3-11

 大通りに面する街道をクロノは目的もなく歩いていた。

 通りは賑やかで、道幅も広く自動車というやつも走っている。おそらくこの町のメインストリートなのだろう。以前、何度か一人で散策していた際には通らなかった場所だ。道行く人の数も多い。通行人から奇異の視線は受けるが、干渉してくる者はいなかった。こっちの世界に関わらないようにとはいえ、こんな程度では問題ないだろう。クロノも特に気にはしていない。それが屁理屈だという自覚もないではないが。


「どうしようかな……」


 クロノは歩みを止めず、ぼうっと空を見上げて呟く。

 彼女の感情を下手に刺激してしまったようなので、あの後クロノは一旦身を引くことにした。

 考えているのは、あの少女をどうやってあちらに連れて行くかということばかりだ。


「メアリの言うこと、最初から聞いとけばよかったかな」


 彼女の言うとおりに最初から引き留めておけば、こんなことを考えずに済んだ。こちらが引き留める口実などいくらでも作れる。

 しかしこの選択というやつは一度失敗すると、ずるずると後の事象も負の方向へ引きずり込んでいく。運よくその負の渦から脱せればいいが、そうでなければ、当事者もその周囲の者も渦の底の化け物に食われる結果となる。


「あーあ。解式術のこと話せばすぐ折れてくれると思ったのに」


 彼女は結局その非日常を受け入れなかった。人間は日常にすがる生き物だといつか本で読んだが、相当なものだ。

 だがそこでクロノはふと、あることを思い返す。


「……にしてもあれ、いつのなんだろうな……人間の成長速度なんて感覚がわかんないけど……十年、とかそれくらい?」


 本で読んだところで、人間の時間の単位はあまりよくわからない。秒や分、日の入りと日の出ぐらいは理解できるが、年などとなるとさっぱりだ。『時間の神クロノス』の名を与えてもらっていながら、時間の感覚がわからないというのも皮肉めいたものだが。


「仮にそうだとすれば、僕が最初に壊されたのも、十年前、なのかな」


 クロノは左手に視線を移す。


「……あの時、彼女は巻き込まれなかったってことか」


 ほっとする反面、この世界の危うさをクロノは改めて実感した。重い何かが体にのしかかってくるような気がする。クロノは彼女をに連れて行きたいと思っていたが、彼女があそこまでそれを拒絶しているとなると、無理やりというのもベストではないのかもしれない。


「何かいい方法ないかな――」


 だがそんな時、クロノは通りに面した一角にある建物を見つけた。クロノは吸い寄せられるようにそこに歩み寄る。


「……ふぅん。なかなか」


 そこは小さな洋菓子店だった。この街にはもう何度か来ているが、ここは初めて見る。この時間ではまだ営業していないようだったが、開店準備のために店そのものは開いているらしく、店舗正面の大きな窓からは店内の様子が覗えた。


「……あのキャンディ、良さそうだな」


 陳列棚の一角にクロノは狙いを定める。

 この国は、武器はないがキャンディはなかなかどうして、良いものが多い。どれもあの時の味には及ばないが、いずれはたどり着けるかもしれない。

 そしてクロノはコートのポケットをまさぐって水晶を一つ取り出した。これは先刻、相打ちになったオートマトンから回収したものである。


「……交換できるかな」


 この世界で商品を交換するには『オカネ』が必要らしいが、自分はそんなもの持っていない。なのでクロノは、オートマトンから回収した水晶で代用することにしていた。

 ただ問題は、受け付けてくれないところの方が多いということだ。この世界は水晶が重宝されているらしいのに妙なものである。


「よっと」

 クロノは『Closed』と書かれた店看板に構いもせず店のドアを開けると、中へ入った。出てきた店員が、クロノの姿を見て驚いた顔をする。

 

 ――それは普通にみれば、平和な風景であるといえるものだった。

 しかしその洋菓子店の十数メートル上空。そこには全長一メートルほどの、実に奇妙な双円錐形の物体が一つ、音もなく浮遊していた。

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