第58話
「しかしよ、本当に正、なんか恵ちゃんの一挙一動におどおどしているぞ」
「おどおどしているぞ」
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ?」
逆なら良かった。
恵ちゃんとキスをして、腰から秘められた部分へと主導権を握る流れを予定していたが、自分都合で、気のしっかり座ってしまった恵ちゃんの手のひらにモノを出さざるを得なかった。
恵ちゃんからしたら、僕は忠犬のような立場になり、恵ちゃんは僕を征服したんだ。
本当は、僕が恵ちゃんを征服しなきゃいけなかった。
「正くん、リュックからお茶取って。あっ、それとつぶつぶいちごポッキーもあるから出してくれる?」
「はいはい」
「おいおい、後部座席は恵お姫様の独壇場だね。正は召使い」
「確かに」
大樹と義雄は、どうやらマジに僕らの変化を捉えている。
恵ちゃんの言うこと、僕は全部聞く。今はそれしかできない。
恵ちゃんは分かっている。
「正くん、このプレッツェル、ハートの形してるのよ」
「本当だ。初めて見たよ」
「キュンとする可愛い見た目、そして甘酸っぱいイチゴ味」
「誰かさんみたいでしょ? 正くん?」
「ああ、恵ちゃんの様だよ」
「正。義理で言っている感じじゃない。マジが入っているぞ」
「いるぞ」
恵ちゃんが微笑む。
「夜の海。恵ちゃんと何かあったか?」
義雄がしつこい。
「だから、手を繋いでさ……」
「一緒に歩いてさ……」
「はい、そこまで」
大樹が仕切る。
「だいたい考えてみろよ。いくら夜の海とはいえできることは限られる」
「せいぜいキスするくらい」
「正の性格じゃ、恵ちゃんにキスなんてできる訳がない」
「だから、大樹。恵ちゃんにキスなんてしてないよ」
「してないよ」
恵ちゃんが、これは面白いとばかりに話の流れに身を乗り出す。
「手を繋いだことぐらい許してやれよ、なあ、義雄」
「まあな……」
「でも素人は怖いからな」
「何?」
恵ちゃんが大樹に聞く。
「二人して夜の海初体験」
「星降る夜の海の神秘。心地よい潮風に、こころの開放感と闇が作り出す遮蔽感」
「素人はハメを外すことがある」
「何、何?」
「まあ、見ている人がいても、見ぬふりをするから別段構わないけど、大胆な行動に出るやつもいるんだ」
「あらあら、困った人たちがいるのね」
なんで恵ちゃん、真面目顔でそんなこと言える?
僕は猛烈に恥ずかしくなる。
「でも、私と正くん、夜の海でより一層仲良くなったよ」
「なんだろう、論理とストーリーが出来上がっていく感じ?」
「材料が二人いて、方法があって。結果があって」
「そんな論文を書くような話にしないでよ」
「考察まで書けるわよ」
「正くんの考察はね……」
「何?」
「僕が主導権を握るはずなのに、恵ちゃんに主導権を握られた可能性が考えられる」
「まあ、そんなとこかな」
図星じゃないか。僕ははっきり恥ずかしい。
でも、僕の心を受け止めてくれた恵ちゃんに心から感謝。
「正、手を繋ぐことしか出来なかったんだ。気にするな。旅の恥はかき捨てだぞ」
大樹、いいやつだ。
「かき捨てだぞ」
恵ちゃんが僕に微笑む。ほんとうに気持ちのいい女の子だ。
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