第113話

「論文の打ち上げは、今月末の正の誕生日にしようか?」


義雄が話を切り出す。


「でも誕生日。恵ちゃんと二人っきりでいいことしたいんじゃない? 正」


「ぜ〜んぜん。私たち、いつでも……」


恵ちゃんが大胆な発言を言いかけて止める。


言った言葉は取り戻せない。恵ちゃんは頰を赤らめる。


「じゃあ、決まりだね。打ち上げは正の誕生日」


「日光は?」


「それが問題だ。梅雨明けにしよう」


「何となく、サンサンと輝く日の光の下の方が、ジメジメした空と気分の下よりいい」


「教授の心もsun、sunとお日様のように晴れるはずだ」


大樹がダジャレを交え呟く。


「散々と酷いことにならなければいいけど」


「恵ちゃん、そんな縁起の悪いこと言わないでよ」


大樹はソワソワして話す。


「急ぐ必要はないんだから、学会のプレゼンがおおよそ出来てからにしよう」


「7月中下頃かな?」


「それなら、僕も行くよ」


「正が一緒ならものすごく助かる!」


「ウバユリ、ヤマユリの見所の時期だね」


「じゃあ、7月20日。この日にしておいて、教授の都合に合わせ日程を調整すればいい」


「大樹、頼むよ」


「ああ」


「ほら、決まった。思い立ったらすぐ決めなきゃ」


時計の針は8時半過ぎ。


「じゃあ、帰ろうか」


「晩御飯、どうする? 皆んなで食べようか?」


「……」


僕と恵ちゃんはうつむく。


「はいはい」


「俺は義雄と牛丼でも食べに行くよ」


「正は恵ちゃん、お持ち帰りね」



ーーーーー



「恵ちゃん、何にする?」


僕と恵ちゃんはイタリア料理店へ。


「初めは熟成ミラノサラミかな」


「何かオススメのいいワインある?」


「あれ? 箱入り娘さん、お酒大丈夫なの?」


「うん。今日は論文打ち合わせで飲んで遅くなると連絡しておいたから」


「じゃあ、ドルチェット・ダルバにしようか」


テーブルに、ミラノサラミとワインが運ばれてくる。


ダルバは、酸味と渋みのバランスが完璧で、舌触りはまるでビロードのようにきめ細かい。


「はちみつやスミレの花を思わせる華やかな香り、そしてこのミネラル感がいいわね」


恵ちゃんは満足げ。


「恵ちゃんは、アイリスの香りがする」


「あら、正くん、お気に入りでしょ? 後ほどね」


「さて、何にしよう……」


恵ちゃんはメニューとにらめっこ。


「マルゲリータピザのWチーズ、辛味チキンというところかしら」


「うん。それでいいよ」


ピザはもちろん美味しい。チーズもたっぷり。


スパイスで味付けした、ジューシーでサクッとしたチキンの皮の食感もたまらない。


「論文の打ち上げ会には、隆さんやみどりちゃん、そうそう、歩ちゃんも呼ばなきゃね」


「うん。遺伝子関係、サンプル採取、とてもお世話になったからね」


「こずえちゃんは呼ばないの?」


「こずえちゃんは呼ばないよ。関係部外者だよ」


「でも、正くんの誕生日。何が起きるかわからないわよ」


二人して微笑む。


こずえちゃんは素直でさっぱりしてて人に嫌がられる娘じゃない。その場にいても違和感はない。


「呼ぼうか?」


「まあ、幹事の義雄くんに任せましょう」


「さて、デザートはティラミスね」


「正くんは?」


「うん?」


「そうね、聞くまでもないね」


恵ちゃんが笑顔で自分を指差す。

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