第14話
「さて、出揃ったかな?」
「楽しみ、楽しみ」
恵ちゃんがはしゃぐ。
「恵ちゃん、時間大丈夫?」
「大丈夫わよ」
「駅まで大樹くんの車で送ってもらうし」
「いいよ」
大樹は満足の微笑み。
「悪い虫に送ってもらって大丈夫」
「うん。蚊除けのスプレー持ってる」
「それじゃ無理。ゴキジェットくらいは必要だよ」
僕と恵ちゃん、大樹はPCのモニターを見つめる
「いいかい、黄色花9種類のうち、ほぼカルコンだけのものが2種類」
「20分前に大きなピーク2本、そしてカルコンがあるのが4種類」
「そして、ごく薄い黄色のタイプ。20分前のピーク2本に、新たにその3倍量近くある22分頃の大きなピーク1本、その後カルコンのピークがあるタイプが3種類」
「有田先生の言う通り、黄色花は大きく3つのタイプに見事に別れたね」
「カルコン量には、9種類、それぞれピークの大小が確かめられるけど」
「恵ちゃん、先生と義雄くん、呼んで来てくれる?」
「正、俺が行くよ」
「だ・か・ら、大樹。納豆の日は無菌室厳禁」
「恵ちゃん。お願いね」
「うん。わかった」
恵ちゃんに、二人を呼んでくるよう頼む。
「みんな、遅くまでご苦労様。何かわかった?」
「はい、先生。黄色花は、その組成を調べたところ、大きく3つのタイプに別れました」
「予想、的中だね。それ、新知見だよ。どの論文にも書いてない」
先生は嬉しそう。
「義雄、面白い結果だろ」
義雄もPCを覗き込む。
「これは、CHI遺伝子のノーザン・ハイブリダイゼーションを行うと、黄色の濃淡、カルコン量などの裏付けする結果が得られそうだね」
「義雄、そのノーザンなんとかって何?」
僕は尋ねる。
「分子生物学の実験技術で、RNAの検出定量に用いるんだ」
「RNAをゲル電気泳動で分離し、ナイロン膜などに転写後に標識プローブとハイブリッド形成させ、目的とする分子を検出する」
「難しくて全然分からないよ」
「まあ、簡単に言うと、CHI遺伝子の発現が、ゲル上に濃度が異なって現れてくることなんだ」
「例えば、CHI遺伝子が壊れ、RNAの生成が行われない時には、ゲル上にはほとんどバンドが現れてこない」
「CHI遺伝子が中途半端に壊れていれば、CHI遺伝子活性がわずかにゲルにバンドとして現れる」
「ごく薄い黄色花では、そのCHI遺伝の壊れ方が強くはない、つまりゲルにバンドが濃く出てくるんだ」
「義雄、それってすぐできる?」
「すぐにはできないよ。カーネーションのCHI遺伝子そのものもまだ単離していないから」
「CHI遺伝子の単離、どれくらいでできる」
「そうだね……。早くて1ヶ月、遅くて2−3ヶ月かかるかな?」
「なんだ。結構時間かかるじゃん」
「すぐ取り掛かるよ」
僕たちはため息をついたが、CHI遺伝子のノーザン・ハイブリダイゼーションの前にもやることがたくさんある。
「そう、黄色花の濃淡が、大きく3種類、サンプルは9種類だから、それぞれの素材のカルコン色素量を数値化しようか?」
大樹は言う。
「どうやるの? カルコンの標準品が売っていれば、その濃度を元に、各々の黄色花の濃度を計算できる」
「でも、標準品売ってないじゃん」
「そう、大樹。標準品は売ってないから、自分たちでカルコン標準品を作らなければならないんだ。色素精製、四六時中貼り付けになる作業だよ」
「それも、1ヶ月くらいかかる」
「皆忙しいから無理ね……」
恵ちゃんが、ため息を漏らす。
「三年生にやらせようか?」
有田先生が提案する。
「そうだね。カルコン色素精製。三年生に頼もう」
「僕が精製方法教えるよ」
「結構、根気と時間、正確さが必要だから」
「先生、お願いします」
皆で口を揃えてお願いする。
「まず、現段階では、一番濃いカルコンを持つ黄色花のピークを100としよう」
「それより薄い素材は、その100を元に、89%、67%と言うように、リラティブ・コンテント、すなわち相対的カルコン含有量として計算しておこう」
「後で標準品が手に入ったら、それまでの量的数値が判明する」
「正、頭いいな」
大樹は言う。
「正、頭いいな」
恵ちゃんが可愛らしく繰り返す。
「さて、今日はここまで」
「大樹くん、駅まで乗せて」
「うん。行こう」
大樹の車の助手席に乗り込む恵ちゃん。
「お尻大きいね。恵ちゃん」
大樹は何の気兼ねもなく言う。
「失礼ね」
恵ちゃんは微笑む。
僕と義雄は、自分たちの尻を後ろを向いてポンポン叩いて、恵ちゃんにサヨナラ代わりの挨拶をした。
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