3-10

「……ぜったい嘘」


 下駄箱に着いた真希菜は上履きのスリッパに履き替えつつ、呟いた。

 あれから、真希菜はクロノと別れ、学校まで来た。半分怒るようにして別れてきたので、さすがの彼も引き下がったらしかった。


(……大消失のことに繋がるように作り話して、怖がらせてうまく利用するつもりなんだ。絶対そうだ)


 真希菜は悶々としつつも下駄箱にローファーを突っ込む。

 もしあの災害が今も大きなトラウマとなっていれば、真希菜も恐怖のあまりクロノの言葉を鵜呑みにしていたかもしれない。しかし今となっては当時の記憶も薄れてきているし、人並みに生活できるくらいには、母親のことも心の整理がついている。おかげで冷静な判断が下せたというわけだ。


(……もう知らない。ぜったい関わらない。私は私の生活に戻る)


 そもそも自分は機械には触れないのだ。彼ら機械たちの世界に関わって、こっちにメリットなどあるはずがない。

 真希菜は下駄箱から北校舎の廊下へ向かう。

 周囲に生徒の数は少ない。遅刻するほどではないが、クロノと話していたせいで最も活況を呈する時期は過ぎ去っている。それでも生徒総数が六百近い高校なので賑やかではあるのだが。


「あー眠いー……」

「昨日も言ってなかった? 大丈夫? 寝不足?」

「心配するだけ損だって。ゆーこが眠いときはどーせ彼氏と長電話なんだから」


 廊下の隅で、女子生徒三人が固まって話をしていた。その会話を聞き流しながら、真希菜は教室までの道のりを歩く。


「おい、一限の体育、外だってよ!」

「面倒くせー。マラソンじゃねーだろうな」


 そんなことを言い合いながら、後ろから男子生徒二人が追い抜いて行った。


「昨日のロブダン見たー?」

「見た見た! でもあれはないわー」


 階段を下りてきた女子生徒二人とすれ違う。

 そして真希菜は二年のホームルームが並ぶ階層までやってきた。

 その時、また話し声が耳に届く。


「……なぁ、竹内どこいった?」

「え、さっきまでそこにいたけど……?」


 思わず、真希菜は歩みを止めた。

 よそのクラスから聞こえてきたその会話に、一瞬、心臓がはねる。


(……ううん。作り話作り話)


 真希菜はそう言い聞かせると、歩みを再開する。


「あれー。あたしクォーツ・フォンどこやったっけ」

「さっき持ってたじゃん。手鏡と一緒に鞄入れてたっしょ」

「えー。ないんだけど」

(……作り話、作り話……)


 真希菜は教室の扉を開ける。


「今度はお前が消える番だ……!」

「っ……!」


 真希菜は思わずその場で肩を跳ね上げた。扉近くの座席にいた男子生徒――今の声を放った人物だ――が真希菜の様子を不審に思ってちらりと目線を送る。つられて、彼とお喋りに興じていた友人数人もこちらを向く。だが彼らはすぐに興味を無くしたようで、再びその場の友人と会話の続きを始める。


「あれかなりやべーよ。ホラー好きならマジオススメ」

「あたしはああいうの絶対無理ぃ―」

「俺は次の日曜行ってくるわ。ミズホちゃん出てるしなー」

「お前結局それかー」

(…………)


 真希菜は若干の気まずさを引きずりつつも、とりあえず自分の座席へ向かう。

 そして椅子に座った時、妙な汗が背中を濡らしていたと、初めて気づいた。

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