第26話
「ごめんね。少し遅れちゃた」
「恵ちゃん。リュックはともかく、その両手に持っている手荷物は何?」
僕が尋ねると、
「おにぎり20個と、卵焼きと、タコさんウインナーと……」
「恵ちゃん。お昼ご飯作ってくれてきたの!」
「うん」
恵ちゃんの眩しい笑顔。
「誰かのリュックに入るかな?」
「俺と義雄のリュックはおやつと飲み物でいっぱいだよ」
大樹が言う。
「僕のリュックには入るよ」
「うん。正くん、お願い」
「じゃあ、皆んな準備は整ったかな」
「八ヶ岳に向かうよ」
「2時間半くらいの旅程になると思う」
「トイレとか行きたかったら、すぐ知らせてね」
「サービスエリアに急ぐから」
「すぐ知らせてね」
恵ちゃんが大樹に笑って言う。
「明石さん、本当にお忙しい時にすみません」
「いやいや、僕も気晴らしになるから」
すぐに高速に乗り、八王子ICに向かう。
「明石さんの研究って、宇宙空間における野菜栽培とかなんとか、ですよね?」
「うん。国際的なプロジェクトに参加しているんだ」
「まずは、宇宙飛行士が宇宙空間で食べる野菜の自給自足から」
「正くん。レタスの中玉500gを地球から宇宙飛行士の元へ届けるとしたら、いくらかかると思う?」
「10万円とか、いやもっとかかるかな?」
「実は500gの生鮮品を運ぶには100万円位かかるんだ」
「そんなに!」
「うん」
「もちろん野菜だけじゃない」
「ごく一部の生鮮品は宇宙に到着すると、すぐに宇宙飛行士によって食べ尽くされてしまう」
「このような宇宙への食料移送の問題を解決するために、宇宙で野菜を栽培するプロジェクトが進行中なんだよ」
「まずは自給自足。小さなことから」
「その先にはもちろん、宇宙で栽培した野菜の地球への輸送、と言う夢がある」
「すごいですね」
「うん」
「学術的興味を目的とした研究段階はもうほとんど済んでいて、宇宙で消費できる”食料としての植物を栽培する”、という目的で今取り掛かっているところ」
「宇宙での植物栽培実験には、莫大な税金が投入されているんだ」
「このことに対しては冷ややかな見解があるけど、宇宙での食料生産は、究極的には地球規模で起こる食料問題を解決する最終手段になりうると信じている」
「月や、火星での栽培まで視野に入れている」
恵ちゃんが話し出す。
「私たちのオレンジ色の研究は、ままごとのお花屋さんごっこみたいなレベルに思えてくるね」
「明石さんの研究テーマがあまりに壮大で」
「そんなことないよ。花の色は神の色だよ。自然現象を科学的に解明する。遺伝子組み換えで花色を改変する研究などもしてるじゃない」
「神を演ずるとき」
「夢のある素敵な研究だよ」
恵ちゃんは、隣に座っている歩ちゃんに話しかける。
「歩ちゃん。歩ちゃんの研究テーマは何?」
「私は、閉鎖系温室作物の生産性向上のための二酸化炭素および光環境調節」
「どんな内容なの?」
恵ちゃん、興味ありげ。
「植物の成育は環境の影響を受け、また、植物はその生命活動により環境へ影響を及ぼしているの」
「植物生産システムの効率化や生産物の高品質化、さらに環境問題の解決を念頭に置きながら、環境の関係を組織、器官、個体、あるいは集団レベルで解析する」
「基本的には工学と生物学の境界領域が研究対象」
「環境要素に対する植物の光合成応答の解析などもしているの」
「あら、私の卒論の胡蝶蘭の光合成様式の研究にも通じるところがあるね」
「歩ちゃんも、光合成測定装置使っているの?」
「うん」
「同じ農学部だから研究アプローチに似たところがあるけれど、僕らが進めて行く科学は、そのベースに共通したものが確かめられるね」
僕がそう話すと、明石さんが答える。
「そう、科学とは、知る、と言うこと。体系化されたすべての知識のことなんだ」
「様々な知識を利用し、互いの研究を進歩させる。そして、実用化されうる科学を追い求めること。それが僕らにとって大切なことなんだよ」
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