3-8
「……まだかな」
森本邸の屋根の上に座り込み、クロノは呟いた。
隠れて待っていろと言われたので、とりあえずここに上ったのだ。片手だと少しばかり面倒だったが上れないことはなかった。人目にはつきにくいと思う。上方というのは意外と死角であるわけだし。
遠方に、半球状の建物が見える。そういえば上から探すというのは盲点だった。今度自分の位置情報がわからなくなったら高いところに上ろうと、クロノはメモリに銘じておいた。
ちなみに今さっきまで、家の中では何か声が響いているようだった。さすがに内容は聞こえなかったが、さっきの男――確か彼女は父と言っていたが――と、彼女が何か会話しているのだろう。
「…………」
クロノは頬杖をついて視線を下げる。当然中が見えるわけではなく、視界にはグレーの屋根が広がるばかりだ。
「ま、気長に待つか」
緩やかな斜面に身を預けるようにしてクロノは仰向けに寝転がった。
律儀に彼女の言葉に従っているのは、彼女に脅されたからというわけではなかった。ましてや気まぐれでというわけでもない。少し、考える時間が欲しくなったのだ。
気づけばクロノの周囲には鳥――自分と同じ色をした鳥が寄ってきていた。がぁがぁと耳障りな鳴き声のこれの名前はなんだったか。自分の名と似ていた気がしたが。
クロノは寝転がった姿勢のまま、じっと空を――ワンダークスエアにはない『自然』とやらの産物を見つめた。最初にこれを見たのはあの酷く壊れたときだった。
「あの時の空、どんなだったっけ」
当時の自分は壊れていたが、視界はあった。左腕と左足は無くしていたが、奇跡的にも最低限動けたし、言葉も発せた。
「……で、あの人に会った」
彼女は直してくれたのだ。
どことも知れぬ見知らぬ場所で、瞬時にして自分を直してくれた。
そして自分は誓ったのだ。必ず、あの人を守るのだと。
小指をからませる約束の仕方は、その時思い出した。
「……そういえば、マキナの指、なんなんだろう」
事故か何かで欠損したのだろうか。機会があれば聞いてみてもいいだろうが、クロノは少し聞くのが怖い気がした。
「……忘れよ」
そしてクロノはそれからしばらくぼうっと空を眺めて――ある時勢いをつけて上半身を起こした。するとその動きに驚いたのか、クロノの周囲にいた黒い鳥が羽をしきりに動かして、空へと還っていく。
「やっぱりマキナには来てもらわなきゃ。このままじゃ、約束が守れないかもしれない」
その言葉は誰の耳に届くこともなく、ただ静かに朝の空気を震わせる。
それからしばらく経った頃のことだった。
彼女の家の中から、実に美味しそうな甘い香りが漂ってきたのは。
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