第5話

「あのね。ドリップ式のインスタントコーヒーも持って来た」


「今入れるね」


恵ちゃんがコーヒーカップを5つ準備し、袋の上側を開け丁寧にお湯を注ぐ。



「ケーキ、すっごい美味しい!」


「コーヒーも最高の味だね。研究室のインスタントコーヒーが飲めなくなるよ」


恵ちゃんは、にこにこ微笑む。



「中のクリームのところも、甘いイチゴがぎっしり」


「恵ちゃん、嫁にしたいよ」


大樹は、なんでも物事をストレートに言う。ある意味羨ましい。


僕も義雄も恵ちゃんが好きだが、そんなこと言えない性格。



「やろうか。赤いカーネーションと黄色いカーネーション調べ。そしてオレンジ色」


大樹は調子が上がっている。



「おじさんには連絡しといた。母の日までは生産しているカーネーションには手をつけられないけど、育種ハウスにあるものはサンプルを取っても構わないって」


「母の日が済んだら、栽培しているハウスの花も6月初めまでは取り放題」



「僕と恵ちゃんは花色の分析だね」


恵ちゃんも、うん、と首を縦に振る。



「一応、何グラムの乾燥花弁というふうに重量を決めてサンプル測定するね」

「色素の量的なものも比較したいから」


「了解。俺は正のおじさんのところに行ってサンプルを取ってくる役だね」


「義雄は遺伝子の推定や解析だね」



義雄が話し始める。


「了解だけど、一筋縄ではいかないかもしれない」


「花の色素を作るフラボノイド生合成系に関わる遺伝子を調べ始めたんだけど、赤色になる理由は、バッチリ調べられている」


「ただ、黄色なんだけど、どうやら黄色になるのはCHI遺伝子、カルコンイソメラーゼという遺伝子が壊れている、あるいは無いのかもしれないんだ」


「そして、カルコンに糖をつける遺伝子、つまりカルコン配糖化酵素は解っていない」



「義雄、オレンジ色は?」


「どうやら、カルコンが、CHI遺伝子を通過しない、スポンテニアス・イソメラゼーション、すなわちCHIの働きなしに直接色の付く生合成経路にスポンテニアス、日本語でいうと自発的、自然的なという意味だけど、飛び越える場合があるとか、CHI遺伝子が壊れているけど、完全な働きじゃなくても、いくばくかはカルコンが色の付く生合成経路に流れていく、そんな説明がなされている」


「それで赤色ができると、黄色と赤色が混じってオレンジ色になる」



「なるほどね」


僕は呟く。



「ものごとの順序からいうとカーネーションの黄色花とCHIの調査が最優先だね」


有田先生がアドバイスをくれる。



「まあ、机上でゴタゴタ考えていないで、おじさんのところからサンプルを頂いて来てみよう」


「そうそう」


「いつにする?」


「明日」


「分かった、おじさんに連絡しておくね。最初は皆で行こう。驚くよ、育種ハウスなんか見たら」


「僕も行ってもいいかな?」


有田先生も興味があるらしい。


「いいですよ」



「大樹くんと義雄くん、卒業研究の方は大丈夫?」


有田先生が二人に問いかける。


「僕は今日、またバラの花粉、電子顕微鏡を覗きます。写真を撮っておしまいの作業ですから」

「系統分類は、100位の花粉の写真が出揃った頃から始めます」



「僕は、カーネーションとかすみ草のプロトプラストを取ってありますから、細胞融合してみます」



「そう言えば、義雄くん面白い造語作っていたよね。カスミネーションだっけ?」


「そう。かすみ草の形態に、小さなカーネーションのような色とりどりの花が付く。新植物ができないかなと」


「いいかい、義雄くん」

「その細胞融合を卒論のテーマの主に置いちゃダメだよ。失敗の要素が大きすぎる」


「先生、分かってますよ。論文は組織培養による植物のウイルスフリー化を中心にして、細胞融合はチャレンジした、と言うストーリーにします」



大樹が腰を上げる。


「大好きな恵ちゃんからケーキを頂いたし、さて、お昼だし。生協にランチでも食べにいこう」


大好きだけが余計な言葉。



「恵ちゃんも行く?」


「ううん。私は昼は抜く。ケーキもりもり食べたでしょ?」


「恵ちゃん、それをいうならパクパクじゃない?」


「育ちよ、育ち」


「育ちが良い方が、パクパクと言うと思うんだけど」


みんなで爆笑する。

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