見極め
「ここがお過ごしいただくお部屋になります」
謁見の間を後にし、さっそく宿探しをしなくてはと城の門をくぐろうという時、メイド達が慌てて走り寄る。王の命令で部屋へ案内するという。ミエルは今しがた謁見を終えたばかりだがインシグの早い決断に驚いた。
それでも正直なところ来たばかりで勝手もよくわからないので城に滞在できるなら自分の計画も進めやすいと素直に従うことにした。メイドの案内のもと、長ったらしい廊下を歩き、何度も曲がりいくつかの広間と部屋を通り過ぎ、さらに階段を三階あがった先の突きあたりの……
(何かあったときには、そこらの窓から飛び降りた方が早く出口にたどりつけそう……)
考えを巡らせる間に目的の部屋まできていたらしい、メイドが促すままに部屋に足を入れる
「広い……」
(無駄すぎるほどに)
しかもミエルが嫌う淡い桃色を基調とした部屋で、壁紙も小花柄のピンストライプ、三人掛けのソファはワインレッド。調度品は素晴らしく飴色に光っている。ベッドはホワイトの総レースの天蓋つきに何人寝れるのかというほど広さ、そこに真新しい真っ白な寝具がきっちりと敷かれている。
「このお部屋は隣接が皇帝陛下のお部屋と続きになっております。しかしこちら側から扉を開くことはできません。バスルームはこの扉の奥にエチケットルームはこちらの扉のさきに奥扉の向こうになります。」
なめらかに話すメイドに多少うんざりしながら、短くなった髪先に触れる
「わたしは妃でも婚約者でもない、ここは場違いというものだわ。別のお部屋を案内してもらえるかしら……?」
メイドの方もうんざりした様子で鋭い目線を送ってきた。それでもきっちり返答するところをみると生真面目な性格をしているのだろう。
「皇帝陛下のご命令です。城に使える者はみな皇帝陛下の僕。王女様もそのようにおふるまい下さい。」
(なるほど、好戦的で悪くない。)
「そう。ではここで構わないわ。さっそくだけど、兵装を解きたいので一人にて」
マスクを外してメイドに微笑んで見せる。大変驚いてくれたらしく。口をあんぐりと開けたまま固まっている、ミエルはわかっている誰かを牽制するときにはこの顔がとても有利に働く事を。
顔を傾ける仕草で訴える。呆けに取られていたメイド達も我に返ったらしくそそくさ部屋を出ていく。 誰もが出ていってミエルはやっと一息つくことができた。馬を駆って十七日目にしてやっとミルズ領土に入り、さらに首都に着くまでに十五日を費やした
休みもとらぬままに城に赴き、派手な演出までこなしたので、疲労困憊だった。今すぐにでも寝てしまいたい衝動にかられるが、とにかくこの重たい兵装を解くことが先決だった。
ガシャガシャと兵装をソファに放り投げ、愛剣だけはそっと立てかける。エチケットルームに足を運び顔や首筋を濡れたタオルで丁寧に拭く、ほこりや汗まみれでとても快適とはいいにくいが幾分気分がすぐれたふと目の前の鏡の自分を見止める……
顔を左右に振り確認する、だいぶ短くなった髪がさらりと流れるが、これでいい。蒼白の顔色にのった唇はさらに色が悪く見える。それでもしっかり自分を見る。コンコンとノック音だ。さすがにこんな不審者をそっとしておいてくれるはずもない
「さぁしっかりするのよ。」
同じ言葉を口真似する自分が鏡から言い聞かせてくる気がした。
「どうぞ」
声をかけると廊下で待機していていただろうメイドが扉をあけるとそこには金の髪に青い目をし、モノクルをかけた男が立っていた。
(さっき広間にいた王のそばにいた男だ)
柔和な顔つきだが、どこか冷たい雰囲気をもつ
「改めましてご挨拶に伺いました、フィノ=アルバートです。ミエル王女様何かご不便はございませんか?」
「ここではない部屋を用意して」
「そうですか、では陛下に直接お願いしていただいてもかまいません」
にっこりとほほえむフィノににっこり返しをするミエルは無言でにらみ合う。
(このモノクル男……わたしから お願い しろと……誰がそんな事するか!)
(ここではない部屋だと……これ以上ないくらいの待遇なのに……高飛車にもほどがある!)
お互いに内心舌打ちをし、にっこり微笑んでこの話は切り上げることにした。その様子をメイド二人がおびえながら伺っていた。
「あぁ…陛下からの伝言がありました、ミエル王女様が本物の姫神かご確認致したいそうです、演習場までお越しください。」
ミエルにとってもそれは不足の事態というわけでもないのでここでも素直に従う。そのまま部屋を出ようとしたところで
「剣はお持ちにならないのですか?防具は?」
怪訝な顔をしたフィノを見るところミエルがシャツにトラウザーという格好に不都合をみた様子だ。
「いりませんよ、演習ごときで後れは取りませんから」
ミエルは早く行けと顎で指図する。フィノの身長はミエルより頭二つ分ほど上のようで均衡のとれた身体のラインが強調される濃紺の装いだ、足早に進むフィノは歩幅が大きいのでミエルはだいぶ速足になるが後れを取らないようについていく。度々従僕やらメイド等とすれ違うもそのたびにミエルは冷ややかな目線と言葉を浴びる羽目になったのは言うまでもない。
(仕方もない近隣諸国を侵略し、人々を恐怖や死に追いやっているのがアライナスであり姫神なのだから……)
フィノは黙って後に続くミエルを背に感じながらも歩調は変わらない。廊下ですれ違う者からはこれ見よがしに罵声やら避難の声が聞こえる、それ自体褒められた物ではないのはフィノも百も承知だが、姫神に対しての事とすれば止める気も起らない。皆アライナスを心底憎んでいるのだ。
そうこうするうちに目的の演習場へと着く、演習場の周りは高い塀に囲まれており右には5階建ての建造物がある。その窓から覗く者もいるさらに演習場の中央を開けるように見物人がひしめきあっている、中央へと進み出るとそこにはすでに待機していただろう騎士らしき人間が五名膝を折っている
その前方にはインシグが鎮座していた。
ミエルは騎士達と少し離れた位置に立つ、周囲からざわめきが起こるがそれもそのはずで、まさか中央に進み出てきたミエルは華奢ともいえる姿に誰も見たことない蒼銀の髪を肩までにして、透き通る白い肌にいくぶん勝気ながらも大きな瞳はアイスブルーに輝き、つんとした唇は瑞々しい赤だ。
その体躯は白いシャツを第一ボタンまで外し、すらりとした脚にはりつくような黒いトラウザーには黒いふくらはぎを覆うブーツという姿で男装をしている彼女は不思議な魅力を醸し出しているそんなミエルを誰が姫神だと思うだろうか、ミエルはアライナス独特の礼をとり、横に並ぶ騎士達を一瞥しただけだ。
「お前がいる場所は常に騒がしくなるな。」
インシグの声が塀に囲まれた演習場に響くと周囲は静まり返る。ミエルの側を離れインシグのやや後ろに立つ、そこが定位置なのだろう。
「陛下遅くなりました」
フィノの言葉に頷くと、その長い脚を組み換え
「この度の婚姻にはアライナス第一王女があてがわれていたはず、しかし本日我が国に来たのは第二王女の姫神。こちらとしても疑いたくもないが取り急ぎ確かめなくてはならない、口頭で述べられた話が真実であるのか、そうでないのか。もし仮にお前が第一王女を道すがら亡き者としているということも考えられる。」
(普通ならこの国の王妃になれるとしたら、手放しで喜ぶところなんだろうな……)
ミエルは相槌をうちながらインシグの話を咀嚼した。もしここで本物だと証明できれば、和平の為の人質として扱う、そしてそうでなかったとした場合は断罪することもできる、どちらに転んでもインシグには都合のよい事ばかりだ。
「ここに居並ぶ騎士等はどれも優秀だ、これらに勝てれば正式に認めるとしよう。」
「お好きなように、皇帝陛下」
「お前の獲物はどうする?」
「結構です。おかまいなく。」
素手で向かう素振りを見せるミエルに騎士達は殺気立っている、周囲にもどよめきが起こるがミエルは涼しい顔をしたままである。
「観衆が多いですね、一対一などでは余興にもならないのでは?全員まとめてどうぞ?」
騎士達の怒りを誘うようにミエルは仕向ける、殺す気で来いとでなければ困るのだ、いかにアライナスの姫神が恐怖なのかを見せつけなければならない。
ミエルの目的の為に。
フィノの開始という合図に、五人の中の一人が進み出た、熊のようなその体にピッタリの大剣が空気を引き裂きながら振り下ろされる、その剣を横に移動しながらよけるも、地面を抉った剣はそのまま横にスライドしてくる、ミエルは軽く跳躍し剣を飛び越える空中で円を描きながら熊男の側頭部に蹴りを打ち込むとよろめき倒れる。
次の騎士は華やかなウェーブの髪を揺らしながら突きの構えを見せる、ミエルはそのまま上体をのけぞらせ後からついてくる自身の足を顎を下から蹴りあげる。そのとたんに脳震盪を起こした騎士は倒れこんだ、ミエルはほくそえむ歪んだ笑みだ、それをかわきりにミエルの態度に我慢の限界がきたのか三人が一斉に切りかかってくる、正面の剣を眼前にくるまで避けないままに、左脇から突進してくる剣を待つ、顔に剣先が届く瞬間をねらってミエルは首だけでかわす
二つの剣が甲高い音をたてながらすべり、二人の騎士はよろめくも背後から迫っている剣を側転しかわすも、態勢を整えたミエルの手にはすでにウェーブ髪の騎士が落とした剣が握られている。
次の瞬間には最後に飛びかかってきていた騎士と剣を打ち合わせていた、インシグには明らかにミエルの戦いは力技ではないことがみえてきていた
いくら姫神と呼ばれる由縁があったとしてもミエルは男と戦うには圧倒的に力が足りていないのだ、その証拠に今、剣を交えていてもじりじりと押し返されている状況だ。ミエルは長期戦になるのだけは避けたかった、なぜなら力だけでいうならミエルは負けてしまう
ミエルが勝てるとするならスピードと自身の身軽さなのだ。そしてミエルの眼の力だ。このままでは先ほど倒した相手すらも戦線復帰してしまうかもしれないミエルは己の眼に集中するように力を込める……
一瞬何かが倒れる物音がする余裕のできたので横目で確認するとインシグが立ち上がっていた、視線がからむも戦いに集中する、相手も力技ならと確信したのだろう、ぎりぎりと剣に体重を乗せてくる、ミエルはこれを待っていた
剣を押し返そうとしていた力を瞬間に相手の懐に滑り込む。体重を思い切り乗せていた剣は地面に突き刺さっていた、ミエルの視界には正面から剣を突いてくる騎士が視えた。熊男はミエルを背後から襲おうとしていただろうに、不測の事態に青褪めている
(このまま避けてしまえば背後の騎士の命取りになる……!)
今回こそはしっかりと舌打ちをしながら前方の剣に向かって持っていた剣を盾にする、も、拾った剣は細身だった為に、耳をつんざく音とともに折れる。それでも剣の柄事相手の大剣にめり込ませていく、手のひらに言った見が走るが勢いそのままに全体重を乗せ、その反動を利用して身体を空中へと飛び出す。後ろで驚いていた騎士の肩に回し蹴りをくらわせ、さらに熊男の背後に着地する蹴りを入れてやろうと足をあげたその時に
「そこまで!!」
インシグの制止がかかる、これ以上はもういいとわかったが、行き場をなくした足の為にもそのまま熊男の背中にめりこませておくことにした。
「これで、証明になりましたか?皇帝陛下?」
「十分だ。ここに集った者達が証言となる。下がれ!」
インシグは颯爽と立ち上がり退出していった、それを見送るミエルはインシグの姿を今更ながらしっかりと見た気がする
金の髪が映えるように仕立てられたであろう深いグリーンのビロードの軍装ジャケットに黒のスラックスに金のラインをいれている前腰から左肩へそれから後ろへとなびくグレーまじりのホワイトの毛皮がゆらめいてとても綺麗だった
(謁見の時にもあの格好だった……顔はよくみてなかったけど)
さすがに至るところに疲労が出ていることに自分で気付いていたのでミエルも演習場をあとにした。部屋に戻るにはまたフィノの力を借りるしかなかったミエルにはこの城をまだ把握しきれてなくて自室に戻ることすらできないからだ、部屋の前でフィノとわかれる
ミエルの手の怪我をみてメイドが慌てたように手当を進み出てくれたが、それはやんわり断って簡単にハンカチで縛り、夜までの時間を寝て過ごすことにした
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