1-8

「…………」


 少年と別れた後、真希菜は家に向かって歩みを進めながら、胸の前で右手を広げた。

 彼はなぜ、あんなことを言ったのか。

 自分の体のことは全く話していないというのに、彼はこちらの指が機械義肢であるということを見抜いていた。

 無論、静かな場所でよく耳を澄ませば、モーターの駆動音くらいは聞こえるし、目を凝らせば本来の体と義肢との継ぎ目は見える。

 しかしその程度だ。

 手に触れたりしたのならまだしも、見ただけで真希菜の右手の指が機械義肢だと判別するのは難しい。職人レベルの感覚が必要になる場合にはハンデになるが、日常生活における義肢としては、水晶式機械義肢は格段に高性能なのである。

 

 ――その右手、素敵だね。

 

 嘘や世辞、ましてや嫌味の類ではない気がする。

 こちらが話してもいない事柄について、彼がわざわざそんなことを言う必要などないはずだ。


「…………」


 そこで真希菜は不意に、彼にその言葉の真意を聞いてみたくなった。

 それはある種の好奇心でもあったのだろう。自分の不完全な体に、なぜ彼はあんなことを言ったのか。普段なら触れてほしくない話題ゆえにこのまま逃げるところだが、なぜか彼には答えを聞きたいと思った。


「……まだいるかな」


 真希菜は元来た道を戻り、少年と別れた地点までやってくる。

 少年に教えた通りに道を進み、角を曲がる。

 遠方に、目的の建物が見えた。

 広さにして五十平米ほどの土地に建てられた五メートルほどの高さの、半球形のコンクリート製の建物。その脇には、増築された安普請の別棟が二棟ほど見える。ただの町工場なのだが、メインの建屋だけは何というか、ステレオタイプな『研究所』といった雰囲気である。このデザインは経営者である父のセンスであり、父を知る者からすれば、誰に聞いても、と返されるものだろう。

 ちなみに今は工場を別の場所に移しており、もうここは使われていない。少年に言った通り、工作機械などもすべて片づけられており、中には事務所で使われていた物品が残っている程度である。建物をわざわざ残しているのは父親たっての希望であり、記念の意味も込めてしばらくは置いておきたいのだとか。たとえ管理にある程度の維持費がかかったとしても、だ。

 まぁ、取り潰すにもいろいろと手間はかかるし、父親がそれでいいというなら何でも構わない。経営者という立場でありながら、そういうところに子供っぽい執着を見せるあたりが、父の父たる所以だと真希菜は思っていた。


(あ、まだいた……)


 そして真希菜は、町工場の前に先の少年を見つけた。

 彼はこちらに気づくこともなく、ただ一人、じっと建物を見上げている。

 真希菜は少しだけ早足で、彼の下へと向かう。

 だがその時、少年がその場から一歩踏み出した。

 彼はふわりとコートをはためかせ、建物前面にある鉄門を軽々と飛び越える。

 そして彼の姿はそのまま、工場の敷地内へと消えた。

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