第18話

皆で研究室に戻って来た。



恵ちゃんは、研究室に入ってすぐに、ハサミと採取袋を持って農場へと向かって行った。


ランランとスキップして何かを追いかけるように無邪気に向かう。


可愛い姿。2階の窓からぼーっと見つめる。


欲しいな、恵ちゃんのこと……。



「さて、レモングラス取って来たわよ」


「まだ、温室に鉢ごと入れてあった。もうとっくに外に出しても良い時期なんだけど」


「私、全部出して来たわ」


恵ちゃんが、ぶちぶち言いながら、切って来た3−4cmくらいの大きさのレモングラスを、3つのティーカップに数枚入れお湯を注ぐ。



「美味しいね。爽やかでスッキリとした香り。あっさり風レモン味」


大樹が呟く。


「うん。レモンと同じ香りの成分、シトラールを含有しているからなの」


「レモングラスは胃の働きを助けて消化を促進し、脂肪の分解を促す作用があると言われているの」


「食べ過ぎて胃もたれしたときや胸やけのするときなど、レモングラスのハーブティーがおすすめですよ〜」


恵ちゃんは部類なき自称ハーブの専門家。何だかハーブ関係の資格も持っているらしい。


自宅の20坪ほどある畑の半分くらい、いろいろなハーブを植えているとのこと。



「恵ちゃん。一度恵ちゃんの家に案内してよ」


「いいよ。いつでも」


何だろう、その返事だけで胸がドキドキする。



「義雄が新港から帰って来た」


「カレー美味しかったよ、すごく」

「あれさ、レシピ変えたね」


「ガーリックが少なめ、クミン、コリアンダーは多め」


「そんなとこかな?」


「おおっ! 義雄もハーブ詳しいじゃん!」


「カレーだけね。あとよく知らない」


「なーんだ……」


皆、期待はずれの顔をする。



「はい。レモングラス」


恵ちゃんが義雄にもレモングラスティーを差し出す。



ーーーーー



「さて、皆んな揃っているし、午後のひととき、オレンジ色の秘密の紐解きの続きでも始めますか」


恵ちゃんがアナウンス。


「正くん、サマライズして」


「うん」


「まず、いま集中しているのは黄色。黄色の花の色素組成には、3パターンあることがわかったよね」


「一つ目はカルコンだけあるやつ。二つ目はカルコンとフラボノールが2つあるタイプ。三つ目はカルコンと、フラボノールが3つあるタイプ」


義雄が補足する。


「フラボノールのある、つまりそれが溜まっているタイプは、どうやら赤とか紫とか有色になるためのDFR遺伝子が壊れている」


「つまり、二つ目のタイプや三つ目のタイプで、DFR遺伝子が正常なら、カルコンと赤色が混ざりオレンジ色になると推察できる」


「黄色花はDFR遺伝子が壊れているんだ」



「そうそう、正くん。オレンジ花2種類あったでしょ?」


「その解析結果から何か言える?」



「オレンジ花には、360nmの波長でカルコンと、520nmの波長でアントシアニンが検出された。フラボノールは検出されなかった」


「アントシアニンは、フラボノールが素で、DFR遺伝子が働いたことで作られた」


「そして、カルコンとアントシアニンが液胞中で共存し、オレンジ色となった」



「ただ、なぜCHI遺伝子が壊れているのが前提であるカルコンが溜まり、しかもCHI遺伝子が働いているのが前提である、赤色の素、フラボノールができるのかは謎。解らない」


「DFR遺伝子については、黄色花では壊れていて、オレンジ花では働いている」



「でも、すごいと思うよ。まずここまで解って」


大樹は満足げ。


「うん。有田先生も興味深げだった」


「三年生に、カルコンと、アントシアニン色素の精製をお願いするとか言ってた」


「僕らは卒論も抱えているし、あくまで僕らは秘密解明の切り込み部隊」


「頼るところは、頼ろう」



「そう、俺は、CHI遺伝子、DFR遺伝子の単離を、工学部の生命工学研究室にいる友人にお願いしたんだ。そうしたら、面白そうだと快諾してくれたよ」


「俺は、工学部から遺伝子をいただいて、CHI遺伝子とDFR遺伝子の活性を調べる役」


義雄もスタンバイOK。



「また、おじさんのところにいってサンプル収集だね」


「大樹、いつ行ける?」


「明日でも大丈夫よ」


「そう、それじゃあ僕も連れて行ってよ」


「前回は、開いた花のサンプルしか持ってこなかったけど、明日は花の開いていない蕾のステージ、花に着色する頃のステージの、二つのステージのサンプルを取ってこよう」


「私も行く」


恵ちゃんが手をあげる。


「俺も行く」


義雄も手をあげる。


「何だ、結局皆行くんじゃん」



「大樹くん、運転中におしっこむぐさないでね」


恵ちゃんが大樹をからかう。



「それは、言わないでよ……」


大樹が赤い顔をする。

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