二章 リ:ペア・ビギナー

2-1

「あの……メアリさん、これ、どこへ向かってるんですか……?」


 メアリと二人、通路を移動しながら真希菜はふと聞いてみた。

 あの後、メアリは真希菜をとある場所まで案内すると言ってきた。真希菜としては従う以外に選択肢はないので、言われるままに連れ添っている。

 先の質問の答えは、大雑把には自答できた。順当に考えれば、今向かっているのはさっきメアリがクロノに伝えた合流地点なのだろう。しかし真希菜は、クロノがいた位置からかなり遠ざかっていることを気にしていたのだった。

 だがメアリは、


「ま、いいからついてきなさいな」


 とだけ答えた。真希菜もそれ以上突っ込むべきかを判断できず、口を閉ざす。

 この通路はある地点を境にまるで迷路のように分岐していた。移動の方角だけはなんとかわかるが、もといた場所からの正確な位置関係はもはやつかめない。通路が所々坂になっていて、上下に入り組んでいるところも、方向感覚の麻痺に拍車をかけているのだろう。このまま移動を続ければ、いずれは方角すらも怪しくなってくると思えた。

 騙されているのでは、という疑念が真希菜の中で渦巻く。

 しかしここで安易にメアリを問い詰めることはできないと思った。下手なことを言って協力関係を切られたり、こちらに矛先を向けられるようになっても問題だ。アウェーな状況で無計画な行動は取れない。

 メアリはこちらの歩行速度程度の速さで前をころころと転がっている。そして移動に合わせて彼女の目――感覚『機関』とでも言うべきだろうか――が、通路の各所で開く。しかし彼女に急ぐ様子は全く見られなかった。

 それどころか、


「やっぱり女の子がいると違うわね。いつもの道でもこう、ぱっと華やかな気がするわ。マキナちゃん可愛いし。……ああ、アタシほどじゃないけどねぇ」


 と、呑気なものである。こんな鋼の道に華やかさも何もないと思うのだが。


「あ、マキナちゃん。次左ね」


 言いつつ、メアリは丁字となった通路を左折する。

 真希菜も言われるままに追従するが、そこで真希菜はメアリにあることを希望した。


「……あの、できれば苗字で呼んでくれませんか?」

「ミョウジ? ……ああ、モリモトとかって方? なんで?」

「その方がありがたいというか……」

「『マキナ』のほうが可愛いわよ」

「でも……」

「アタシがそうしたいって言ってるの。文句ある?」

「いえ……」


 それを最後に、再び真希菜は押し黙る。

 可愛い名前と言われて悪い気はしないが、この名前を呼ばれるのはやはり少し抵抗があった。父親も普段は略して呼んでくるので、そのままの名前呼びにはあまり慣れていない。まぁ他者にどうこう言うより、自分が我慢すればいいだけのことではあるのだが。

 しかしそれにしても、メアリはここに住む者のようだが、クロノも含めて普段どうやって生活しているのだろう。メアリに関しては人間と同じ生活の感覚が当てはまるのかはわからないが……少なくとも周囲には人間でいう生活が可能な雰囲気がまるでない。


「あの、メアリさん、ここがどういうところか教えてもらえませんか? 約束を反故にしたりはしませんから」


 真希菜は、思い切って尋ねてみる。

 知らないものというのは、人間にとっては恐怖でしかない。

 するとメアリはしばらく黙っていたが、答えを返した。


「いいわ。把握してもらっておいたほうがいろいろとスムーズだろうしね。目的地に着くまでにぱぱっと説明してあげる」


 するとメアリは移動を止めずにくるりと自転して後ろ向きになった。――見た目にはわからないのだが、なんとなくそう感じた。


「ここは……そうね。要塞、というのが近いかしら。あの子もALICEアリス要塞、と呼んでいるし」


 あの子というのはクロノのことだろう。


「ALICE――『アリス』という管理システムによって成長し続ける機械の要塞。それがこの世界『ワンダースクエア』よ。あなたが暮らしていた世界と繋がるもう一つの世界ってとこかしら」


 やはりここは異世界であるらしい。


「なんでそんなところに私が……」

「あなた、向こうの世界で鏡に触ったでしょ? 条件が揃えば、鏡は物質を一方に導く『扉』になることがあるのよ」


 自分が触れたのは厳密には鏡ではないが、鏡面化していたという点ではそうなのだろう。


「条件が、偶然揃っちゃったってことですか?」

「そうなるわねぇ。長期間動かない鏡とかはそうなりやすいみたいだけど……でもたぶん、無事に抜けられたからには、あなた自身にも何か特別な原因があるわ」

「私自身にも……?」

「ええ。普通の生物や機械はあの鏡を通った後、機能停止しちゃうのよ」

「え……」

「まぁ機械の方は電子機械? とかそういうの限定だけどね。あ、でもあなたたちの考える『死』なんかとは別概念だと思うわよ。元の世界に戻せばまた動き出すわけだし」


 先ほどクォーツ・フォンが動かなかったのもそのせいだろうか。


「……なんで私は大丈夫だったんですか?」

「さぁねぇ。あの鏡の仕組みはアタシもよくわからないのよ。クロノも鏡を抜けられるけど、アタシの知る限り、あの子以外でこの鏡を無事通り抜けられたのはあなたが初めてね」


 どうやら自分のように鏡を抜けた後も普通に活動できる生物――義肢も含めれば機械もだが――は、稀有な存在らしい。


「でもそれじゃあ、今までもその……機能停止した状態の人や物がここに来てたりするんですか?」

「そうね。鏡が扉になる確率自体が低いから稀にだけど、鏡の前に向こうの世界のものが落ちてることはあるわね。気づいたらクロノが戻したりしてるわよ」


 それで気づかれなかった場合――特に人の場合のその後がどうなるのかと思った真希菜だったが、あまり想像したくない結果が浮かんで、思わずその思考を振り払った。もしかしたら、自分たちの世界でたまに話題になる『神隠し』とやらの原因は、この世界をつなぐ鏡に関係した事象なのかもしれない。

 しかしそうなると自分が無事に通り抜けられた理由がより気になるところではある。

 ただそれに関して、真希菜はとりあえず追及を避けることにした。メアリですらわからないことをあれこれ考えすぎても混乱してしまうだろう。なので真希菜はとりあえず鏡の件を『そういうものだ』とだけ理解することにして、質問を変えた。


「……それじゃ、あの大きなロボットはなんなんですか。あれも、ここの住人……みたいな感じですか?」

「あれは機械兵オートマトン。暴走しているこの世界のイレギュラー。グリモアによって動く機械人形オートマタよ。さっきの丸いのはP型って呼ばれてるものね」


 Pというのは何かの単語の頭文字か。


「他に人は……?」

「今はいないわ」


 今は、という部分に引っかかりはするが、真希菜は黙ってメアリの言葉に耳を傾ける。


「でもまぁオートマトンも住人といえば住人だし、他に誰もいないってのは正しくないかもね。ちなみにP型の他にはK型、B型、R型なんてのもあるわ。同じ型なら見た目は同じ。でも同じ型でも内部構造には若干個体差があったりするわね」

「イレギュラーっていうからには、あれは悪いやつなんですよね?」

善悪ゼロか一かで判断できるものかはわからないけど、あいつらはこの壊れた世界の残滓でね。ウィッチクラフト――解式術を使って好き勝手暴れてるのよ」

「か、解式術……?」

「ええ。P型は自己強化の解式術で硬質化させた体そのものを武器に戦うパワーファイター。グリムを変質させてグリモアを作り、グリモア含有装甲の強度をさらに高めるのよ。解式伝達には体内の信号パターンをそのまま使って――」

「ち、ちょっと待ってください」


 メアリの説明を真希菜は途中で遮る。

 常識外の言葉の羅列に、さすがに思考が追い付かない。

 が。


「ま、一気に理解しようとしなくていいわよ」


 と、メアリはあっけらかんとしている。


「ごめんなさい、もう少し噛み砕いた形でお願いできませんか……」

「世話のかかる子ねぇ……っと、ここ、入るわよ」

「……はい?」


 メアリは話を中断し、その『ここ』の前で停止する。しかし真希菜は一瞬聞き違えたのかと思った。


「ここを抜ければ目的地まではすぐよ」


 しかしメアリの言葉は明らかにそれを指しているようだった。

 どうやら、聞き違えではないらしい。メアリは『これ』に入ると言ったのだ。


「鏡……」


 それはさっきも見た、扉のような大きさの鏡面加工された鋼板であった。鏡自体は日常よく見る鏡よりはずいぶん大きいものの、あるところにはありそうな、そんな代物。

 しかし今、目の前の鏡には明らかな異常が一つあった。

 自分はそのまま反転して映されているのだが、その背景が。映っているのは自分のいる通路より一段と狭い非常口のような通路で、まるで鏡の中にもう一つの世界があるようだった。

 そしてこれと同じ現象に、真希菜は心当たりがあった。


(あの時の窓――)


 工場跡の、鏡面になった窓は確かこんな感じだった。背景だけが違うのである。

 だがそこで真希菜は、もう一つ別のことに気が付いた。この鏡の上部には、例のプレートがない。

 するとメアリは真希菜の疑問に気付いたのか、こう補足した。


「鏡には世界間を繋げるものと、要塞の中を繋げるものとがあるの。こっちはその後者ってわけよ。鏡の扉はALICEによって勝手に作られるもので、二種類の鏡の数には差がある。世界間移動の鏡は極端に数が少ないのよ」

「はぁ……」

「ちなみにこれは私も問題なく通れるわ」


 メアリはころころ転がってその鏡に触れる。

 すると鏡に波紋が走り、メアリの姿が鏡に吸い込まれた。そしてその一瞬の後、こちら側のメアリの姿は消失し、鏡の中にのみ彼女の姿が存在するようになる。

 声は聞こえない。

 そして鏡の中のメアリは早くしなさいとばかりにぽんぽん跳ねていた。


(頭ヘンになりそう……)


 常識はずれな事態の連続にいい加減疲労を覚える真希菜。メアリを見る限り例の機能停止とやらは起こっていないようだが……こんなもの通って、本当に体は大丈夫なのだろうか。

 だが鏡の中に映るメアリの動きにいら立ちの色が強く見えた気がして、真希菜は意を決してその鏡に触れた。

 すると鏡は真希菜の指先をすんなりと飲み込んだ。その後、妙な力で真希菜は鏡の中へ滑るように引っ張られ、そのまま体全体が鏡の中へ吸い込まれる。

 気づいた時には、メアリの声が隣から飛んできた。


「まったく。あんまりゆっくりしてる暇ないのよ」

「…………」


 無事に通り抜けられたことを安堵しつつも、もはや反論する気力のない真希菜は、無言のまま恐る恐る背後を振り返る。

 だがそこにあったのは、こちら側が映っているだけの普通の鏡だった。


「どうなってるんですか……これ……」

「グリモアの特性を利用してるのよ。鏡に溜まったグリモアはこうして空間を繋ぐことがあるってわけ。力学的には、サイフォンの原理――とかが近いかしらね」


 グリモア……さっき、グリムとかいう単語と一緒に出てきた言葉である。あの時はこちらが言葉を遮ってしまっていたので聞きそびれたが。


「そのグリモアとかって、いったい何なんですか」

「うーん。それ説明するのはすこーし長くなるし、面倒なのよねぇ。また後で時間があったら教えたげる」


 言いつつ、メアリは壁や床から感覚機関を覗かせつつ通路を進む。当然、真希菜もそれに続いた。

 しかしこの通路、やけに狭い。一辺二メートルほどの立方体を横に引き延ばしたような構造で、まるで四角いダクトの内部を歩いているようである。

 明かりは等間隔に床に敷かれた白い灯りのみ。しかしその明かりも先の通路に比べて少々弱く、狭さと相まってこの通路を隠しているような気さえした。

 そして通路を進んでいると、右手に武骨な階段が見えた。階段は踊り場を介した四角いらせん状になっているようであり、現在位置を最下層として上層へと続いている。メアリは迷うことなく階段へと向かい、跳ねてそれを上る。当然真希菜も付き従い、二人は元いた位置から上層へと移動を開始した。

 しかしその階段も、建物でいえば五階程度の高さまで上ったところで途切れていた。メアリは階段から左右に伸びる通路へ出、そしてそのすぐ近くで止まる。


「さて、着いたわ」


 そこには扉があった。

 しかしさっきの鏡の『扉』ではない。これは木の扉だ。それもかなり古い。金属製のドアノブが通路の光を鈍く反射している。


「鏡じゃないんですね?」

「そうね。これは例外よ。さ、入って」


 そして促されるままに、真希菜はその奇妙な扉を押し開けた。

 機械の軋る音とは違う、どこか温かみのある摩擦音が鼓膜を揺さぶる。と共に、機械要塞などというメカニカルな場所には似合わない、湿った木材の匂いが鼻孔を突いた。

 部屋は真っ暗だった。しかし今は通路の明かりのおかげである程度視界が利く。入り口の扉さえ開けておけば、とりあえず中を見渡すことくらいはできそうだった。クォーツ・フォンが使えれば内臓のフォン・ライトが使えるのだが、今はどうしようもない。


(意外と、普通の部屋……?)


 部屋はそれほど大きいものではなかった。

 四角い部屋の中は壁と床がドアと同じく木製。ただドアの周囲の壁に関しては、表は金属製だったはずだが裏面は木製になっている。

 家具はいくつかあるが、当たり障りないものばかりである。右の壁に小さなキャビネットが一つと、その奥に空の本棚が二つ。隣には大きめの鏡――おそらく姿見――が一枚。中心には椅子が一つだけあり、部屋の奥にはデスクというより作業台と言ったほうが的確な大きさのテーブルが一つ置いてあった。

 そしてこれら家具もすべて木製で、経年劣化として妥当なほどに汚れ、あるいは部分的に損傷している。


「ここが要塞の中枢――管制室ってところかしら。ALICEが最も効率よく機能する場所よ。……まぁALICEを移動させたところで、そこまで大した問題はないと思うのだけれど」


 言ったのは、当然メアリ。こんな部屋でも彼女の感覚機関は四方に埋め込まれているらしく、彼女はそれを開閉させつつ真希菜の横をころころと抜けてゆく。


(……ただの木材じゃないってことか……)


 薄暗がりに目が慣れてきた真希菜は、今一度部屋を見回す。しかしやはりビジュアルとしては、どう見ても管制室と言うには程遠い。

 と、その時、真希菜は部屋の中心に置かれた椅子の上に、あるものを見つけた。


「……? なんだろ……」


 何かと言われれば、それの見た目は紛れもなく本だった。

 右開きらしい、A4サイズより一回り大きいくらいの本。

 だがそれを本当に本と呼ぶべきなのか、真希菜は迷った。

 それは、金属で装丁されていたのだ。

 一部欠けたようになっているが、本を形作るのは全て鈍色の金属板。

 おまけに表紙――いや、『紙』ではないのだが――には題名もなく、その代わりというわけではないだろうが中心に妙な機械がはまっている。真希菜は思わずそれに顔を近づける。今ばかりは機械に対する恐怖よりも好奇心が勝った。

 本にはまっているのは十五センチほどの平たい円形の物体だ。そしてその中では、いくつもの小さな歯車が絶え間なく動いていて、円の右下にあるリング状の部品は高速で回転している。さらにその下にある部品――アンクルは実に正確なリズムで振れており、テンプやガンギ車を内包するキャリッジが、ブリッジと呼ばれる上部パーツと共にゆっくり回転している。そしてある一点にはヒゲ鋼線を接続された無色透明の小さな正二十面体の鉱石――水晶がのぞいていた。


「トゥールビヨン……」


 各パーツの大きさは自分の知るものよりだいぶ大きいが、それは明らかに水晶式機械で使われるトゥールビヨンと同じ構造をしていた。


(これ、水晶式機械なんだ……。でも、何の機械なんだろ……)


 つい黙々と観察する真希菜。

 しかしそこで、メアリが声をかけてきた。


「さて、マキナちゃん」

「は、はい」


 真希菜は本(のようなもの)から目を離し、メアリに向き直る。


「約束を果たしてもらうわよ。まずそれを手に持って」


 それ、がなんであるかはすぐに分かった。メアリにはそれを指し示す手も視線もないが、それ以外はあり得ない状況だった。真希菜は再び金属の本に視線を戻しながら、


「あの……もしかしてこれを使うんですか?」

「そうよ」

「う……でも……」


 真希菜は躊躇った。見るだけならまだしも、機械のはめ込まれた安全かどうかも分からないものを手に取る気にはなれなかった。

 しかし真希菜が逡巡していると、メアリがせっついてきた。


「もぅ。早くなさい。約束破る気?」

「あ、あの……その……」

「それ使わないと始まんないのよ。さ早く」

「う……」

「なに今更ビビってんの。イマドキの女子は愛嬌と度胸の切り替えくらいできないと生きてけないわよ」

「そんなこと言われても……っていうかこれ何なんですか?」

「ALICEよ」

「ALICE……って、え、じゃあこれが管理システム……?」

「ええ」


 こんなものが、どうやってこの場所を管理しているのだろう。


「いいから早く起動させなさい」

「う……え……」


 だが、その時だった。地響きのような音が何度かしたかと思うと、盛大な破壊音とともに真希菜の左手側の壁が粉砕された。

 真希菜はとっさにしゃがみ込んで目を瞑り、頭を抱える。

 木の破片が部屋中に飛び散り、いくつかの破片が真希菜の周囲を掠めてゆく。


(……何……何なの……)


 もう半分泣きそうになりながら、しかし真希菜はなんとか恐怖をねじ伏せて目を開けた。

 視界に映ったのは、巨大な謎の五角錐。それがこちらに先端を向けて壁から突き出ていた。まるで杭打機のように部屋にめり込んだそれは、壁だけでなく床をも部分的に破壊している。そして周囲には壁内部にあったのであろう歯車やネジなどがあちこちに散らばっていた。

 真希菜は思わずその場にへたり込んだ。この角錐があと数十センチ深くめり込んでいたら、自分はこれに貫かれていただろう。

 ガゴン! ギィィィィ。

 重厚で、しかし甲高い音を奏でながら、角錐が部屋から引っ込む。

 角錐はそれ以上部屋を破壊することはなかった。まるで逆再生でもしているかのように壁の穴から後退し、そのままこちらの視界から完全に消える。と同時、穴の先から光が漏れてきた。かなりの光量に真希菜は一瞬目を細めるが、そのまま穴の先に視線を向ける。

 壁に空いた穴はその奥にある景色を切り取っていた。奥はいくらか広い部屋のようであったが、ここから見えるのは一部だ。

 真希菜は床をゆっくりと這うようにして穴に近づき、恐る恐る穴から外を見てみた。


「ここは……」


 そこは天井も高く、だだっ広い空間だった。床は約百メートル四方、高さは五十メートルほどか。先の通路と同じく物はなく、鋼鉄の壁と床で形成されたそこは倉庫――いや格納庫ガレージとでも言うべき空間だった。この管制室はそのガレージの天井付近、壁を挟んだ隣にあったようで、ここからはガレージがほぼ一望できる。天井には学校の体育館のようなタイプの照明器具が複数見え、それはガレージの中をくまなく照らしている。今まで真っ暗だったこちらの部屋も、その光のおかげでかなりの光量となっていた。

 そしてそのガレージの壁――ちょうどこの部屋の床と同じ高さ――には、キャットウォークがぐるりと備え付けられていた。金属質の、何のことはない足場である。先の五角錐はそのキャットウォークごと壁を貫いていたようで、壁の穴と同じようにキャットウォークもくりぬかれている。

 そしてそんな部屋の中心には、奇妙な形のロボットが一機鎮座していた。鋼鉄のだるまのような形の胴体を中心に四肢が生えた蜘蛛のような形の機体オートマトン。先ほど見たものと形は違うが、何となく同じ個体であるように思う。

 巨大なそれがどこから入ったのかはすぐ窺い知れた。ガレージの壁は、ある一角がほとんどまるまる抜けていた。おそらくそこを通ってきたのだろう。破壊された壁の奥にはクロノと別れた場所に近い外観の通路が見え、そこも奥の壁が同じく大きく抜けている。そして例のごとく、その周囲には壁の中からこぼれたらしい機械部品が大量に散乱していた。

 しかしその壁は今、修復されていた。壁を直せるようなものは周囲に何もないのに、壁面はまるで意思を持つかのようにゆっくりと確実に、内部の機械構造ごと重厚な音と共に自己修復している。どうやら通路に響いていた音はこの要塞そのものが奏でていたものらしい。

 そしてそんなガレージの中で蜘蛛型のオートマトンは静止し、大きな方の胴体にある二つの赤い目だけをしきりに動かしていた。そこには明らかな敵意の光があり、周囲を警戒していることは明白だった。ただ幸いにも、まだこちらを認識してはいないようであるが。

 しかし。


「ゴラァ! 壁にも床にもアタシの感覚機関が埋まってんだぞ! あんまぶっ壊すんじゃねぇ!」


 メアリが真希菜の後ろで突然、声を張り上げた。声音は大きく変わっており、女性のような言葉使いもそこにはない。

 するとその声に反応してオートマトンがこちらを向いた。


「ちょっとメアリさんっ!」


 真希菜は慌てて穴から後退し、メアリを両手でホールドした。


「なんで気づかれるようなことするんですか!」

「じゃあ聞くけど、あなたはいきなり目を抉られたり耳を引きちぎられたりして、冷静でいられる?」


 そう言われると引っかかるものはあるが、壁を破壊されたことでメアリに極端な損害が出ているようには見えない。


「じ、状況わかってるんですか!? 死んじゃいますよっ!」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。あなたが起動を渋ってるからこうなるのよ」

「そ、それとこれとは話が別でしょう!?」


 と。


「……うるっさいなぁ」

「!」


 真希菜は思わず声のした方――壁の穴の方を見た。

 すると、穴の脇の濃い影がゆらりと動いた。

 闇に紛れていたその人物は、ゆっくりと立ち上がって穴の前へと歩いてくる。

 若干の逆光の中であったが、『彼』はしっかりと視認できた。

 彼の着る黒いコートが動きに合わせて翻り、だがすぐに重力に従ってふわりと落ちる。


「そんな叫ばなくても聞こえてるよ。メアリ」


 そこにいたのは少年――クロノだった。コートの右袖が大きく破れ落ちているようだったが、間違いなく彼である。どうやら、この破壊の騒動に紛れて部屋の中に入ってきていたらしい。

 しかし見える彼のシルエットに、真希菜は圧倒的な違和感を覚えた。


「クロノ。アンタ後のこと考えなさいよ」

「メアリが言ったんでしょ。左に進めって」

「多少は覚悟してたけど、こんなに壊せとは言ってないわよ」


 その会話から、先のメアリの怒りがクロノに向けられたものであるらしいことを真希菜は察する。だがそんなことよりも、真希菜はクロノの見た目の異様さに、ただぽかんとしていた。


「デリケートに壊せってのは無理な相談。右手こんなだしさ」


 言って彼は右『腕』を軽く掲げてみせる。


「何……あなた一体……」


 事態を飲み込めず――彼の正体を飲み込めず、真希菜は呆然とする。視覚、聴覚――それらの情報だけはしっかりと脳内に流れ込んでくるが、それを捌く時間が足りない。


「……ああ。まぁ、そういうコトだよ」


 真希菜の視線の意味を察し、クロノが言う。体の状態とは相反する軽い声音だ。

 彼の腕は二の腕から先が無かった。

 最初に受けたシルエットの違和感の原因はそれである。コート袖が破れていなかったら、もしかしたら気が付かなかったかもしれないが。

 各所にも傷がある。その部分はコートも服も破れ、そこからは傷口が直接見える。

 しかし満身創痍の彼の傷口から覗くものは肉片ではなかった。

 砕けていたものは骨ではなかった。

 血は流れていなかった。

 力の流れを繋ぐのは筋肉ではなく歯車とシリンダー。それを支えるのは骨ではなく鋼鉄のシャフトと発条。赤銅色の細い鋼線と配管は血管のようにうねり、他にもクランクシャフト、フライホイール。ボルト、ナット、リベットといった部品が彼の体を固めている。

 それが彼を構成するものすべてだった。

 一部破損個所からは赤色の煙が小さく上っており、各所にはスパークが走っている。

 ただ破損の程度に関係なく、破れた衣服の隙間から見える彼の体はどこかちぐはぐに見えた。人間の皮膚に似た表面をしている部位がほとんどだが、左腕、そして左足の膝下は鋼鉄そのままの質感だ。

 しかし人に見える皮膚も、その下は金属の塊だった。浅く切れた頬の傷も、その下には歯車が覗いている。そして残った右腕も含めた各所に、大きめのトゥールビヨンのような構造も見えた。一部は壊れて止まっているようだったが。


「水晶式……? ロボット……?」


 それは意味のある言葉ではあったが、同時に音としての言葉でしかなかった。人型ロボットはそれなりの二足歩行がやっとという現代のロボット工学に反する事実を目の当たりにして、驚愕せずにはいられなかった。


「ああ、僕みたいなのを、そう呼ぶんだっけ」


 クロノもごく平坦な声音で、先の真希菜の言葉を遠回し気味に肯定する。

 ――何者なのだ。彼は。

 ――なんなのだ。彼らは。

 真希菜は今になって彼らに対する恐怖に支配されていた。機械がどうこうよりも、その存在の異質さに恐怖した。その感情は真希菜の呼吸を自然と乱し、心に不快な闇を広げてゆく。

 しかしその時、真希菜の思考を途切れさせるように、ガレージの中で何かが駆動する音が響いた。

 さらに直後、壁の穴の先で先のオートマトンの脚部が思い切り振りあげられるのが見える。

 するとクロノは当然のようにその気配を察してそちらに振り返った。


「ったく、しばらく隠れようかと思ったのに……メアリ、後よろしく」


 それだけ言って、彼はガレージに飛び降りる。

 すると、それを追うようにオートマトンの足は狙いを変え、視界から消えた。

 瞬間、鈍い破砕音が響き、部屋が揺れる。

 そして穴の先で、再びオートマトンの足が見えた。ただ今度はその先端に、クロノが片手だけでしがみついているのが見える。


「あの子。たぶんこのままじゃ完全にぶっ壊されちゃうわねぇ」


 妙にしみじみとメアリ。


「そんな……何とかならないんですか」

「それはあなた次第よねぇ」

「…………」


 真希菜は半分無意識に、この騒動で部屋の隅に追いやられていた例の本を見やった。表紙のトゥールビヨンは変わらず動いていて、無事なようである。


「もしあなたがそれの機能――クロノスシリーズの修理機能を使えれば、クロノは助かるかもしれないわね」


 クロノスシリーズ――それが、彼の本来の名前なのか。


「修理って……まさか私がやるんですか?」

「そうね」

「む、無理ですよ。そんなのできるわけないじゃないですか……私、彼のこと何も知らないし……設備や時間だって……それに、私、機械はだめで……」

「それならもう仕方ないわね。どうにもならないわ」

「メアリさんは何とかできないんですか……?」

「アタシはあくまで案内人だからね」


 メアリは憂うような声で、語りかけてくる。


「全身とかって考えるから駄目なのよ。右腕だけでも直せればいいわ」

「……無理ですよ……だって彼、水晶式機械なんでしょう?」


 先ほど見たとき、彼の体には複数のトゥールビヨンが見えた。じっくり見たわけではないし、自分の知るものとはサイズが違ったが、あの本のこともある。水晶式機械のそれとみて間違いはあるまい。


「それがどうしたのよ?」

「どうしたって……彼のトゥールビヨンは一部壊れてました。体の他の部分の修理もそうですけど、トゥールビヨンの修理なんてすぐにはできません」


 水晶式機械修理技能士が一つのトゥールビヨンにかける修理時間は平均して五日といわれている。


「それに彼、複数のトゥールビヨンを持ってました。全部でいくつあるのかはわかりませんけど、もしそのうちの一つでも完全喪失してたら、彼を元通りに修理することはできません」


 それは水晶式機械の大きな欠点である。

 水晶式機械はトゥールビヨンの互換性が非常に低い。

 一度起動させてしまうと、その後はトゥールビヨンの交換修理というものができなくなるのである。よって何らかの理由でトゥールビヨンが壊れた場合、原因を特定して壊れたトゥールビヨンそのものを直すことでしか機械が復帰しない。たとえ新しいトゥールビヨンを同じ設定ではめ込んでも、なぜかうまく駆動してくれなくなるのである。この原因は未だ不明で、現在も研究が続いている。

 そしてその特性から、水晶式機械がトゥールビヨンを完全に失うような壊れ方をした場合、その機械は旧来の基盤型にでも戻すか、そうでなければ廃棄するしかなくなるのだ。複数のトゥールビヨンで動く機械の場合は一つ壊れても他が無事ならそのまま動かせることもあるが、喪失したトゥールビヨンを新しいものに交換しようものなら、その瞬間他がすべて機能不全に陥ることもある。かといって、保険にとあらかじめ大量にトゥールビヨンを組み込んでもそれはそれで不具合の元になるし、初期の調整も煩雑になる。

 つまりトゥールビヨンは、『大切に修理しながらずっと使っていくしかない』ものなのだ。

 パソコンや携帯端末程度なら故障した機械そのものをまるごと新品に買い替え、というのも可能かもしれないが、これが車や航空機となるとコストがかかりすぎる。かといって、旧来の不便な基盤型に戻すというのも現実的ではない。

 なので『水晶式機械』とその『修理』は切っても切れない関係だ。だからこそ、その専門家は修理技能士という名で呼ばれている。


「……それに、たとえトゥールビヨンが壊れてなくったって、やっぱり私には無理です……」


 真希菜は力なく呟く。

 だがそこで、クロノの声が聞こえた。


「……ぐあっ!」


 思わず真希菜は立ち上がり、穴の先まで近づいて彼を探した。

 クロノの損傷は、明らかにさっきよりも酷くなっていた。壁に叩きつけられたようで、そのまま壁にもたれるように地面に座り込み、ぐったりとしている。

 右腕がついに肩口からなくなっていた。捥げた腕はオートマトンが踏み砕く。先ほども上っていた赤い煙がさらに量を増して噴き出している。煙がどんな成分で、どんな機関の損傷によって噴出しているのかは不明だが、機体内部に見た目以上の異常が起こっているのは間違いないのだろう。

 胴体と左足にも酷い損傷があり、右わき腹に至っては大きく抉れていた。

 そしてそこへ四足のオートマトンが迫る。オートマトンは自身の体を後ろ足だけで支えると、前足を掲げた。

 まるでカマキリのような姿勢になったオートマトンはその姿勢のまま、掲げた両前足を背後へ引き絞る。そしてクロノの胴体の中心部めがけてそれを片方ずつ打ち込み始めた。


「うーん。動けないみたいねぇ」


 メアリが話す間も、鈍い音が断続的に空間を震わせている。

 数回の攻撃でクロノの体は破壊されてしまうと思ったが、彼の体はまだ形を保っていた。胴体部分はそれなりに強固な作りになっているようだ。しかしそれでもあんな巨大な質量を延々受け止められるような強度はないだろう。


「…………」


 真希菜は自然と拳を握る。

 自分には何もできない。できるはずがない。

 だが。


 ――その右手、素敵だね。


 そういってくれた彼。

 初めてだった。

 憐みでもなく、悲しみでもなく、そんな言葉で自分の体を評されたのは。

 だから自分は彼を追いかけた。

 聞きたかったのだ。

 彼がそう言った理由を、ではない。そんなものは、自分のわがままな行動を納得させるための理屈でしかなかった。

 本当は、同じ言葉をもう一度聞きたかっただけなのだ。

 自分でも恥ずかしくなるほど、子供じみている話だが。


「…………」


 真希菜はぎゅっと目を閉じる。

 彼の右腕は完全に捥げ、バラバラにされてしまっている。腕にあったトゥールビヨンを失ったのだ。もう彼の右手はどうしようとも元には戻らない。それこそ、旧来の制御方式の機械義肢でも付けない限りは。それが常識だ。


(――でも)


 と、真希菜は思う。

 ここは常識の通じる世界ではない。

 自分が彼を修理できるはずはないが、それはあくまで常識の範囲内での話だ。

 メアリは言っていた。あの本を使えばクロノは助かるかもしれないと。

 真希菜は閉じていた目を開く。

 視線の先では変わらず、クロノがオートマトンの攻撃を受け続けていた。

 修理技能士を目指せなくなった自分だが、壊れていく機械を、ただ見ているだけというのはあまりに心が痛んだ。

 このままで、いいはずはない。

 真希菜は一度部屋に引っ込んだ。

 そして機械の本――ALICEの前に立つ。

 一度、深呼吸。

 そして躊躇いをねじ伏せて、真希菜はそれに触れた。

 左手で背表紙を持って持ち上げ、右手を裏表紙に添える。重厚な見た目に相応しい重さがあるが、持てないほどではない。

 と、その時。


 きゅいん。


 音とともに、右手に奇妙な感触。真希菜は思わず本を手放しかけたが、なぜか本は手にくっついたようになっていて、離れない。本を返してみると、右手は本から伸びた――いや、もはや生えたといったほうが正しい――多数の細い金属製の機械腕(ロボットアーム)に固定されていた。ブリキロボットの腕を極限まで細長くしたような見た目のそれは、ワームのように手の表面を這い、覆い、蠢く。まるで、何かを探しているように。


「っ……」


 真希菜は声を上げかけて、だがかろうじて左手でそれを塞いだ。ここで叫んでしまったら、振り絞った勇気が体から抜けてしまいそうだった。

 不気味な機械は真希菜の手に無遠慮に触れる。

 怖くなった。

 また何かを失うのではないか。

 その思いは、一瞬抱いた後悔をさらに加速させる。

 しかし真希菜は耐えた。

 ただ耐えて、次の変化を待つ。

 変化はすぐに訪れた。

 蠢いていたアームの中に別の形をしたものが現れたのだ。先端がプラグになっていて、他のアームよりも一回りほど大きい。

 そのアームの本数は四本。するとそこでメアリの声がした。


「ふむ……クロノの話と同じっぽいわね。機械の指は四本か。まぁ、たぶんいけるわよね」


 独り言のような彼女の言葉。彼女は自分の横でその様子をじっと見ている。

 すると直後、プラグ状のアームとは別のアーム数本が真希菜の指を取り外した。


「ふぅん。『彼女』のものと同じなようね。……でもちょっと痛いかもしれないわ」


 それに真希菜が返答する間もなく、プラグ状のアーム先端が、指の代わりに義肢のソケットに接続された。と同時、右手に激痛が走る。


「あっ……あ、くっ……」


 接合部付近に焼けるような痛み。そしてそれは徐々に腕に、肩に、頭に至る。異質な何かが無理やり流れ込んだが故に起こる痛みだと真希菜は直感した。

 怖い。とてつもなく。

 しかし必死に耐えた。今更引き返すこともできない。逃げ道はない。

 そしてその恐怖と痛みに耐えて数秒。まだ痛みに喘ぐ真希菜の目の前で、本が駆動した。右手を中心にまるで転車台のように本が九十度回転し、開く側が手前になる。

 そして本は開いた。

 ページはすべて薄い金属板になっているようで、そこに文字は見えない。

 しかしそれを疑問に思ったのも束の間、本の中から、またもや何本ものロボットアームが伸びた。飛び出す絵本のようなそれは本のページを無造作に掴むと、破り取るように持ち上げ、真希菜の周囲に固定してゆく。

 十数枚からなるページの『画面』のようなものが展開され、そして驚くことに、それに青白い光が灯った。まるでPCのモニターのようになった本のページが真希菜の周囲に展開され、同時に、本の重量が一気に軽くなる。


 ――I checked the connection of the device.


 それは、真希菜が持つ本体に表示された文字。


「わかりやすいようにあなたの言語で表示してあげるわ」


 と、これはメアリ。

 すると彼女は真希菜の頭めがけて飛びあがった。そして頭頂部に乗ったメアリは自身の体の形を変化させ、真希菜の両耳へと垂れ下がるようにして新たな形質を獲得してゆく。

 メアリはまるでヘッドフォンのように真希菜の頭部に装着され、左耳に被さった彼女の下部からは小型マイクのような装置が伸びる。

 そして左耳の部分に、本から伸びた一本のアームが接続されると、次の瞬間には、画面に日本語が表示された。


 ――デバイスの接続に異常なし。グリモア通信機能正常。クロノスシリーズ、四十二番機からのエラー信号を受信。当該機の駆動系に深刻な障害が発生しています。


「こ、れは……」

「大したサポートはできないけど、アタシもALICEを覗くくらいはできるからね。言語変換程度はやったげるわ。これであなたはALICEの一部。思考識別型のインターフェースだから戸惑うかもしれないけど、慣れれば自由に操作できるようになるはずよ」


 ヘッドセットから、メアリの声が聞こえる。

 そして画面には何かの図面が表示された。


「クロノス・グラフ……なるほどね……」


 と、メアリ。クロノス・グラフというのが何を指してのことか、真希菜にはわからなかったが。


「それで、これ……どうすれば……」

「最初はたぶんALICEが自動的に動くんじゃないかしら。あの子の異常は認識してるみたいだから、あなたの中のデータに反応はするはず。でも確か修理に関係するシステムはごっそりいかれてるはずだから……結局制御するのはあなた自身になるかもね」

「――っ!」


 直後、真希菜は再び押し寄せた痛みに顔をゆがめた。指先から頭へ抜けるような激痛。だがその感覚の中で、真希菜は頭の中の知識が活性化するような不思議なイメージを知覚する。

 そして真希菜は、その知識が何か異質な記憶メモリーに基づくものなのだと認識した。


「クろノス……しリーズ……き体――基そ技じゅつ……疑似、グリモあ・エンジン……動力――ニッケルによる接――装甲――構成解式にコバルト解式代入――」


 真希菜の口は自然とその知識を言葉として紡ぐ。

 そう、知っていたのだ。

 自分は彼を、知っていた。

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