第10話

バラ科バラ属の自作の分類表を開く。


バラ属は4つの亜属に分かれている。


フルテミア亜属 Hulthemia、ヘスペロードス亜属 Hesperrhodos、サンショウバラ亜属、そして、バラ亜属 Rosa。


バラ亜属はさらに11の節に分かれる。


モッコウバラ節 Banksianae –中国を原産地とするバラ。

カカヤンバラ節 Bracteatae –3つの種があり、うち2つは中国に生息し、残りの一つはインドに生息する。

イヌバラ節 Caninae –アジア・ヨーロッパおよび北アフリカを原産地とするバラ。

カロリナ節 Carolinae–北アメリカ大陸全域に生息している。

コウシンバラ節 Chinensis –中国やミャンマーに生息している。

ガリカ節 Gallicanae–西アジアからヨーロッパにかけて生息している。

Gymnocarpae – ローズヒップ類と区別するために作られた節。北アメリカ大陸西部に生息する一方、他の種は東アジアに生息している。

ナニワイバラ節 Laevigatae –中国に生息。

ピンピネリフォリア節Pimpinellifoliae –アジアおよびヨーロッパに生息している。

ハマナス節またはキンナモメア節 Rosa (syn. sect. Cinnamomeae) -北アフリカを除く世界中に分布している。

ノイバラ節 Synstylae –世界中に分布する。


これらの分類されたバラの葉から酵素を取り調べ、それぞれの節の特徴、近縁度を酵素レベルで解析するのが僕の卒論。


バラ属のその起源は、世界で多元的に起きていることが特徴。


通常の植物、例えばマリーゴールドはアメリカ大陸の熱帯、温帯。ヒマワリは、北アメリカ大陸西部、ケイトウは、アジア、アフリカの熱帯地方、ガーベラは南アフリカなどなど、色々な花卉の原産地は少なからず地域性を持っているのに対し、バラ、そしてカーネーションの属するナデシコ科ナデシコ属などは一部の南半球を除き、世界中のいたるところでその起源が確認される。


今のところ解ってきたのは、中国に生息するバラの節には大きく分けて4種類ほどの酵素多型があり、その4種類の中でもザイモグラム、すなわち酵素から得られるバンドパターンが異なっているものがいくつかあること。


すなわち、遺伝子プールを考えてみると、中国でのバラの起源は古く、何千万年? の間に多くの遺伝子の変異が蓄積されてきた可能性があると言うこと。


また、北アメリカ大陸全域に分布するカロリナ節では、大きく2種類のザイモグラムだけしか確認されないことから、その起源は比較的新しく、遺伝子の変異があまり蓄積されていないらしい種分化上、比較的新しい節と考えられること。


まあ、卒論は恥を書く、みたいなものと言われる。僕は僕なりに、酵素を用いた化学分類を、世界の学者が調べ上げたバラ属の分類に照らし合わせ、ファンタジー小説みたいになればいいかな? と言う方向性で気軽に卒論作成を進めている。


恥はかくもの。



「恵ちゃん、おはよう」


「おはよう、正くん」


「色素は昨日のうちに大樹と義雄と一緒に抽出準備したから、もうサンプル出来ているんじゃないかな」


「うん。ありがとう」


「私箱入り娘だから。ごめんね」


「だから恵ちゃん。それ自分で言わない」


相変わらず二人で微笑む。



「そう、有田先生がODSカラムとアセトニトリルを持ってきてくれたから、液クロでの色素分析、始めようか」


「正くん、大丈夫?」


「机いっぱいにバラの分類表とか論文とか広げてあるじゃない。忙しいんでしょ?」



「全然大丈夫。すぐ片付けるよ」


僕は、一つ一つの資料を丁寧にバインダーに戻す。



「しかし、不思議よね。バラ属の分布」


「世界で多元的に発生しているじゃない」


「うん。不思議なんだ」

「これらがほとんど交雑親和性を持つ同じ属なんだからね」


「私も不思議に思う。すごいよね」


「バラ属の起源は、3500〜7000万年前頃と言われている」

「それがヒマラヤの山麓付近という学者もいれば、バラ属の種が多い中国付近からという学者もいる」


「中には、原始バラがシベリア付近にあって、それからどんどん世界中に南下していき分化したということを書いてある論文もあるんだ」



「7000万年前というと白亜紀後半の恐竜が絶滅するちょっと前だし、3500万年前でもまだヒトが存在していない頃だから、遥か昔から存在していたのね」


恵ちゃんが、優しい遠い目をする。


「恐竜がかっ歩していた白亜紀の植物は、主流であった原始的な裸子植物やシダなどが減少し、被子植物が主流となって進化、繁栄した頃」


「恐竜もきっと、バラ踏んだりして、足痛かったろうね」

「あ〜あ。バラ踏んじゃったとか言って」


恵ちゃんはカラカラ笑う。



「正くん、種分化の持論みたいのはあるの?」


「ヒマラヤだの、中国だのじゃなくて、神様がいっぺんに世界中にバラの種の素を蒔いたかもしれない。そんなことを考えたりもする」


「恐竜や昆虫や植物も何もかも、神様のシムアース。ゲーム感覚? かなとか」



「あとは、現実的に考えると、白亜紀頃の大型昆虫や鳥類が、例えばバラの実を食べて、地球の大陸中を飛び、種子の入った糞をあちらこちらでして世界に広まった」


「そして、それぞれの地域で分化していく」


「なるほど、面白い考えね」


恵ちゃんは頷く。



「さらに、バラだけでなく、地球に存在する百花爛漫、彩緑の植物たち」


「白亜紀後期の地球への隕石の衝突による気候変動で、恐竜たちが絶滅したとあるけど、植物についてはあまり触れられていない」


「もしかすると、その隕石のせいかどうかわからないけど、放射性物質、例えばプルトニウム239のような放射能が地球上を覆う」


「もちろん、ごく強い放射線のせいで、植物に中には滅するものもあったけど、放射線で様々な植物が遺伝子変異を起こし、多種多様なな種分化を遂げるきっかけになった。プルトニウム239の半減期が2.4万年だからね。その間中心に」


「放射能が起こした遺伝子組み換え」


「そして、昆虫も小型化しつつ花々を訪れ訪花して種間の交雑に寄与し、鳥たちも実を食べ種子入りの糞をあちらこちらに落として廻る」


「世界中のあらゆる気象条件などに従い、それぞれの属や種が、自然淘汰なども経てさらに分化していく」



「正くん、面白い発想するね」


「考えるのはタダだからね」



「さて、色素分析始めようか」

「恵ちゃん。白衣着て来て」


「うん」


恵ちゃんは素敵なステップを踏んで、更衣室に入っていく。


「じゃじゃ〜ん。科捜研の女」


恵ちゃん。その白、胡蝶蘭より可愛いよ。

口には出せないけど……。

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