミエルの片手を取りにやりと笑う


「ちょ………!」

「アライナス国第二王女 ミエル=レイネット、どうか私の求婚をお受け下さい。哀れな男に慈悲をお与えください」


インシグの唇が手の甲に落ちるそれを振り払おうにも、やたら強い力で握られて微動だにできないでいると草陰から双子が立ち上がる


「よくぞ言いましたわ!さすがお兄様!」

「すぐにお母様にご報告よ!アイル!」


そのまま勢い良く走り去る王女らしからぬ双子の背が小さくになるにつれて顔を真っ赤にし震えるミエルがインシグを睨む、当の本人は双子が走り去ったのを手を振って送っている


「っ!知っていてやったわね!この、このっ───」

「またお前は後戻りできないどころか、常に俺の前では行き止まり状態だな。それに言質を双子にとられてしまった以上は───ククク」

「こ、こ、このろくでなし!」

「実に心地よい響きだ、悪口ならもっとましなものを覚えたほうがいいなミエル?」


唸り声のような叫び声が城内に響いた。フィノは自室で、イナトは演習場で深いため息をついたのは誰もしならない。




「それは大変な一日でしたね」


王立図書館、3階踊り場で本を広げながらクロエとミエルは幾日か前の出来事を話していた


「そうなんですよ……」

「貴方にプロポーズした方は貴方をよほどお気に召しているのでしょうね。貴方と身分も違わないなら素直にお受けしたらどうです?」

「クロエさんまで……よしてください。わたし、この先も誰とも結婚する気はないのですから」


肝心要の話は伏せて、クロエに先日の愚痴を零している、誰もミエルの愚痴を聞いてくれないからのだから、会ったばかりの彼女に耐え切れずに零したとしても、誰にも叱られないはず、インシグの事はどこかのぼんくらだとしていたし、その一家についても国の重要人物だということは隠しているもちろん、ミエル自身についても


「テレスさんはその男性の事はどう思っているのですか?」

「何とも思ってません。───見た目だけはいいので中身がともなわなくても良いという女性を一刻も早く見つけてほしいとは思いますけど」

「そういう男性は少ないとはいいきれませんが、今聞いたお話では、彼が貴方にべた惚れな気がしますね───私には縁のなさそうなお話でしたので貴方が羨ましいです」


そういって分厚い本を手にしているクロエはまた一枚紙をめくる、内容は覗いてみてみると理論書らしきもので挿絵は一切なく、文字でびっしりとうめつくされている。

ミエルと話しながらもしっかりと本を読む彼女は無駄を作らないタイプらしい


「クロエさんほどの女性なら引く手あまたじゃないのですか?」


ちらりとミエルを見て


「誰も引いてくれないので親族にも心配されているほどです───それともテレスさんが引いてくれますか?」

「え」


突然の申し出にあたふたしているとクロエは本に銀の詩織をさしこんで閉じる


「冗談ですよ、実のところ私はしたい事があってまだ結婚など考えられないのです、でも……あなたにプロポーズした彼のように、いつかわたしにも強く想う相手が現れたとしたら、それはとても素敵でしょうね」


ミエルにはクロエの言う『想う』がよく理解できない。

皆同じ様に見えるからだ、命を中心に形成される外見などは形創っているというだけの物で、例えば人間、動物、植物、昆虫どれにも命がある、傷つけられれば命は消える、それに違いはない。だから命を尊重するミエルには誰かが言う『特別』が解らない。


「………クロエさんにはこの世界はどう見えますか?」

「はい?」

「わたし達が生まれる遥か前から人間は争い、奪い合い、そうして得た土地、富、名声、もしくは権力それも何代かすれば自然に淘汰されていく───人間が欲する物に自然が抗っていると思いませんか?それとも人間が抗っているのか……」

「テレスさん、私驚きました……恥ずかしながらそういった考えを今までもったことがないのです───人間と自然、ですか」

「気にしないでください……ただの戯言ですよ。」

「いいえ。とても大切なことに思えます。ちなみにテレスさんは人間と自然どちらに身を置きたいですか?」


また突然の発言に驚く、どうしてミルズ国の人間は突拍子な事が好きなんだろうと首をかしげるも一考する、どちらに身を置くかなど聞かれた事も考えた事もない、ただ思いだされるのは母の面影だけ


「どちらも、ですかね?わたしは中立です!自然に逆らえないのだから人間は欲を捨てて去るべきなのです。そうすれば両者に害はないでしょう?」


思ってもみない答えにクロエも驚いているようだが、こらえきれなくなった様子で口に手を当てている、何がそんなに可笑しいのか


「し、失礼───予想外の答えでしたので、でも貴方のそのお考えとても参考になります」

(参考?何の参考にするつもりだろう……結婚とかの?)

「そうですか?クロエさんにとって参考になるところがあったか、皆無ですけど……クロエさんのお役に立てたなら幸いです……もうお帰りですか?」


分厚い本を片手にもち立ち上がるので声をかける、今日もクロエは足がかくれるほどの外套を着ている、足で上手にさばく姿もきれいだ


「ええ。今日はこれで失礼します、テレスさんはまだ居られるのですよね?そろそろ古文書の棚を読めそうではないのですか?」


ちらりとミエルの手元の本を見ると、記録書はすでに末巻を示している。ここ数日でミエルはしっかりと読んでしまったようである。


「そうですね……あとは古文書ですね、次からはそちらに行ってみたいとおもいます。」

「次にお会いするのを楽しみにしていますよ、では」


クロエが去って、静かになった踊り場の腰掛に座ったまま持ってきていた記録書に意識を戻すとこれからの計画を改めて頭になぞっていく、この記録書を最後とするなら、すでに記録を断たれてから65年以上もの間があいている。

ミルズ領に入ってからというものミエルは一度たりとも天体観測、雨が降った日の水の量だったりあらとあらゆる観測をかかしたことがない。


「母様もそうしていたわね……誰も見向きもしなかったけれど……」


世間一般では、観測や測量というものは軽視されている。

自然災害は神の領域とされていて享受するしかないもの、もしくは啓示だとか言う者もいる。ミエルの母テレスもそういった事に長けており、稀に不測の事態を予見していた。

周囲にはあまりの的中率に、邪神だとか悪魔だと迫害されていた、母はそれでも災害の予兆があると迷わず父王に意見していた、どれほどに好奇の目で見られ迫害されようとも止めることはなかった、亡くなるまで。


「わたしも同じよ……絶対にあきらめない、そう約束したものね母様。そしていつか同胞を見つけるわ───」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る