第28話

「さて。着いたよ」


「皆、車から荷物を降ろして準備しよう」


明石さんの声かけで、皆テキパキとリュックの中身を確認し、ズックに履き替え、登山の準備を済ます。



「あ〜あ。いい空気ね」


恵ちゃんが両手を広げて背伸びする。可愛い仕草。



「6人いるから、一応3人づつの二班に分けようか。もちろん基本行動はほとんど一緒だけど」


「登山の経験度合いからいうと、僕は1班の班長、歩ちゃんが2班の班長兼救護係かな」


「自ずと、1班の救護係は恵ちゃんになる」


「その他のメンバーは、そうだね、1班には初心者の正くん。2班にはやや登山経験のある大樹くん、そして初心者の義雄くん」


「あの……、俺1班じゃダメですかね?」


「大樹くんが1班で、正くんが2班に行くと、2班は初心者が二人になっちゃう。避けたいね」


「そうですよね……」



「大丈夫よ大樹くん。怪我したら、私、一生懸命歩ちゃんを手伝うから」


恵ちゃんが大樹を説得力のない言葉で納得させる。


大樹は歩ちゃんのことが気になるんだ。

僕と義雄は二人気づき満面の笑顔。



「早速スミレが沢山咲いているね。これはアケボノスミレだよ。主に雑木林の下に生育する」


「明石さん、こっちにはエイザンスミレが咲いてます」


恵ちゃんもなかなか、植物に詳しい。


「ニオイタチツボスミレもあるね。まあ、これは山や丘陵なら日本のどこでも咲いているけど」


歩ちゃんの班は歩ちゃんが色々と植物の話をしている。同じく、スミレから入っているようだ。



「黄色いスミレがあると嬉しいんですが」


僕は何気に明石さんに伺う。


「黄色ね……、キバナノコマノツメ、うまくいけばヤツガタケキスミレが見つけられるかも」


「まあ、足を進めよう」


「ほら、アブラチャンが咲き終わるところ。クスノキ科シロモジ属。雌雄異株なんだ。ダンコウバイとよく似ているけど、花柄がつくことで区別ができる」


「アマドコロもある。根茎は天ぷらにすると美味しいんだ」


「えっ? 山から取るんですか?」


「うん。国立公園とかからの採取はもちろん禁止だけど、普通の山にあるアマドコロとかは山菜として取るよ。結構いける、秋が旬かな」


少し道がゴツゴツしてきた。


「恵ちゃん、正くん。足元が少し悪いから気をつけてね」


「はい」


「恵ちゃんの返事が短くなったのは、高山地帯で空気が薄くなったせいかな?」


「ほっといてよ」


恵ちゃんが、汗をかきかき微笑む。



「ほら、イカリソウがまとまって咲いてる」


「イカリソウには、イカリンという有効成分、フラボノイド配糖体があるんですよね」


「正くん、よく知っているじゃない」


「イカリンは、あの……、その……」


「そう、言いにくいけど、男の子のアレの血流を良くするんだよね」


明石さんが話すと、恵ちゃんは少し恥ずかしげに下を向いた。恵ちゃんも女の子。



「お〜い正。こっちへ来いよ」


「何、何?」


「黄色、黄色スミレがあるんだよ」


「多分、キバナノコマノツメ。歩ちゃんが見つけた」


明石さんも興味深げ。


「どれどれ。皆で岩盤ぽい土質の谷間を少しだけ降りる」


「本当だ。キバナノコマノツメだ」


恵ちゃんもやってくる。


「綺麗ね」


「知らない人は、普通のスミレと言って通り過ぎるよ」


「この、花弁が細め、葉が円形で光沢がないのが特徴だね。ヤツガタケキスミレと似ているけど、花と葉の質が微妙に違う」


「色素はなんだろう。スミレの黄色、正くんならわかるよね?」


「色素はカロチノイドです。青や紫ならアントシアニンなんです」


「カロチノイドは不溶性ですから細胞質に分布し、アントシアニンは可溶性ですから液胞に分布します」


「へえ、スミレの黄色もカルコンかと思ってた」


大樹と義雄が顔を合わせて話している。


「さすが正くん。詳しいね」


恵ちゃんが喜ぶ。



「余談になりますが、実は、青いカーネーション、青いバラの品種は、スミレ、すなわちパンジーの青色になる遺伝子を取って、遺伝子組み換えしたものなんです」


「なんだ、あの青色、デルフィニウムからの遺伝子じゃなかったんだ」


大樹は驚き、義雄はウンウン頷く。義雄はこの領域には詳しい。



「まあ、珍しいキバナノコマノツメを見つけたところで、もうひと歩き」



「しかし、春の山は気持ちいいね、木々は芽吹き、虫たちは踊り始める」


「野生の野花も生き生きしてる」


明石さん、歩ちゃんも上機嫌。


「あっ、ダンコウバイとクサボケ」


「さっき見たのはアブラチャンで、これはダンコウバイだよ」


明石さんが解説する。



「赤い赤いクサボケちゃん。可愛いな〜」


恵ちゃんを見て素直に思う。

あのね、野花を見ている恵ちゃんの方が可愛いよ。

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