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 私立奥洲おくす高等学校。

 それが真希菜の通う高校の名である。

 相洲市あいすしの中心部にほど近い位置にあるこの高校は、十年前まではごく一般的な男女共学の私立進学校だった。レベルも県内では上の中といったところで、有名大学へ進学する生徒を多く輩出する実績を持つ高校である。そのレベルの高さは今も変わらない。

 しかしそれでも押し寄せる少子化の波に抗うことはできず、十年前の時点で、奥洲高の入学希望者は減少傾向にあった。

 そこで現状を打開するべく、学校経営陣はある策をとった。

 それは学科の追加併設――人気職の『水晶式機械修理技能士』としての知識、技術を習得できる科、『水晶式機械科』を導入することだった。


 水晶式機械[quartz machineクォーツ・マシン]とは、三十年ほど前、その基礎理論を記したある数学者の学術書の一部が発見されて以降発達しだした、水晶(人工水晶も含む)を頭脳とし制御される電子機械の総称だ。大まかな仕組みとしては、旧来のCPUの代わりに『トゥールビヨン』という水晶を中心とした特殊なコアユニットを組み込み、そこに複数の『解式言語』をインプット。それに電気信号化した数字を適時送信、代入させて、水晶が電気的に出力する『解』を信号として利用するというものだ。

 この水晶による制御は今やパソコンや携帯端末をはじめ日常的な家電製品、車、航空機、船舶、医療器具、はては宇宙開発などでも採用されており、歴史の浅い技術でありながらその発展は目覚ましい。

 普及の理由としては旧来の基盤型CPUに比べて圧倒的に処理能力が高いこと。トゥールビヨンそのものが大きなものでも数センチ程度と非常に小型軽量であること。使われる水晶も特殊な工程で生成した人工水晶で代用が可能なため、大したレアメタルも使わず安価に作れることなどが挙げられる。おまけにこのトゥールビヨンは構造こそ独特で複雑だが、既存の技術分野の知識、技能を組み合わせることである程度の大量生産が可能だ。

 なおトゥールビヨンとは本来、機械式時計の『脱進機』のことだが、水晶式機械においては水晶を中心として複数の金属部品(主に歯車や発条ばね)で構成されたユニット、ないしその技術そのものを指す。そしてこれは一つの機械の中に一つというわけでもなく、複数のトゥールビヨンで制御される機械も数多い。またトゥールビヨンはそれ単体としても世界レベルの開発競争が続いており、その機構は年々複雑化している。

 近年では水晶式人工知能[Quartz Artificial Intelligence]、通称『QAIカイ』というものまで研究開発が進んでおり、人の生活はこの技術によってまさに転機を迎えようとしていたのだった。

 そして水晶式機械科とは、この水晶式機械の専門家『水晶式機械修理技能士』の育成を目標とした学科であり、高等教育の現場では既存の設備を使いまわせるという理由もあって、主に一般の工業系高校を中心に学科の導入が進んでいる。よって奥洲高のような元普通科で導入されるのは珍しいことだが、設備投資と教員の確保さえ可能ならばできないことではない。

 ちなみに、なぜ専門家が『修理技能士』であるのかは、水晶式機械のある欠点に由来するものである。

 そして今現在、水晶式機械修理技能士は食いっぱぐれのない安定した職業として非常に人気である。これだけ普及しているとどの国どの分野でも重宝されるし、国際基準の難関資格だけに当然世間の評価も高い。新しい分野の職業ながら、学生を対象にしたなりたい職業ランキングなどでも、既に上位ランクの常連という状態だ。

 つまり水晶式機械科は今人気の職業を目指す近道となる学科なのである。よって、ひとたび導入に成功してしまえば、水晶式機械科は人寄せの手段としてこれ以上ないものになる。相洲市のように工業系高校がない地域であればなおさらだ。設立当初は普通科から水晶式機械科への編入希望も多かったと聞く。

 しかもその入学者数増加による利益は学校全体の設備拡充に充てられ、それは普通科受験希望者の増加をも促した。水晶式機械科は学校経営陣からすれば金のなる木と映ったことだろう。

 そして現在、奥洲高校は県内屈指のマンモス校にまで成長したわけである。

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