不穏な動き

 イナト自室


「インシグ様、ミエル様のご様子はどうでしたか?」


城の者にあの格好を見られるわけにはいかないので、イナトの部屋に着替えを運ばせておいたそれに袖を通しながら今日一日の出来事を反復させる。


「様子といえば、ミエルはこの城では猫を被っているらしい。何を探っているかはまだわからんが……ミルズ国の災害の歴史等を調べていたな。クロームがいうにはただの事実書で記録にすぎないらしいが」

「記録書ですか───ますます何が目的かわからなくなってきましたね」


腕を組みながら話すイナトはソファに腰をおろしている


「イナト、インシグから聞いた?あの猿姫、自室のテラスから抜け出したって」

「えっ…………まさか女性が……ジェイド君見ていたんですか……」

「見てたけど?女物の軍服で下から見たら───」


「ストップ」


ジェイドは口をふさがれてじたばたもがいている、向かいのソファから鋭い目線が送られるのにいち早く気付いたイナトが素早手を動かしたせいだ。ジェイドはイナトの手を無理やりどかして


「もう!イナト何すんだよ───」

「インシグ様、そのご様子だとまた王立図書館に行かれるのですか?」


足を組みなおしてソファのひじ掛けに片腕を乗せると


「あぁ、まだ目的がわからない事もあるが───」


(ミエルは城の外にいるほうが素の自分に近い気がする、それとも姫神というミエルのほうが素なのか)


「インシグさぁ~おれ思うんだけど、あの王女は早く始末したほうがいいよ」

「それは、難しいだろうな、もし仮に始末したとしたら、明日にでもアライナスと戦争になる」

「いまならアライナスに勝てるって」

「勝てるかもしれん。多大な犠牲をはらってな。ジェイドわかっているだろう、あの敗戦したときミルズはどれほどの痛手を負ってしまったか……それに、もしミエルの言う事が本当で和平が結べるとしたらそれが最良なんだ。」


窘めるように話すインシグになおもジェイドは食い下がる。


「……まさか本気であいつを嫁にでもする気なの?」

「ジェイド」


殺気をまくジェイドを厳しい声で制止したのはイナトだ、その様子を冷静にインシグはただ見ている


「ジェイドお前は俺の人生に口を出す資格がある。もちろんミルズ国の誰であろうと、な。俺の人生はお前達の物だ。王とはそういう物なのだろう」


ジェイドは激しく音をさせながら部屋を出ていってしまうも虚空を見つめるインシグにイナトはあきれながら


「インシグ様、誰も貴方の人生を決めることはできません。そして誰もそんな事望んでいない───もしあの時の感情をずっと持っているなら言うべきです。正直な気持ちを。」

「ハッ……言えと……?あの時に対峙した顔も見えない相手を想っていると?全国民、いや子供ですら憎む相手を?誰も許さない。」

「でしたら。認められればいいのですよ。揺るぎのない信頼こそあればいいんです。だからこそミエル様を黙って王立図書館に通わせるのでしょう?実のところ───わたしはインシグ様さえ幸せになれるのなら彼女を無理やり閉じ込めてしまう事さえ意に反しません。」


陽光色にもどした髪をぐしゃぐしゃと書き上げ苦々しい笑みを浮かべる


「───閉じ込める……?そうして自分の欲望だけ叶えてそれで、終いか?それは甘くて甘美な誘惑だな。すぐさまにでも飛びつきたいが俺はそれで終わりにしたくないんだ……」

「インシグ様さえ望めば、今すぐにでも。」


珍しくイナトも食い下がるのでインシグもたじろぐが、そんなイナトに


「イナトあの時、お前だけが俺の側にいた、だから思わず口走ってしまった……それがまちがいだったな……お前にこんな気遣いをさせてしまうなんて……」


からまってしまった髪で顔を隠したインシグの感情を慮る。ただ一人の嫡子として血の滲むような努力、いつも民の事を優先し、王位に着いてからインシグは誰よりも身を粉にして働いてきた

自分の思いも感情も置き去りにしながら邁進してきたのを知っている。そんなインシグがただの一度望んだ事を叶えても、誰が彼を責められるだろうか……


「インシグ様あきらめないでください。途中で投げ出すなど貴方らしくない。そして覚えていてください、わたしはそこまでしたとしても後悔はないと」

「あぁ…………約束だ……」





 「そういえばミエル様、婚約パーティのドレスはいかがしますか?」


カッシャーン


突然のリリアーナの発言に、ミエルはフォークを落としてしまった。何故か向かいの席に座って朝食をともにしているインシグは落ちたフォークに目を向けている。


「リ、リリアーナ?何を言っているかさっぱりわからないわ、パーティなんてでないわよ」


給仕の為に側に立つメイアとリリアーナが目くばせする


「ミエル嬢、おれは確か4日ほど前に二週間後には婚約パーティだと伝えたが……物忘れは得意なのか?」


どうぞ、と落ちたフォークを渡される。


(いや渡されても、一回落ちてるし、さすがに洗わないと使う気がしない)


ミエルは受け取ったフォークを脇に置いておく


「じゃぁ、お一人で ご勝手に ご出席 したらいいですよ」

「一人であんな獣の餌場のような所へは出るわけないだろう。ハハハ」


さわやかな笑顔が朝日にまぶしい……

メイアとリリアーナは少し戸惑っていたがすぐさまに給仕に戻る、出来たメイド達だ。朝食後の紅茶を淹れている。ミエルにはミルクとお砂糖をインシグへは濃い紅茶だ。


「今日、ドレスの仕立屋がくる、こちらであらかじめ何着か目星をつけておいたので、あとは装飾店もくるので相応しいものを選ぶように」

「結構です!!」


片眉をあげたインシグは


「拒否は許さない、あなたはアライナス第一王女の名代としてよこされたわけだから、務めを果たしてもらわなければ困る。」

「いいえ、初めてお会いした時に言いました。わたしは人質だと。」

「あの時は貴方の強烈な土産に、さすがの俺も気が動転していて───恥かしながら貴方の言った事は、きれいさっぱりすっかり忘れてしまったな」


勢いをつけて立った椅子が大きな音をたてる、何か言う前にインシグはすかさず口をはさむ


「それに書簡には、婚姻という文字しかないしな。あきらめろ。婚姻関係があろうとなかろうと俺は貴方に異性として興味がわかないので安心してくれ、さて俺は忙しいので失礼する」

「………忙しいなら……もう二度と来るな!!」


ミエルの二度目の絶叫を回廊で聞くインシグは


「今回も清々しい朝だ」


廊下で待機していたフィノとイナトが深くため息をつく。




 インシグの立てた計画の通り、仕立屋や装飾屋、靴屋がミエルの部屋にひしめいている。山のような品物にミエルの顔が引きつる……メイアとリリアーナはあれやこれやと口を出しながらも品定めしているらしい、


(どうだっていい!心底どうでもいい!)


最初に着せられたのは派手なピンクのドレス、二着目は赤いドレス、三着目はグリーンのドレス四着目は黄色のドレス、五着目は白いドレスは婚約パーティにはふさわしくないとメイアとリリアーナに却下された。

もうミエルは疲れ果ててベットに突っ伏している。すでに日は落ち始めているというのに一向に決まらない、もはや着せ替え人形と化している。


「もう!どれもこれもミエル様に合わないわ!」


メイアが愚痴をこぼすのにリリアーナも肯定している様子で


「こういっては何ですけど……インシグ様の御趣味っていったい……」

「なら、そこのクローゼットに元々入っているドレスでいいじゃない?」

「ミエル様!いくら鬱陶しいからってそんな適当な事おっしゃらないでください!」

「もう!どうでもいい!何でもいいわよ!」


ミエル最大の鬱憤晴らしである、クッションに頭を打ち付ける が始まってしまった、しまったと思った二人だが、周りにいる職人達は呆気にとられている。


「我が妃は癇癪もちだからな、ククク」

「妃じゃない!!」


反射的に声のした方にクッションを投げつける、戸口に寄りかかっていたインシグは身軽にかわすも愉快そうに笑う


「どれもお気に召さないなら、俺が勝手に選んでおく、悪いが後で正式な書簡を届けさせる。皆ご苦労下がっていい。あぁメイアとリリアーナは当日の打ち合わせがある、講堂でフィノに会うといい」


インシグのテキパキとした指示で皆散り散りになると部屋には二人以外誰もいなくなってしまう、


「そろそろ観念してもらえると助かるんだが?」

「何を言うかと思えば……ミルズ皇帝陛下は何を考えているのかまったく理解できない」


戸口から離れたインシグはテラスに向けられている長椅子の淵に触れながら


「貴方も理解しがたい。なぜ毎日星を見ている?故郷が懐かしくなったのか?」

「……………」

「目的を言え、そうすれば今回のパーティは無かった事にしてやる」


ミエルは目線を手元に戻す、じっとこちらを伺うインシグの気配を感じていても振り向く事はしない、まだ何かを言うには早いのだ。

これに関しては時期を待たなければ……インシグは頑なな態度を示すミエルに自分の感情を持て余している


(ここで脅してもゆさぶってもミエルは応えない。どうやったら彼女に信頼してもらえるだろうか…)

「ミエル嬢、正直今回の婚姻についてはあまり歓迎されていない事は知っているな?だが俺は本当に可能であれば、和平実現に向けて動きたいと考えている。」

「ミルズ皇帝陛下、とても実直な方ですね?こんなまやかしを信じるなんて。いつかね首を掻かれますよ」


うつむいたままで自嘲気味に笑い応えるミエルの後ろ姿はあまりに小さく見えた





アライナス国 首都キロイ キロイ城

 

 黒い要塞城とも呼ばれるキロイ城はグレーの石造りの内装に赤々とした月光石が城内を照らす。


「ねぇお前達。わたくしの妹がミルズ国に嫁いでからというもの、城内の空気が澄んだと思わない?」


くすくすと笑う女は豪華なカウチに身体を預けながら、侍女たちに爪を磨かせている。


「わたくしが本気でミルズ国との和平に嫁ぐわけがないのに……あの国ったらおかしくて仕方ないわ」


室内には幾人もの侍女がいるが誰も口を開かない、そう開いてはならないのだ。


コンコン……


「何かしら……開けてちょうだい」


恭しく礼を取り、戸口の侍女が扉を開けると、金の盆を頭まで上げた執事がいる


「アマリエンヌ様、国王様から正式な書簡が届いております」

「お父様から?確か、今は去年制圧したばかりのステンシアに行っているのよね。あんな辺境からなんて何かしら」


金の盆から一枚の封筒を受け取ると、ペーパーナイフで開封する。文字を読むアマリエンヌの顔に満面の笑みを作る、ナイフを金の盆に戻し、空いた手を侍女に戻すとすぐさま侍女は爪の手入れに取りかかる


「これは楽しくなりそうよ……ミルズからの書簡が届いたらしいわ、しかも妹の婚約パーティへの招待状よ……フフッ、あの恥知らずどんな格好で登場するのかしら見物だわ!是非参加しなくては」


室内では甲高いアマリエンヌの声だけが木霊する、アマリンヌが手紙を床に放り出した、その拍子に侍女の肩が大きく跳ねる


「…………お前。わたくしの爪に傷をつけたわね。」

「……あ……」


震えだす侍女を見下ろすアマリエンヌが金の盆からペーパーナイフをつかみ上げ、侍女の顔目掛けて振り下ろすと侍女は叫び声をあげて頬を抑え後方へ倒れこむ、ナイフからは血が滴り落ち侍女の頬は大きく切れている、どの侍女も助けに入る事も出来ずに顔を青褪め震えていた。


「お気に入りの絨毯が汚れてしまったわ……この虫けらのせいで。この虫は処分しておいて」

「あぁぁ……ご慈悲を……家族が、いるのです……まだ幼い妹が…!」


額を床にこすりつけ懇願する侍女に、首をかしげながらとびきりの微笑みを向ける


「虫けらの命に価値なんてないのよ?それに、わたくしの許可もないのに話すなんて許されない。」


この日、また戯れに命が奪われアライナスには血の匂いが漂っていた



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