第82話

「おう、正。おはよう」


「おはよう、皆んな」


朝の研究室がやけに賑やかだ。


大樹、義雄、恵ちゃんの他に歩ちゃんも来ている。


恵ちゃんがスマホで誰かと連絡をやりとりしている。


「さて、これで14日の観光予定、決まりねっ!」


恵ちゃんが喜ぶ。


「何、それって?」


「日光よ、日光へ行くの」


「えっ?」


「正、会社の内定者の集いで15日に日光に行くんだって?」


「なぜ知ってる?」


「教授から聞いた」


「それで、明石先輩や皆んなの都合のいい14日の日光行きが決まったんです」


歩ちゃんが、当然のことを話す口調で僕に言う。


「あのさ……、何で、僕二日連続だよ」


「みどりさんも誘いました。OKです」


「残念ながら、こずえちゃんは14日がダメみたいで、16日にすると言ってました」


「あのさ……」


僕は恐る恐る聞いてみる。


「オーケストラにもみどりちゃん経由で連絡が入ったみたい。正くんの初夏の日光観光」


恵ちゃんがはしゃぐ。


「皆んな行きたいに決まってるじゃない! しかも、植物園の案内付きよ」


「まさか、16日も?」


「今、スケジュールを調整中だそうです」


「大丈夫。正しくんなら」


ポンと僕の肩を叩き、恵ちゃんが、妙な自信を僕につける。


「あのさ……、三日間同じところへ、なぜ? 僕が行く?」


「皆んな皆んな楽しみにしているんだからさ、正も楽しもうよ」


「大樹、シャレにならないんだぞ」


「伊豆での2連ちゃんもキツかったんだよ」


僕はため息をつく。


「いい思いしたじゃない。三日間とも」


「特に初日はロマンティックな夜の海。2度目の伊豆はこずえちゃん?」


「あそこから……、恋のスピード早まったよね」


今日、あの日と同じオレンジのワンピースを着て来ている恵ちゃん。


恵ちゃんに言われると、返す言葉がない……。


「まあ、清水の舞台から飛び降りるつもりで」


「それさ、使い方間違えていない? 必死の覚悟をもって物事を実行することには間違えないけど」


「華厳の滝があるわよ。97mの岸壁を一気に落下する壮大な滝」


「今頃はたくさんのイワツバメが滝周辺を飛び回るの」


恵ちゃんは、指を組んでクリクリした明るく遠い眼をする。


「3日連続で行くのは、不可解なり、だよ」


「そうそう、何より教授が許してくれないよ。伊豆は無言でごまかしたけど」


「あら、浅野教授、アメリカ行きの決まった正にはまずはゆっくり休んで欲しい。観光とかいろいろと、って言って機嫌が良かったわよ」


「あた〜っ。そう言ってた?」


「うん」


「しかも、内定先から植物園の案内任されたのよ」


「教授の鼻も高いに決まってるでしょ」


恵ちゃんのスマホにLINEの着信音。


「こずえちゃんと隆さん16日OK。ただ、隆さんの彼女の里菜さん、水野さんがダメみたい。レンタカーになるわね」


「三人で日光に行っても面白くないよ。やはり大人数じゃなきゃ」


「さて、16日は却下」


僕はホッと胸を撫で下ろす。


「1年生のバイオリンの女の子を二人誘ってOK出たみたい。全部で五人」


「マジで……?」


「仕方ない、流れに身を任すしかないか……」



「た〜だしくん」


恵ちゃんが実験室の奥に僕を誘い込む。


「愛はもっともすばやく育つものに見える、でももっとも育つのに遅いもの、それが愛なの」


「ゆっくりいこうね、お互いに」


長いキス。


「こずえちゃんとは、もう、こんなの出来っこないよ」


「あら、こんなんじゃないのはしたことあるの?」


「女は、男の未来に嫉妬する。覚えておいてね」


「恵ちゃんしかいない。恵ちゃんしか見えない。そんな世界に自分は生きてる」


「ありがとう。正くん、いい人見つけたよ、私」

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