第59話

「あのさ、大仏さんを見る前に、銭洗弁天に行かないか」


大樹がカーナビを見つめて伺いをたてる。


「いいね。銭洗弁財天宇賀福神社は、お金を洗うと何倍にも増えて戻ってくるといわれる霊水の銭洗水が湧く神社」


「平安末期、鎌倉で災害が続き貧困にあえぐ庶民のために、源頼朝が世の救済を祈願したところでもあるらしい」


義雄がネットで即座に調べる。


「行こう、行こう」


「銭洗弁天は正を救済してくれるかもしれない」


「かもね」


恵ちゃんも真剣に首を振る。


大樹は車を銭洗弁天に走らせる。



「まずは、奥宮への入り口の洞窟前の社」


「お参りしましょ」


皆で二礼二拍手一拝。


「わあ、タイムトンネルの様なトンネルをくぐるのね」


奥宮、宇賀神と弁財天が祀られている洞窟。


「霊水の銭洗水でお金を清めると、心の不浄も清められるのね」



皆で財布からお札や硬貨を出し水をかける。僕は最後。


「三千二百四十円。正、それで全部か?」


大樹は呆れる。恵ちゃんと義雄は先に弁財天を拝んでいる。


「ああ。少なく持って大切に使う。これが僕の主義」


「俺は万札」


大樹が丁寧に水をかける。


「洗ったお金は使わずに大切にとっておく」



「さあ、大仏さんに行きましょ」


車で15分くらい。曲がりくねった生活道路。城下町らしい鎌倉の道。



「大仏さん、大きいね」


「うん、大きい」


僕らは大仏さまに向かいお辞儀をして合掌する。


「畏敬の念、だね」


恵ちゃんが小声で呟く。


「うん」


「神仏などの目には見えない力や働き。自然に合掌しちゃうよね」


「僕たちがどれだけ奢っているかを戒める様」


「本来の僕たちの姿は、すべては当たり前ではなく、目には見えない働きかけにより、生かされている」


「神仏を目の前にすると、感謝、尊さ、申し訳なさの思いが湧き起こり、これらの思いが自然と合掌になる」


「僕たちの日常生活の中で手を合わせる場面を想像してみると、どの場合でもこれらの思いがあてはまるね」


「目には見えない畏敬の念への感謝の体現か……」


恵ちゃんは合掌したまま、遠い目で大仏を見上げる。



「そして自分に向き合うこと」


「こころの定規を神仏に当ててみたら、皆んな狂いがある」


「それを感じて理を頂く。それが合掌」



「ねえねえ、正くん。大仏さんの中に入りましょうよ」


恵ちゃんは僕と腕を組み歩き出す。


「おいおい、その仲の良さは何? 正と恵ちゃん、本当にデキたぞ」


大樹が声を上ずらせる。


「無視よ、無視」


恵ちゃんが小声で僕の耳元に囁く。くすぐったさがとても嬉しい。


「仏像内部の拝観料……。あら、細かいのが無いわ」


「正くん。20円頂戴!」


恵ちゃんは両手のひらを僕に差し出す。


「はい、恵ちゃん」


僕は恵ちゃんの手のひらに20円を置く。


「ちゃんと女の子とデートするお金、あるじゃない」


「さっき洗ってきたお金」


「えっ? いいの? 早速使っちゃって」


「うん」


20円をしっかり掴み、クリクリとした瞳で僕を見る。


「おいおい、何二人でお見合いしてる。後ろが詰まってるぞ」


「はいよ」


「洗った20円。何倍にもなって帰ってくるよ」


恵ちゃんが素敵に微笑む。


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