第16話

「と、言うことだ、大樹」


「歩ちゃんも一緒に行くこと、俺、何でもないからね」


「誰も大樹が困るとか、照れるとか言っている訳じゃないよ」


「それは分かる……」


「さて、卒論、卒論。皆でお勉強始めましょう」


恵ちゃんはラン温室へ、義雄は培養室へ、大樹は電子顕微鏡室に散らばる。


「先生、今日も流しま〜す」


僕もアイソザイムの実験に取り掛かる。


ゲルを手慣れた手つきで作成し、スキーウエアを着て酵素抽出の準備。一階の冷暗室へ。



ーーーーー



「正、お昼何食べる?」


大樹が誘う。


「恵ちゃんが来てから決めよう。義雄は組織培養の仕事が長引くから、昼は一人でとるらしい」


「あっ、恵ちゃん」


「お昼、何にしようか?」


「そうねえ、たまにカレーもいいかな。コロッケカレー」


「構内の一番端の、いわゆる貧乏学生レストラン、新港ね」


「あそこ、カレー170円、コロッケカレー200円、カツカレー250円だし」



「このご時世、よくその値段で経営できるよな」


「まあ、一万人もいるマンモス大学の構内にあるからこそだろうと思うけど」


「でも、いつでも人は少ないよ。生協とか、おしゃれなカフェテリアにどうしても学生も先生も流れて行くから」


「恵ちゃん、意外に知ってるね」



「まあ、今日は新港にしよう」


三人で、大学構内とはいえ、研究室舎から1km弱くらい距離のある食堂に、散歩がてら歩く」



「そういえば、大樹くんも正くんもタバコ、吸わないね」


「うん。吸いたいと思わないし、金銭的にもバカにならないからね」


僕が話すと、


「実は俺、たまに吸うよ。サークルやアパートで」


「なんだ、そうだったんだ」


恵ちゃんが不思議声を出す。


「いつから?」


「高校で下宿に入ってすぐ。先輩に吸わされた」


「あら、悪い下宿ね」


「でも、道内でもまあまあの進学校だったから、不良みたいな先輩はいなかったよ」


「お酒は?」


「もちろん、お酒も飲まされた」


「それ、不良校じゃない」


「まあ、今、こうして同じ大学にいるんだから過去は良しとしよう」


「はいはい」


恵ちゃんが微笑む。



「どう、散歩ついでに薬学部の植物園、寄って行こうか?」


「花たばこだけど、たばこ属植物も植わっているよ」


恵ちゃんの提案。


「いいね」


僕は同意する。


「あそこ、薬用植物が植えてあるけど、校舎同士の壁が近くて、薄暗く、うっそうとしてるよ」


「俺らの農学部の圃場や温室の方が、植物の種類多いじゃん」


大樹は乗り気じゃない。



「どうしようっかな〜。植物園、が見たいのよ」


恵ちゃんが空を見つめる。


「付属植物園は飛び地にあるし……」


「構内にあるのが、薬学部植物園のいいところよ」



「じゃあ、カレー食べた帰りに行こう」


大樹からの折中案。


「よいよ」



ーーーーー



「新港、カーレーすごく美味しいじゃん」


僕が言うと、大樹も、


「うん。いけるね、なかなか」


誘った恵ちゃんはニコニコ顔。



「福神漬けも、ラッキョウも取り放題がいいね。俺はコロッケにソースもかける」


「大樹、それはかけすぎだよ。味がソースだけになるじゃないか」


「いいの、いいの。俺なんでも濃いめが好きだから」


「だからソース顔になるのよ」


恵ちゃんが大樹に言って、自分で笑う。


「放って置いてくれ。醤油だってかけ過ぎれば濃いじゃん」



「大樹と、和風美人の歩ちゃんに子供ができたらちょうどいい美貌の子ができるよ。きっと」


僕が言うと、


「あら、私の選択肢から大樹くん外れたね」


「待ってよ、も〜う」


大樹がカレーをジャケットの袖口にこぼし、慌てて拭った。

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