第8話
「取ってきたわよ」
ビニールハウスのすべての通路をおじさんとゆっくり歩きながら、恵ちゃんは黄色とオレンジ色のカーネーションの花を摘んで、ビニール袋に入れてきた。
それぞれの咢に、マジックで素材番号が書いてある。
恵ちゃんはワンウォッシュデニムのエプロンのポケットに、綺麗な色模様のカーネーションを破れんばかりに入れてきた。
「恵ちゃん。黄色とオレンジだけって言ったでしょ?」
僕が話すと、
「だって、綺麗なんだもん。おじさんが持って帰っていいよって言ったの」
恵ちゃんが花で膨らんだお腹を、ポンポン叩く。
「まるで妊婦さんだね」
僕が言うと、
「多分、俺の子だと思う」
大樹は、サラサラとそういう言葉が出てくる。
「女の子です」
恵ちゃんも冗談に乗る。
「恵ちゃん、写真を撮ってあげる。ポケットから顔を出している花姿の恵ちゃん。とても可愛いよ」
僕はスマホで写真を撮る。
「俺にもくれ、正」
「俺も」
大樹と義雄にLINEで送る。
「個人情報保護法違反よ、正くん」
「使用上の注意をよく読んでね」
恵ちゃんが、素敵に微笑む。
おじさんの選花小屋のテーブルに、恵ちゃんが取ってきた黄色花とオレンジ花を並べる。
「さて、並んだね」
「オレンジ色は2種類だけ、単色で濃いのと薄いの」
「黄色は9種類」
「黄色は……」
「ごく薄い黄色、ちょっと薄い黄色、薄い黄色、普通の黄色、ちょっと濃い黄色、とても濃い黄色」
「何、これ? 連続した濃淡の差があるじゃない」
「黄色って、濃い、薄いだけじゃない」
有田先生も興味深げに見つめる。
「そうですね。研究室に帰ったらカラーチャートの番号を調べて控えておきましょう」
「ここでは、まず黄色には6種類の濃淡の差が見られた、ということですね」
「でも、もっと大きめにくくると、ごく薄い、普通、濃いの3種類の黄色に集約できそうな感じを持ちます」
有田先生が、大きく3つの集団にそれぞれの黄色花を集め、僕らに見せた。
皆で、なるほどと頷く。
「これは黄色を呈するためのCHI遺伝子がやはり鍵になるね」
義雄が推理を始める。
「黄色色素になるための基質、すなわち材料となるカルコンの量が違うのか。あるいはCHI遺伝子の壊れ方が違うのか」
「いずれにせよ、CHI遺伝子の発現を、遺伝子レベルで調べる必要があるね」
「義雄さあ。そういえば論文に書いてあったんだけど、赤とか有色のアントシアニンを作るためのDFRという遺伝子が壊れた場合には、フラボノールと呼ばれる無色の色素がたまるというようなことが書かれていた」
「正の言うことを勘案すると、黄色だけになるやつもいれば、黄色が溜まり、かつCHIを何らかの方法で通り抜け、DFRでブロックされてフラボノールにより薄められ、薄い黄色になるものもいる」
「そう言うことかな?」
有田先生が感心する。
「義雄くんの推理はすごいね。その点に注目して研究を進めると面白そうですね」
「な〜に。恵ちゃんと大樹、何やってるの」
「丈夫な女の子が生まれました」
恵ちゃんのポケットから取り出した花全部。花色や花柄を組み合わせ、二人して遊んでいる。
「恵ちゃん。DFRとかの話聞いてた?」
「何それ?」
「ほーら、聞いてない」
「ちゃんと知っているわよ。ジヒドロフラボノール 4- 還元酵素遺伝子でしょ。遺伝子型はYIASRMのA。優勢だと、赤とか紫とかできる。論文読んだもん!」
「何だ、恵ちゃん知ってるじゃん」
「大樹は?」
「何々、それ」
「ほーら。恵ちゃんのせいだ。妊娠しただの、女の子だのはしゃいでいるから、大樹のバカがさらにバカになる」
「私のせいじゃないよ」
「大樹さ。義雄から、ちゃんと納得いくまで話を聞いてくれな。みんなで情報を共有して黄色からオレンジ色の秘密を探るんだから」
「恵ちゃんも」
「は〜い」
「さて、そろそろ帰りましょうか」
有田先生は夕方に用事があると言う。
おじさんが言う、
「どう? お茶もう一杯」
恵ちゃんが言う、
「大樹くん。お茶いっぱい! どうですか?」
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