第20話

「みんな、すごいこと見つけたぞ!」


僕はみんなに集まるよう声をかけた。


おじさんの育種ハウスの中で、一番黄色が濃かった材料の小さな蕾を開くと、まだ発達していない、その5mmくらいの花弁が黄色く着色している。


「何がすごい?」


大樹が僕に尋ねる。


皆が僕の話に耳を立てる。



「これはね、黄色花でカルコンだけだった素材のもの。一番濃度の濃かったやつ。サンプル名はA65」


「もう一種類、カルコンだけの素材があったでしょ、サンプル名A67。それは蕾の中の花弁は着色していない。これが当たり前なんだけど」


「一番重要な発見は、蕾の時からカルコンに糖をつける働きのする遺伝子が働いているものと、そうでないものがあるらしいということ」



「正、少し複雑だな」


大樹が呟く。



「そうだね。黄色の素材は大きく3つに分けたけど、これから先、まだタイプ分けされるかもしれない」



「正、蕾の時に起きているカルコンの蓄積は、カルコンの配糖化酵素遺伝子、多分2’GT遺伝子の発現機構に関わるものだね」


「新知見だよ。すごいすごい!」



恵ちゃんの不思議顔が可愛い。じっと5mmの花弁を見つめる。


「何で君は黄色いの〜?」


独り言のように花弁に声をかける。



ーーーーーー



「おじさん、選花部屋お借りしていいですか?」


「ああ、勝手にどうぞ。お茶も好きなだけ飲んでいいよ」


「俺は出荷の準備で忙しいから。好きにして」


「ありがとうございます!」



「さて、カルコンだけを含む黄色花の一つ目のタイプ。そう、Aタイプと名付けようか。素材名もA65とA67だし。そのほうが分かりやすい」


「このAタイプでは、蕾のある時から着色しているものと、そうでないものが確かめられた」


「蕾から黄色いものをA-1タイプ、蕾では着色していないものをA-2タイプにしようか」


「さらに、びっくりだよね」


「濃いオレンジ花F55も、蕾の時の花弁は黄色い。花が開き始める頃にオレンジになってくる」



「ねえ、これまで得られた情報からの推察、聞いてね、いい?」


恵ちゃんの可愛らしい声。



「A-1タイプでは、蕾の過程ですでにカルコンが蓄積し黄色くなっている。そして大切なこと、このステージではCHI遺伝子が働いていない」


「そして開花後もCHI遺伝子が働いていない。だから黄色」


「オレンジ花も、A-1タイプ同様、蕾の過程ですでにカルコンが蓄積し黄色くなっている。そして、このステージではCHI遺伝子が働いていない」


「そして開花後にCHI遺伝子が働いて、アントシアニンを生成し、液胞内で共存しオレンジ色となる」


「どう?」



「パーフェクト。恵ちゃんのサマライズ、完璧だよ」


僕は恵ちゃんを褒めたあと、皆に相談。



「なあ、どうする。今日サンプルを持ち帰るけど、前回と同じ黄色9種類、オレンジ2種類サンプリングしてもいいけど、今日得られた知見から、効率よく研究に集中するため、サンプル数を絞ろうか?」


「具体的にどうする?」


大樹と義雄が同時に話しかけてくる。



「そうだね、まずカルコンありき。A-1タイプとA-2タイプは1種類づつ。フラボノールが2つあるタイプ、これはBタイプと呼ぼうか。そのタイプから2種類、そしてフラボノールが3つあるタイプ、これCタイプにしよう。これも2種類」


「計6種類の黄色花と、オレンジ花F55にフォーカシングして今後の研究を進めよう」


「それぞれ、蕾のステージ、stage1としよう。あと開花し始めの花弁が2cmくらい出たステージ、stage2としよう。それをサンプリングする」


「合計12サンプルの黄色花と2サンプルのオレンジ花。いいね」



皆快諾し、頷く。


僕と恵ちゃんはサンプル採取。


恵ちゃんは、今日も楽しげに変わり模様の花も少し摘みながら採取を進める。


今日は、恵ちゃん曰く、オバサンエプロンなる手作りのエプロンをしている。

この前着てきたデニムエプロンよりポケットが大きい。


「恵ちゃん。花摘み狙いの確信犯だね」


「あら、そうかしら? これ手作りよ。元々このポケットにうちで生まれた子猫をいれていたの」


「確信犯だ〜」


「何でも良いよ」



義雄のサンプルは、採取してすぐ液体窒素で凍らせて、ドライアイスの入っている容器に移す。大樹は義雄のサポートをする。


大樹が、時たまこぼれる液体窒素を見る度ワイワイはしゃいでいる。



「さて、みんな済んだかな?」


「オーケー。採取済ませたよ」



「液体窒素。すごいわね、ブクブク沸いている」


恵ちゃんがめずらしがる。初めて見たらしい。



「うん。沸点は-196℃だからね。これ、沸騰しているんだ」


「さて、余ったの捨てるよ」


「どこに?」


「ここのコンクリートの床。本当はちゃんと処理方法があるんだけど」


義雄が液体窒素を少しばかり床にまく。


玉になって転がる液体窒素の動きを見るや否や一気に蒸発。皆気化してしまう。



「面白いね!」


恵ちゃんは予想外に喜ぶ。



「私もしていい?」


恵ちゃんも液体窒素を床にまく。


きゃっきゃ、きゃっきゃして嬉しそう。



「まるで子供じゃん」


冷たく聞こえた大樹の言葉に、


「あら? 大樹くん。さっきの歓声は何だったのかな〜?」


大樹は気まずそうに黙る。



さて、そろそろ帰ろうかとおじさんに挨拶に行く途中、


「あれ、おじさん。段ボール箱に生まれて間もない子猫、5匹もいるけどどうしたの?」


「ああ、それね。近くの農家さんが持ってきて置いていったんだ。飼ってくれって」


「どうだい、1匹、持っていくかい?」


「そうだな……。研究室、2階のベランダで飼おうか。研究室なら24時間、誰か彼か居て面倒見れるし」


「私賛成!」


恵ちゃんが三毛猫を選んで、胸の大きなオバサンエプロンのポケットに入れた。



羨ましい……。猫になりたい……。


僕は子猫に嫉妬する。

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