僥倖の始まり─和平─
アライナス国との終戦を迎えて3年の月日が流れた
ミルズ国 ミドレイ城 謁見の間
クリーム色を基調とし、天井を支える支柱には緻密な彫刻が施され、支柱の上部同士を梯子するアーチは美しい曲線を描き天井には縦横に網目状に明るいシャンデリアが連なりを見せている
等間隔で並ぶ身長ほどある窓は朝日を存分に送り込んでくれる。来賓を迎える扉から玉座まで工匠が丹精込めて織りなした絨毯は紺に染められており金の縁取りが美しい
三段のゆったりした階段を上がると、やがて豪奢な玉座が主をもてなしている
「陛下アライナス国は本気なんでしょうか……」
陛下と呼ばれた男は何の興味もなさげに、窓の外を見やる
「さあな……元より受けるつもりもない。」
「しかし、アライナス第一王女といえば噂では、国を傾けても手にいれたくなるほどの美女だとか」
「アライナスの人間でなければ喜ぶべきなのかもしれないな」
そんな会話をしつつも王は広間をぐるりと見渡す、朝の挨拶に訪れた貴族達は野次馬根性で間を埋め尽くしている。それもそのはずでミルズ王がアライナスの第一王女と結婚となるかもしれないのだ。
もちろん王にその気はない、それを知っているのは側に控える右腕とも言われる側近のみだ。扉を大きく叩かれる、鼓膜を震わせるようなその音とともに護衛騎士が広間進みでてくる
「インシグ皇帝陛下、アライナスより御来賓が御到着されました」
広い謁見の間すみずみまで響く明瞭な声で告げられ、集まった貴族達がそわそわしだす
インシグはそれに手を振ってこたえ、そのしぐさで護衛騎士は察したように入り口わきに立つ兵士に軽く耳打つ。敬礼を終えた兵士は大きく声を張り上げ、訪問者に入室を促した。
それを待つ間も側近は耳にかけたモノクルをいじりながら、インシグにだけ聞こえるように囁く
「さて、陛下のお手並み拝見ですよ」
「お手並みも何もない、即刻首をはねて、アライナスへ送り返してやる」
「また、そんな恐ろしい事を……刎ねるなら絨毯がない場所でお願いしますね」
これから起こるであろう事にすら興味がない様子で側近はモノクルをハンカチで磨きあげている、インシグは側近のその態度に飽きれながらも、広間のざわめきに意識を戻した。
サクリと絨毯を踏む足音に目を向ける
「……あれは誰だ……」
側近もすぐさま視線を訪問者に向ける
「少なくとも第一王女でないことは確かですね……」
アライナス第一王女といえば、あでやかな金の巻き毛に覚めるような緑の目は猫のようなアーチを描きを持っている
しかし、いまここで悠々と歩みを進めるのは白銀の鎧をまとい腰から足元まで伸びるワイン色の帯をさげ、顔には口元だけがわかるマスクをしている、髪は蒼とも銀ともとれる色合いで無造作に編みこみ後ろに流している。
さくりさくりと絨毯を踏みながら階段下までくると、片手を肩に置き腰を折るアライナス独特の礼をとる。周囲からは静かな話し声がただよう
「アライナスからの使者よ、書簡にあった第一王女はどうした?」
インシグの一声に周囲がしんと静まり返る
「ミルズ国 インシグ=ロスワイセ=ロノワ皇帝陛下
残念ながら第一王女は来られません。ミルズ皇帝陛下が二度にわたりアライナスの使者を突き返ししためにその使者達は冥府へと旅立たなければならなくなり、その残虐行為に我が姉は恐れ、心に病を追われました」
鈴を転がしたような声でさも語るその話にインシグはうんざりする
「使者は私が殺したわけではない」
「同義かと。───姉のかわりは出来ませんが、第二王女として和平条約を結びに来ましたインシグ皇帝陛下が友好の証に賜る人質として」
ざわりとどよめきが沸き起こる
「第二王女では話にもならんな。国一つ分の価値があるようには見えん」
顎をつんと前にだし第二王女は応える
「あるでしょう。わたしは姫神ですから」
その発現が導火線に火をつけたように、一斉に野次や罵声が飛ぶ。貴族達の顔色が赤やら青に変わっていくのをインシグは、皺がよった眉間に指を押し当てる。
左手を掲げるしぐさで場は若干の静けさを取り戻すが、もはやまともな謁見は出来ないと判断したインシグは側近に何か伝え立ち上がる
それを静観していた、第二王女は
「そういえば!……土産を持参するのを忘れていました」
何事かと周囲が静寂に包まれる。
その言葉に嫌な予感をもったインシグも王女を凝視していた。マスク越しに目があった気がしたがその瞬間王女は自分の髪を無造作につかみ上げ、帯剣していた剣を引き抜き、ざっくりと切り落とし、インシグの前に放り投げた
「どうぞ土産です」
蒼銀の髪が音もなく足元に放り投げられる様子を見ていた、側近が一歩前に進む、それを制するも、自国の王が蔑にされたと憤る声が一泊の後に怒号となって溢れた。
その中踵を返し国王よりも先に退出していくその後ろ姿が消えてもなお騒ぎは収まらなかった。
ミルズ国ミドレイ城 執務室
ルーフテラスを背にして椅子に座り、深くため息を吐くインシグは先ほどのやり取りにほとほと疲れていた
アライナスに戦争に敗れてから五年、それ以降もアライナスは好戦的に近隣諸国と戦争を仕掛け続け、そうして奪った国から民を追い出してきた
そのせいで、その昔弱小国と言われてきたミルズ国は今やアライナスに匹敵するほどの大国となってきている
ミルズ国が寛容に流民を受け入れ仕事を斡旋してきたおかげでもある。アライナスにも引けを取らなくなってしまったミルズ国と同盟を結ぶため、婚姻の申し入れがあったのだ
第一王女ナスター=アマリエンヌ=レイネットと
いまさらながらの話に誰もがアライナスの正気を疑った。もちろん頷く者はいない
一度目に書簡を持ってきた使者がアライナスの城門に首を立てられた
二度目の使者はその隣に首をならべられた
三度目の使者は温情をと泣きついてきた、インシグは会うだけという約束で使者を返したわけだが
「まさか、第一王女ではなく第二王女とは……しかもその第二王女が噂の姫神だったとは」
呑気に話す側近はルーフテラスを背にして机で頭を悩ますインシグを見下ろす形で立っている
「このまま送り返しますか?それとも戦犯として捕らえますか?」
にっこりと微笑む姿だけならば、どんな異性でも……いな同姓でも落とせそうなほどに魅力的だ
「フィノ、捕らえるのも送り返すのも今はなしだ」
書類を右から左へ処理しながらも思考をめぐらす
「確か、第二王女の名はミエル=レイネットだったな?アライナスの事だ、大量の従者を伴ってきただろう、従者は離れの離宮に滞在させる事とする。真意がわかるまでわな」
フィノは目の端でモノクルを持ちあげる
「それが、先ほどイナトがよこした早馬によると、単身乗り込んできたようです」
あまりの衝撃に絶句する、アライナスの姫神それは戦神として敬われる存在である。どこの戦場でも先陣を切る姿は報告に上がってきている、それにアライナス第二王女という立場でもある
「見下げられている証拠か……それとも偽物か」
フィノはコクリと小さくうなずく
「確かめる手が一つ、戦わせてみればよいかと」
椅子に深く背を沈みこませ、一考する
「わからないことが多すぎる。一つずつか片づけて行くか……フィノ、優秀な騎士を五名演習場へよこせ。イナトはまだ帰ってないだろう、選出はお前に一任する。」
「お任せ下さい。」
一礼し、すぐさま執務室を出てゆくフィノを見送り、インシグは椅子に寄りかかったままに一人つぶやく
「……何が目的だ……?」
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