皇帝の思惑 2
茜色の空にさらに夕闇の色が帳を降ろそうとしている
虚空を眺めるミエルの右手はズキズキと痛みを訴えている、疲労も痛みも、もう限界を訴えていたが
星を見る事だけはかかせない。絶対に。この毎日の習慣こそがミエルを突き動かすそれにつながるのだ。
けれども星が見えるまでにはまだ時間がかかりそうだ、少しでも体を休めたい
ゆったりしたシャツの袖をぐいっとまくると気合をいれる
このいかにもここが自分の居場所と主張してくる長椅子をテラス側へと引っ張っていく、なかなかしぶとい、長い毛足の絨毯に踏みとどまろうとしている、あきらめなさいっとつぶやきながら、何とかテラス近くまで運ぶことに成功する
使われないだろう豪奢なベットの上からクッションを一つ取り上げて、長椅子に設置する。
長椅子はミエルが横になって足を放り出したとしてもまだまだ余裕がある。じっと空を見上げる、これはちょうどいい首もいたくないし。休めるし。星も視れる
それにしても長い一日だったと思う、今まで戦場で何日も走り回ったりもしていたがそれよりも疲れた、一気にあんな大勢の敵意を集めたことなどなかった。
少なくとも戦場では仮面をまとって馬を駆っていたし、剣に意識を集中させるだけで精一杯だ、
星の動きは緩慢、もしくは止まって見える、毎日わずかに位置を変えてはいるけどもそれは一般的には認知されることもないだろう
またうつろになってきた瞼をそっと閉じる
「…………」
(無防備だな)
と彼女の寝顔を長椅子の後ろから覗く、彼女はこの部屋が続きだと知らされていただろうに、何の警戒も持たないように寝入っている。
しかも長椅子に
寝衣に着替えもしないまま、編み上げのブーツもそのままだ、無造作に放り投げられた鎧もそうだ、なぜここにきた?
ここにくるのは第一王女だったはずなのに
今でも思い出す、月夜に照らされた戦場で勇ましく馬を駆る美しい人
だらりと長椅子から白い腕が投げ出されている、手のひらには血がにじむ布がある、メイドから報告は受けていたが、このままでは悪化してしまうかもしれない
けれども彼女に触れることはしたくなかった。
何もしない、今はそれが最良だとわかっている。
気配をけして、自室に戻るとサイドテーブルには今朝方、彼女が自分で切り落とした髪が上質なビロードのうえに置かれている、じっとみつめたまま自嘲気味に微笑む
─────コンコン
控え目なノック音のあとに、静かな声がする
「インシグ様」
続きの部屋は分厚い壁があるが、それでもなるべく音を立てなくなくて、インシグ自ら扉を半分ほどひらくと、グレーの詰襟の軍服に銀の腕章をまとった男が待っていた
「イナト、ご苦労だったな。」
後ろ手で扉を閉めて廊下に出る、音もなく重厚な扉はしまった
「インシグ様?…まさかもう手、つけちゃったんですか…?」
「やめろ。いったいどうして、俺の周りには下種ばかりなんだ?
それとインシグでいいと言っているだろう」
いや~ハハハと頬をぽりぽりとかく仕草を見せる、二人ともなって執務室を目指す
コツコツと硬質な音をさせながら進んでいくとイナトは、そうでした、とポンと手をたたく
「インシグ様、国境から彼女を追ってきたのですが、不審な事はありませんでした、自分としては第一王女だと思ってたので、相当な御一考になっているかと思ってたんですけど」
「ああ、俺も第一王女だと書状でも知らされていたし、」
「そうなんですよ、それで騎兵を出させたんですけど、あ~彼女、自分が出した騎兵より城に着くのが早かったんです」
はぁ~と深いため息をこぼすイナトの肩を慰めにたたく
「そのおかげで出させた騎士が落ち込んじゃって、はぁ~~~~~」
とさらに深く溜息が漏れ出す
白白の髪をサイドに分けて長く腰までまっすぐにした髪が金色の眼に陰りを作っている、鼻筋もすっと通り、全体的に色素の薄い彼は古代エルフの血を持つといわれているが、イナト自身は、否定している。
血脈譜を辿ってもそんな記録はないのだからそうなのかもしれないが、この男の雰囲気が周りからそう見られる原因なのかもしれないと、インシグは思う
「これ以上の報告はなさそうだな?」
「えぇ、まぁ、それはそうなんですけど……?」
金色の眼が先を促す
「イナトお前、眼が光る種族を知っているか?」
「はぁ?なんです?目が光るって、あれですか、こう‥‥光線を出すようなやつですか?」
「───言い方を誤ったか?眼が光を帯びるんだ、闇夜に月が光るような感じに」
ふむ…と考察しながら廊下の天井を見上げる、クリーム色を基調とした城内は夜でも等間隔に月光石で照らし出されている
「それは、この月光石のような光り方ですか?」
優しく柔らかい光を放つ、月光石はトリューシュ壁洞と呼ばれる洞窟で採掘されている、一般的にも普及しており、光は半永久的なものなので安価なものとなっている。
「月光石は白く光るが、彼女の眼は、そうだな、どちらかというと蒼のようで碧のような光を帯びていたように感じる、輝いた瞬間、彼女も何か 視て いるような感じがしたんだ」
「視て…それはジェイドのような 力 でしょうか……?」
執務室の前までくると、門番が扉あける、そのまま二人で部屋に入るとインシグは室内に設置されている、カップボードからワインとグラスをとりだし、立ったまま考えているイナトにグラスを渡す、そのままにワインを注ぎ、インシグもデスクに寄りかかる
「ジェイドのよりも強烈かもしれないぞ?……5人の騎士をやりこめたんだからな」
「騎士?見習いや候補生ではなく??」
フィノの問いにインシグは思わず口角を上げる、そのままワインをあおる
「それも5人いっきにな。」
驚愕のまなざしを向けてくるイナトにインシグはまた思い出していた。あの公開処刑ともいう試合で、猫のようなしなやかさとスピードで騎士達をやりこめ、しかもやめろという王の命令後に、そのまま振り上げていた足で騎士を踏みつけて涼しい顔をしていた姫神を
「イナト残念だったな、見物を逃したぞ」
「インシグ様が国境まで騎士団を派遣しなければ、見れたかもしれませんね」
と減らず口をたたく、イナトもぐいっとワインを飲み干し、では自分はもう寝ますねと退出していった。イナトにも心当たりはないようだ……
近々、王立図書館を訪ねる必要がありそうだ。インシグは自室には戻らず執務室のソファで一夜を明かした。
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