1-14
通路に響き渡ったメアリの声に、クロノは顔をしかめた。
(……ったく、簡単に言うなぁ……左って壁じゃないか……)
つまりそれを抜けてたどり着けということか。
するとそこへ、オートマトンの拳が迫る。
「っち……!」
半身を引いたスウェーバックで迫る巨大な拳を避けたクロノは、伸ばされた相手の腕へと飛び上がり、それを足場にしてさらに跳躍した。
「ラスト二発か」
小声で呟きつつ、クロノはコートのポケットから二つの
そしてすかさずオートマトンの胴体を蹴ってその背後へ飛んだ。
着地と同時、背後で手榴弾が破裂。オートマトンの胴体上部で白煙が上がった。
しかしオートマトンは倒れる気配すら見せず、こちらに振り向いてくる。
「いくらかダメージは与えたつもりだったけど……これでP型の装甲抜くのはさすがに無理か」
クロノが呟くと同時、再びオートマトンが拳で殴りかかってくる。それが、二発、三発、四発と続く。クロノは徐々に後退しながら、拳の運動エネルギーを背後に逃がすように避け続けた。相手の攻撃は直線的なものゆえに避けることは難しくはない。だが、一定の対処法がなければ状況はやはりジリ貧になる。
そしてあるとき、拳がクロノの口元をかすめた。体に当たってはいないが、その拳はクロノが咥えていたキャンディの棒を掻っ攫ってゆく。
まだ半分程度の大きさが残っていたキャンディは棒ごと床に落ちて二つに割れた。
「ったく……勿体ないな!」
声と同時、クロノは眼前に迫る拳から逃げることなく、それを両手で受け止めた。金属のこすれる音が耳に届き、それは不快に聴覚を揺さぶる。
あの少女との別れ際にとった手袋は、はめずにポケットにねじ込んである。衣服の装着はもはや恒常的なものになっているし、むしろしっくりくるのだが、手などは――特に戦闘の際は――やはり素手が一番いいと思うクロノである。
「……右手がマトモに使えれば、なっ!」
言葉尻に気迫を込めて、クロノは右足でミドルキックを繰り出し、受け止めた拳を真横へ蹴り飛ばす。そしてその隙に、一気にオートマトンに接近した。
オートマトンはもう一つの手で接近を阻もうとしてきたが、その行動はクロノの予見するところであり、クロノはその攻撃を軽く回避してさらに接敵する。
そして身を低くして股下に滑り込むと、そのままオートマトンの背後へと回り込んだ。
「結局、これしかないか……!」
クロノはオートマトンのある部位に狙いを定めた。
それはオートマトンの左足――人でいえば膝に相当しそうな関節――の裏側だった。関節部の裏側は可動域を確保するための隙間があり装甲もほとんど無いと言っていい。しかもオートマトンが起立している今、その隙間は最大限に開かれている状態だ。
そしてクロノは、躊躇なくそこに右手を突っ込むと、関節が駆動する前に内部にあった金属シャフトを素早く掴み、力任せにそれを折り取った。
P型の使う『
するとそのオートマトンはバランスを崩し、ゆっくりと背後に倒れてきた。
クロノは金属シャフトを持ったまま冷静に転倒地点から逃げ出して十分に距離を取る。
破壊できたのは細めのシャフトだったが、割と重要なバランサーの役割を果たしていたらしい。オートマトンは個体それぞれで微妙に内部構造が違うため、それが急所か否かは破壊してみなければわからない。クロノは多少満足そうにしながら、右手の金属棒を右肩に担ぐようにして、それで肩を数度軽く叩いた。
が、それだけのことで、その金属棒は中心からぽっきりと折れた。しかも折れた先はからりと地面に落ちると同時、細かな砂塵のようになって崩壊する。
そして右手に残っていた部分も、同じように塵と化した。
「グリモア供給さえ切れれば、こうなのになぁ」
クロノはくたびれた様子で両手を打ち鳴らしてその塵を払うと、再びオートマトンに視線を戻した。オートマトンは手と、損傷していない方の足で立とうとしていたが、重そうな上半身のせいで上手く立ち上がれないようだった。結果、ひっくり返った亀のように、その場でじたばたともがく。
「うん。ラッキー」
そしてクロノはこの後どう処理するか頭を悩ませる。
「グリモア・エンジン壊さないと完全に止まらないしなぁ……けど、ちまちま解体するのも面倒――」
だがその時、オートマトンが急に動きを止めた。
「?」
すると、そのオートマトンは手の指をすぼめるようにしてぴったりと合わせた。直後、指の装甲板が展開し、隣同士の指と結合を始める。そしてものの数秒で手は、指先を先端とした五角錐に変形する。
「……そうか、こいつ……」
クロノは苦々しい顔で吐き捨てる。
そしてオートマトンは仰向けに転がった姿勢のままで腕を肩口から回転させ、五角錐となった両手の先端を地面に強く突き刺した。さらに無事な方の足も同じく地面に突き刺し、その三点で体全体をゆっくりと持ち上げる。
次いで手足の関節部付近からは柔軟な素材でできているらしい太い動力パイプが出現し、それはまるで腱、あるいは靭帯のように各部に接合されてゆく。クロノが破壊した左足にもそれらは巻き付き、多少不安定ながらも、一応の稼動を可能にしたようだった。
そしてオートマトンは四足歩行の形態に移行し、前後で長さの違う足を器用に使って、こちらに向き直った。
さらに、位置がそのままだったカメラ・アイをレールに沿って移動させ、ちょうど二足歩行時に機体上端となっていた位置でそれを固定する。
ぎょろりとした二つ目が、再びクロノを見据えた。
「……変形機構持ちのP型は久しぶりだな」
クロノが言い終わるとほぼ同時、オートマトンは動いた。
四本の脚部を素早く動かして高速で接近してくる。そして一定の距離まで近づくと、クロノに向かって左前足を突き出してきた。
だがクロノに逃げるつもりはなかった。
先ほどと同じく掴んで受け止め、隙を作ってもう一度足の破壊を狙う心づもりだ。
(……変形したって出力は変わんないはずだ。両手でなら、十分受け止められる……!)
そしてクロノは相手の攻撃を瞬時に見切り、自身に突き刺さる寸前で五角錐の先端を両手で掴んた。力は拮抗し、互いの動きが止まる。
しかし。
ぱきん。
「え……」
その瞬間、右手に手ごたえがなくなった。
止めていたはずの相手の攻撃が、こちらに近づいてくる。
そしてクロノはそこで気づいた。
自身の右手が、衝撃に耐えられずばらばらに砕け散ったということに。
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