第27話

「大樹。やけに大人しいな」


「いや。別に」


「義雄だって静かじゃん」



「義雄は普段から静かだよ」



「おトイレ我慢かな?」


「恵ちゃん。もうその話は良しとしよう」



「大樹、歩ちゃんの卒論のテーマの感想は?」


「やめてよ振るの。今すぐには思いつかない」


歩ちゃんは少し照れ臭そうにしている。

大樹も、歩ちゃんといることが照れ臭いらしい。


ソース顔と和風美人。一見、似合っていなそうだが、いいカップルになると思う。


でも、僕を含めた3人は恵ちゃんが好き。



「さて、もうすぐ談合坂だから、トイレ休憩ね」


車は下り線、談合坂SAへ舵を取る。


「20分休憩。車に集合だよ」


「は〜い」



「さあ、豚まん食べよっ!」


恵ちゃんが車から元気に飛び降りる。


「豚まん? 有名なの?」


「うん」


「あと、クリームパンとあんぱんも美味しいよ」


大樹は呆れる。


「恵ちゃん。まだ、山登りもしていないじゃん。昼ごはんも準備してきたんでしょ?」


「別腹よ、別腹。ね〜、歩ちゃん」


歩ちゃんはクスクス笑って、恵ちゃんに引き連れられて店の方へと向かう。



僕らはまずトイレ。そして缶コーヒー。


珍しく、大樹はタバコを吸いに、SAの遠くにある喫煙所に向かう。


義雄はお土産品を見ている。みんなバラバラ。



大樹が帰ってくる。


「大樹。何かイライラすることでもあるのか?」


「別に〜」


「珍しいじゃん。タバコ吸うの」


「なんとなく、だよ」



「はい。これ、正しくんと大樹くんで半分っこして」


「うん。美味しい豚まん。手作りの味だね。素材もいい」


「これは、明石さんと義雄くんで」


「ありがとう恵ちゃん」



「クリームパンとあんぱんは後ほど」


「登山でのおやつにしようね」



「恵ちゃん。食べ物だらけだね」


「登山は体力勝負よ。たくさん食べなきゃ」


皆んなで笑う。



「さて、皆揃ったから出発するね」


「次は、双葉SAで休息とるよ」


「は〜い」



「なんだろう? 車タバコ臭くない?」


恵ちゃんが、クンクン匂いを嗅ぐ。


「大樹だよ。さっき談合坂で吸ってきた」


「あら、大樹くん珍しい」


「何かイライラの元でも?」


「恵ちゃん。正と同じこと言うなよ」


「吸おうと吸うまいと、俺の自由」



「俺もタバコ吸ってきたんだ」


「えっ? 明石さんも喫煙家ですか?」


「うん。吸い始めたのは21の頃からだけど、止められなくなって。ダメな男です」



「大樹くんは、高校生一年生の頃からです。止められなくなって。ダメな男です」


「恵ちゃん。余計なことは言わないでよ」


歩ちゃんがクスクス笑う。



「タバコ吸うと、肺がんになっちゃうよ」


恵ちゃんが釘を刺す。


「恵ちゃん。1960年代の成人男性の喫煙率は80%以上で、肺ガン死亡者は年間約五千人、2000年代に入って、喫煙率は50%を切ったんだけど、肺ガン死亡者は七万人くらいと約13倍になっているんだ」


明石さんが説明する。


「えっ、そうなの?」


「うん」


「でも、昔から吸い続けている人が、年をとって肺がんとして出てきているんじゃない?」


「あたっ! 痛いところを突かれたね」


明石さんは笑う。


「確かに、恵ちゃんの言うことも一理あるかも」



ーーーーー



双葉SA。


「恵ちゃん。食べ物はよしておこうね」


「うん。食べ物はよしておこう」



「では、みんなで展望台へ行こう!」


恵ちゃんがはしゃぐ。


「富士山をはじめ、南アルプス連峰、八ヶ岳、駒ケ岳すごいね!」


「360 度の大パノラマだね」



「空気の霞がわずかにかかって、富士山はしっかりと映えなくて残念だけど」


明石さんが呟く。



「明石さんは、ここから見える山はだいたい制覇したんですよ」


歩ちゃんが、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。


「すごいすごい! 今見えてるとこ全部ですか?」


「ああ、ほとんどね」



恵ちゃんが歌いだす。


「娘さんよくき〜けよ、山男にゃほ〜れるなよ」


「あとなんだっけ?」


明石さんが笑う。


「山で吹かれりゃよ、若後家さん、だよ」


「若後家さんって何?」


「夫に先立たれてしまう若妻のこと」


「あまり楽しい歌ではないね」


恵ちゃんが歌をやめる。



「娘心はよ、山の天気よ。と言うフレーズもあるんだ」


「ふ〜ん」


「私と歩ちゃんには関係ないみたい」



「恵ちゃん、竹を割ったような性格だからね」


僕が言うと、


「ありがとう。正くんでなら、若後家にならずにすみそう」


何気なく出た恵ちゃんの言葉だけど、僕は照れた。

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