第19話

「恵ちゃんは助手席ね」


大樹がおじさんのところに行く車の座席を仕切る。



「あら? どうして?」


「正か義雄と一緒に後部座席なんて嫌でしょ?」


「ううん。嫌じゃないよ」


「う〜ん……。俺が嫌なの」



「何だかわかんないけど、運転手さんの言うこと聞かなきゃ。おしっこもぐしても困るし」


恵ちゃんは、クリクリした目で、フフフと微笑む。


「だから、それは言わない約束にしよう」


「あら、お茶、がぶがぶ飲めるよう、たくさん買ってきたよ」


「これ」


コンビニのレジ袋にお茶のペットボトルが人数分。


「気を効かして買ってきたのよ。一人一本。飲みすぎないように」


「はいはい」



義雄は、ドライアイスの入ったサンプルケースと、液体窒素を車に積み込んだ。


「サンプルは凍結しておけばいつでも使えるから」


「今日採取するサンプルは、遺伝子発現調査の練習用に使う」



「正くん。私たち色素分析担当は何か必要?」


「特になし」


「取ってくるサンプル情報と花色分析結果をしっかりと記録することかな」



「準備OK?」


「OKだよ」


大樹は車のエンジンをかける。



ーーーーー



「正くんの卒論、面白いよね」


恵ちゃんが皆に声をかけるように話す。


「分類学というのは、何だろう? 人間の要求する性癖よね。分ける、分けたいっていうの」


「私の卒論も、胡蝶蘭の光合成様式の分類だし」



「正くんの場合、化学分類 chemotaxonomyでしょ。しかもバラ属野生種全体の」


「何ていうのか、従来の形態からの分類と化学分類の結果の照合。面白いよね」



「俺は花粉の形態で分類」


大樹が口を挟む。


「俺も正もバラ属がサンプルだから、たまに情報交換みたいなことをしてもいいね。もう少し先になるだろうけど」


「私もバラ大好きだから、その時は是非仲間に入れてね」


恵ちゃんの笑顔。


「うん。ウエルカムだよ」


何だか、恵ちゃんのためにも研究、頑張れそう。



「そういえば、義雄のカスミネーション? だっけ? うまくいってるの?」


「全然ダメ」


「カーネーションやナデシコ科の野生種とかすみ草のプロトプラスト、つまり裸にした細胞同士融合させて居るんだけど、その細胞融合体が全然成長しない。あるいは枯死する」


「難しいのね」


恵ちゃんは、どちらかというと組織培養だとか細胞工学だとかはあまり興味を示さない。ただ、カスミネーションの名前は気に入っているみたい。



「かすみ草の小花で、カーネーションの彩り豊かな花がついたら綺麗よね」


「うん。想像はできるけど、現実は甘くない」


「チャレンジ課題だよ」



「そう、みんな就職先は内々定しているけど、恵ちゃん、もしかしたら大学院に行くかもしれないと有田先生から聞いたんだけど」


「うん。今考え中……」


「僕は貧乏だから、内定している化学分析会社に行くよ」


「義雄も組織培養でリクルートされたから、化学会社に行くんだろ」


「大樹は? 地元に戻るんだっけ?」



「うん……。でも恵ちゃんが大学院に残るなら……」


「俺、金持ちだし〜っ!」



「でも、きっと帰るよ大樹は。北海道に」


「まあ。そういうこと」



「でも、オレンジ花の秘密。皆で四年時に片付けるわよ」


「出足は極めて良好だから」


「お互いの時間だけは束縛しないでいこうね。卒論ありきの、趣味の科学的知見探しの旅だから」


恵ちゃんの言葉に皆頷く。


「でも、こうして皆、いつでも一緒になっちゃうね」


僕が言うと、皆大声で笑う。


恵ちゃんの笑顔。どの笑顔も脳裏に刻むよ。

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