最強の四天王【なずみのホラー便 第6弾】

なずみ智子

最強の四天王

 私の名前はミレイ。

 漢字で書くと、”美しい”に”麗しい”で美麗ね。


 この名前を聞いたあなた……物凄い美人を思い浮かべたでしょう。

 ううん、美人なだけじゃなくて、家もお金持ちの生粋のお嬢様で、習い事はピアノやバイオリン、もしくはバレエや日舞で、学業成績も優秀で、そのうえ心優しくて……って具合に、頭の中で”身も心も美しく麗しいミレイさん”の姿を思い浮かべたかと思うわ。


 でも、違うの。

 私はその正反対。

 一応、両親が揃っている家庭に生まれはしたのよ。

 ”とりあえず雨風だけはしのげますよ”って感じのぼろっちい薄汚れた家が私の人生の始まり。

 習い事なんてできるような余裕もなく、義務教育でかかるお金を払うので精一杯のは言うまでもないことよ。

 肉体的な虐待こそ受けなかったものの、両親も”清貧でありつつ真面目で心優しい人たち”には程遠かったわ。



 え?

 両親への恨みじゃなくて、私自身のことを知りたいって?

 それこそ、予想できるでしょ。


 勉強もダメ、運動もダメ、空気も読めない。

 空気が読めないということはコミュニケーション能力はもはや致命的だから、結婚どころか同性の友達すらゼロよ。

 もちろん物覚えも悪くて、機転も利かないから、仕事もなかなか続かないわ。

 いつのまにか40代前半となってしまった今も、正社員歴はなく、アルバイトを転々としてきたの。

 この状況で貯金なんてできるわけなく、現在カードローンで借金中でもあるわよ。

 おまけに……おまけに……!


 もう!!!

 全部、私の口から言わせたいの?

 そうよ、私はブスよ!

 おまけにデブよ!

 常に脂ぎった肌をしているわよ!

 毛深くなくていいところまで、しっかりと毛深いわよ!

 ちなみに、お風呂だって嫌いよ!

 1日1回ちゃんとお風呂に入ったとしても、私には一緒に遊んだりする友達やデートに出かけるような恋人はいないわよ!

 もちろん、処女よ!

 高齢処女よ! 

 某巨大掲示板で言う”喪女”ってやつよ!

 もし、日本の喪女たちを集めて”喪女ぶり(学生時代の苦い思い出も含めて)”をアピールするコンテストを開いたとしたら、上位10位には食い込めるほどのね!



 …………ごめんなさい。

 ちょっとエキサイトし過ぎたわ。

 だから、私は「空気読めない」って言われて、嫌われるのよね。

 今日の話の本題に入るけど、そんな私にも人生の大転機なるものはやってきたの。

 というよりも、大転機となるものが懸賞で当たったようだったの。


 それは、忘れもしない2018年10月8日(祝)の体育の日。

 毛布を出すにはまだ早いけど、少し肌寒さを感じ始めていた頃ね。

 私は床に敷きっぱなしの布団の上で、毎月購読している嫁姑系レディコミ(姑もいないし、嫁でもないけど好きなのよ)を読みながらゴロゴロしていたわ。

 

 そんな時、家のチャイムが鳴らされたの。

 そうよ、私宛の宅配便が届いたの。

 

 その時の私は、2日ぐらいお風呂に入ってなかったし、毛玉だらけで伸びきったスウェットを着てたうえにノーブラだったし、髪には寝癖がしっかりとついた爆発ヘアだったし、目脂だってついていたわ。

 何より、ついに20分前にコンビニのガーリックパスタ(税込480円)を食べたまま、歯すら磨いてなかったの。

 話はそれるけど、一人暮らし歴が長いくせに、家事能力皆無&貯蓄能力皆無の私の主な”燃料”は、コンビニ弁当と次々に新発売されるコンビニスイーツってわけなのよ。


 居留守を使おうかしら、と最初は思ったけど、もう一度、再配達に来てもらうのも配達員さんの手間だし、私自身も面倒だったから、心当たりのない宅配便を受け取ることにしたの。


 配達員の人が結構可愛い顔をした若い男の子で、口からニンニクの臭いを発するデブスの中年女に驚き、後ずさり、怯えていたのは、気の毒だったけど。





 届いたのは、鏡だったわ。

 それも、横にも縦にも大きい私の全身がしっかりと映る姿見鏡よ。

 差出人の名前を見ると「モジョーズ☆スタイル」とあったわ。

 そして、品名の欄には「姿見鏡 ネットアンケート当選品」ともね。


 正直、記憶力の悪い私は全く記憶になかったけど、ひょっとしたら……私がネットで何か懸賞付きのアンケートに答えていたのかもしれなくて、その当選品が届いただけかもしれないと、自己完結することにしたわ。



 鏡を見る習慣があまりない私にとって、姿見鏡なんて生活の必需品というわけではないわ。

 でも、もらえるモンはもらっといた方が得よね。

 この散らかった部屋のどこに置こうかしら?

 しかし、正直、邪魔よね。受け取り拒否してた方が良かったかも……なんてことを受け取ってからわずか3分で思い始めていたのよ。



 え?

 どんな鏡だったのかって?


 ごめんなさい。言い忘れていたけど、ごく普通の鏡よ。

 ごく普通っていうのは、ものすごく曖昧な言い方だけど、例えるならニ〇リで売っているようなシンプルな姿見鏡ってことよ。


 そんな鏡から、男の人の声がしたのよ!

 いいえ、声がしただけじゃないわ!

 まだ昼間なのに、タキシード姿の超美男子が映っていたのよ!


 あり得ない超常現象を起こしているくせに、鏡の縁部分(っていうのかしら?)に、おどろおどろしい悪魔的模様が彫り込まれているわけもなく、ン百年の歴史と絶望の重みを感じさせるほどに年季が入っているわけでもなく、本当に普通の――税込3,980円でも買えそうな姿見鏡だったのよ。


 私は驚いたわ。

 とっても驚いたわ。

 でも、私は生粋の喪女として生まれ、この年まで喪女として生き抜いてきたのよ! 

 もう、怖いものなんて何もないわ! ってことで、鏡の中のタキシードくんの声に答えたの。



 改めて見ると、タキシードくんは本当に素晴らしい美男子だったわ。

 濡れた烏の羽根のような黒髪で、日本人にしてはやけに鼻が高くて、顔の彫りが深くて、赤い目をしていて、耳がちょっと尖ってはいたけどね。

 アイドルっぽいキラキラした元気いっぱいのイケメンというよりも、戦前の白黒映画の中に出てきそうで……儚さと色気を醸し出してる愁いに満ちた美男子っていうところね。


 気の抜けまくったズボラな風体で、彼の前に立っているのことが喪女とはいえ、私もさすがに恥ずかしくなっちゃって……碌に掃除もしていないお風呂の浴槽にお湯を溜めて、体の隅々までゴシゴシ洗って、歯もゴシゴシ磨いて、エチケットガムを噛もうと思ったぐらいのね。



「あなたの願いを叶えます」


 タキシードくんは、セクシーな声でこう言ったわ。

 こういった話では正直、ありきたりの展開かもしれないけど、タキシードくんは私の願いを叶えてくれるために、ダンボールと緩衝材にくるまれて宅配されてきたのよ。


 願いを叶えてくれるの?!

 それなら、タキシードくん……その鏡の中から出てきて!

 私みたいな喪女の彼氏や旦那さんになるのが嫌なら、息子としてでもいい!

 私と暮らして!!

 私とともに生きて!!!

 って言葉が口から出かけていたんだけど……


「先にお伝えしておきますが、僕を恋人にしたいとか、夫にしたいとかいう願いを聞き入れることはできません」

 タキシードくんに、キッパリと先手を打たれてしまったの。

 私の心の内を見透かされたのかと思って、ギクッと焦ったけど、どうやらそうではないようだったわ。


「10人中8人はそうおっしゃられる方が多いため、先にお伝えさせていただきました」と、彼は続けたの。

 ちょっとだけ人外の要素を感じさせるけど、これだけの美男子を前にしたら、大多数の喪女たちの考えることは似通っているものだったのね、と納得したわ。


「あなたは何ができるの?」

 私は思わず、そう聞いていたの。

 自他とも認める頭の悪い私だけど、彼のできることを最初に聞いておけば、これから願いを口に出してもむなしく空振りすることはないだろうと思ってね。


「僕ができることは、”存在を創り出す”ことだけです」


 タキシードくんったら、”あなたの願いを叶えます”なんて大口叩いて現れたくせに、何でも叶えてくれるわけではないのね。

 言っちゃ悪いけど、願いごとは限定されるとは思ったわ。

 彼はまだ修行中の身なのかしらね。

 私を超美人にしてくれたり、娘時代に若返らせてくれたり、札束の中で泳げるほどのお金をジャブジャブ与えてくれることも無理っぽいし、する気なんてないけど世界征服なんてことは絶対無理ね。

 

 でも、”存在を創り出す”ということは、とっても魅力的だと思ったわ。

 つまり、何の修行も積んでいない私がタルパ(人工未知霊体)を創るという奥義の到達点までを、タキシードくんの力でショートカットして叶えてくれるということだもの。


 どんな存在を創ろうかしら?

 いや、どんな存在を創るかよりも先に……


「あなたが創り出せる存在って、一人だけなのかしら? それとも複数創れるの?」

 タキシードくんへの二度目の事前確認を行ったの。


「……複数創ることができます。時間は相当に……相当にかかりますが、お望みなら100人以上でも……」


 タキシードくんったら、できることは限定されているけど、そのできることの範囲での上限ってのは結構高く設定されているのねって思ったわ。

 でも、さすがの私でも100人以上もの――村でも一村作れそうな存在までは望まないわ。

 全員の顔と名前を覚えられないと思うし、何より私の体が持たないわよ(笑)


 そう、私が望んだのは――

「四天王を創って! 私だけの四天王を!」

 私の叫びを聞いたタキシードくんは、最初何がなんやら分からなかったみたい。


「は……? 四天王? えっと……持国天、増長天、広目天、多聞天の4人の守護神……? それとも、源頼光四天王の碓井貞光、卜部季武、坂田金時、渡辺綱……? まさか……鬼武、熊武、鷲王、伊賀瀬の鬼女(きじょ)・紅葉の四天王……? 申し訳ございません。その者たちを呼び出すことは僕には無理です」


 タキシードくんは、何やら神様や歴史や伝説上の人物っぽい名前を出してきたの。

 私には正直、チンプンカンプンだったし、それに私は”鬼女”(既婚女性)じゃなくて喪女よ。


「いいえ……そうじゃなくて”私だけの四天王”よ」


 私だけの四天王。

 この言葉を聞いたあなたは分かったわよね?


 最初は、私だけを愛してくれる男性1人だけを創ってもらおうか、という考えが頭をよぎらないでもなかったわ。

 でも、40代前半となった今まで……私、一度も男の人たちに”普通の女の子扱い”されたことなかったの!

 空気のように扱われるのはまだいい方で、酷い奴らは虐めまがいのことまで私にしてきたわ! 私は奴らに何もしていないにも関わらずね……!

 悲しいメモリーのストックは思春期からいっぱいあるけど、それらを上書きしてくれる存在たちが――私を1人の女として優しく扱ってくれる存在たちが欲しいの。

 正直、濃厚なセックスだって経験してみたいけど、セックス抜きで私を愛し続け、最期の最期まで守り抜いてくれる”私だけの四天王”を彼に求めたの!


 今はこんな私だけど、彼らが側にいてくれたら、ダイエットだって、お料理だって、お掃除だって、メイクやファッションだって全力で頑張れるはずよ!

 四天王たちと――これ以上ないほど、いい男たちを4人もはべらして、町を歩く私は羨望の眼差しのシャワーを受けることは間違いないわ。

 特に「あのおばはん、あんなにいい男たちを4人もはべらして……」って、男に大切に扱われることがデフォルトである若くて可愛い娘(こ)たちからの羨望と嫉妬の視線を浴びるのって、相当に気持ちいいでしょうね。

 若くて可愛かったら、モテるのは当たり前よ!

 若さと可愛さの対極にいるのに、日本でもトップクラスに高品質の男にモテている私は有名になって、ちょっとした”時の人”になっちゃったりなんかして……

 『ぽっちゃり美熟女ミレイ 究極のモテテクニック』とか、『大切なのは外見じゃない! 本物の愛され美魔女ミレイ』とか、『女の子は何歳からだってプリンセスになれる! ミレイが教えるプリンセスへの花道』なんて本だって出版できそうねと、本のタイトルをすでに3冊も考えていたのよ。



 でも甘かったわ。

 本当に甘かった。


 ”私だけの四天王”を創る時、タキシードくんはこう言っていたのよ。


「この鏡を元に、僕はあなただけの四天王を創り出します。いいですか? これは鏡ですよ。あなたの姿が映し出されている鏡です」


 彼の言葉に隠されていた”真意”に、こうなってしまった今になって分かるなんて、本当に私ってバカ。

 バカ、バカ、バカ、バカ、バカ……!!!


 そうよ、あれは鏡だったのよ。

 この私の姿が映し出された鏡。


 「人間関係は鏡」っていうどこかで聞いた言葉通りというわけじゃないけど、私の姿を映し出した鏡から創り出された”四天王”が、超美形のうえ高身長、仕事もできて高所得で、紳士的で洗練された立ち振る舞いであるわけがなかったのよ。

 バカ、デブ、ブス、毛深い、空気読めない、コミュ障、仕事続かない、貯蓄できない、借金持ち、家事能力皆無、風呂嫌い……の三重苦どころか十一重苦(こんな言葉、あるかしら?)を背負った私から生まれる四天王はね。


 最強の四天王。

 ううん、私は私の男版ともいえる”最凶の四天王”をこの世に創り出してしまったってわけよ。


 タキシードくんは私の願いを叶えると同時に、あの大量生産されてるような姿見鏡とともにどっかに行っちゃったから、もうクーリングオフもできないという極めつけね。



 あ、チャイムが鳴ったわ。

 四天王の1人が、”また”私に金を借りに来たみたい。

 風呂も碌にいらず、毛玉だらけの伸びきったスウェットを着て、ニンニクくさい口の四天王の1人がね。

 話し相手ができたのは寂しくないけど、彼らに4人に守られるどころか、搾取され続けるであろう”プリンセス・ミレイ”とは私のことよ。


 


 こんなバカな私の話を最後まで聞いてくれて、ありがとう。

 あなたの家にもしタキシードくんが届けられたとしても、願いごとをする時はとってもとってもとっても慎重に、鏡に映った”あなた自身”の姿を眺めてみてね。

 


―――fin―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の四天王【なずみのホラー便 第6弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ