1-6

 その後。真希菜はその少年に連れ添って道案内をすることになった。少年の言う目的地に思い当たるものがあった真希菜は、迷うことなく道を進む。

 別にわざわざ連れ添う必要はなかったのだが、この近辺は新興住宅街と旧市街地の境目にあたる地域だ。少年の言う建物は旧市街地の側にあるのだが、あの辺りは細い街路が四方に伸びていて微妙に入り組んでいるし、周囲の建物も古い民家や今は使われていない会社事務所などばかりで目印になるようなものがない。距離もそんなにないので言葉であれこれ説明するより、近くまで案内してしまったほうが手っ取り早いと思ったのだ。どうせ自分には急ぐ用事もない。

 ただ道中、真希菜は疑問に思っていたことを彼に聞いてみた。


「あの……なんでそんなところ行きたいの?」


 一応こちらが年上だろうし、真希菜は思い切って敬語を取り払う。

 すると彼は答えた。


「そろそろ来るかもしれないからね」

「えっと……友達、とか?」

「他人のこと詮索するのが趣味なの?」

「う、あ……ごめんなさい」


 少年の少々キツい物言いに真希菜は思わず謝る。そしてそこで会話も途切れ、二人は無言のまま、しばらく歩き続けた。

 が、その微妙な空気に真希菜が耐え続けられるはずもなく、あるとき真希菜は気力を振り絞って会話を再開した。


「あんまりこの辺慣れてない、感じ?」

「まぁね。…………越してきたばかりなんだよ」


 明らかに変な間があったが、そこはあえて聞き流す。

 少年は続けて、


「その建物の外観は覚えてるんだけどね」


 と一言。


(……あれは目立つからなぁ……)


 そんなことを考えつつ、真希菜は横目で盗み見るように今一度少年を見やる。

 彼の目的は結局よくわからないが……あの『ヘンな建物』の前で友人と待ち合わせ。とか、そんなところかもしれない。見たところ小学生だろうし、学校が終わって遊ぶ約束でもしていたのだろうか。

 そしてそうこうしているうちに、二人は目的地の付近までやってきた。


「ここの道、まっすぐ行って最初の角を右ね。そうしたら、左手側にあるから」


 真希菜は道の先を指さしながら、少年に言う。


「迷惑かけたね、お嬢さん」


 相変わらずの『お嬢さん』呼び。

 しかし真希菜はそのこととは別に、一つ忠告しておいた。


「あの、中入ったりして遊んじゃダメだよ。機械とかはもう置いていないけど、危ないから」


 その製作所というのは、もう使われてはいない小さな町工場である。とはいえ入ろうと思えば入れてしまうので、真希菜は念を押しておいた。管理地で何か事故でもあれば、大なり小なり、管理者の責任にはなるのだから。


「はいはい。大丈夫だって」


 少年は片手をあげて適当に返事すると、コートを体に纏わりつかせるようにして身を翻す。

 そういえば結局、季節に似つかわしくない格好の意味は聞くことがないままだった。

 だがその時、彼は急に立ち止まり、首だけで振り返った。


「その右手、素敵だね」

「!」


 それを聞いて、真希菜は思わず左手で右手を庇った。

 すると少年はしてやったり、ってな含み笑いをしてみせる。

 そして彼は、


「その機械、大事にしてあげなよ。――それじゃ」


 とだけ言葉を残して、そこからは無言で振り返ることもなく、歩き去る。

 真希菜はただ茫然と、彼の背中を見送った。

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