第46話
「と、いうことなんだ」
皆んな開いた口が塞がらない。恵ちゃんは呆れてる。
「だから言ったじゃない。正くんの忙しさで定期演奏会なんか無理だって」
「夏合宿、10日間もあるんでしょ?」
「うん……」
「しかも6日目は色素研究会のある日じゃない」
「うん、そう……」
「誰か、可愛い女の子にそそのかされたんじゃないの?」
「いや、恵ちゃんより可愛い子なんか……」
「やっぱりいるんだ」
「やれやれ、珍しくもめごとかい?」
有田先生が研究室にやってきた。
「先生。正くん、オーケストラの夏合宿に行くんですって」
「おや、困ったね」
「しかも、色素研究会と予定がぶつかってしまって」
「参ったね。どうしようか?」
「正くん、合宿先はどこ?」
「志賀高原です」
「あらあら、またそんな遠くまで」
先生はいつもの人差し指でこめかみを擦る。
「発表者は恵ちゃんと、義雄くんにして申し込みしているから発表の方は大丈夫だけど、正くんがいないことには……」
「問題ないと思います」
「恵ちゃんは完璧だし、義雄の英文発表も先生にフォローしてもらえばいい」
「しかしね、正くんの色々な雑多した知識を持っているフレキシブルな頭が必要なんだ。特に今回の研究会の交流の場みたいなところでは」
「海外の人を招いての夜の部もあるしね」
「あるしね」
恵ちゃんが「ふん」と付け加えて、怒りっぽく繰り返す。
「大樹よ、合宿の5日目に、志賀高原まで車走らせることできるか?」
「正。それは無理だ。名古屋、志賀高原間だろ」
「無理、無理」
「正、JRがいいよ。特急がある」
「長野、名古屋間」
「志賀高原から長野間くらいはオケの友人に頼めるだろ」
義雄が最短の移動方法を調べる。
「まあ、一番いいのは合宿に行かないことだけど、そうもいかないんだろ?」
「ああ」
「実はさ……」
大樹がボソッと呟き出す。
「俺も、11月の学園祭のロックコンサートに出ることになった」
「大樹も?」
義雄が呆れる。
「空白の80年代のロック、というテーマで」
「何やる?」
「ブルース・スプリングスティーン、U2、ポリス、ザ・スミス、デュラン・デュラン、ボン・ジョヴィ、そしてブライアン・アダムスというところかな」
「大樹、ドラムだよな」
「ああ」
「じゃあ、練習に大樹が行かなきゃ話しにならない訳だ」
「いつ決めた?」
「つい、こないだ」
「歩ちゃんにいいとこ見せたいんじゃないの?」
恵ちゃんの鋭い指摘。
「いや、それは……、あの……」
「あ〜あ。皆んな私から去って行く。悲しい悲しいオレンジ色のお姫様」
「恵ちゃん。僕は全然恵ちゃんから去っていないよ」
「正くんの言うことも、あてにならなくなってきた」
「恵ちゃん、ちょっといい?」
僕は実験室に恵ちゃんを呼んだ。
華奢な体を優しく抱く。
恵ちゃんは目を瞑る。
本当に触れたか触れぬかのよう、軽い口づけ。
「ねえ、あてになるでしょ?」
「あてになる」
真面目顔で僕をじっと見つめ、いつもより優しい口調で繰り返す。
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