薬草花壇の四季のいろ、石の畳が踊りだす裏々庭の秘密やなんか

 魔法使いって知ってるかい?

 だれのそばにでもいる、お菓子をすてきに美味おいしくしたり、星とおしゃべりしたりする、あの魔法使いだよ。


 それじゃあ、かれら、彼女かのじょらが、とっておきの魔法をしまっておくところ、なんてわかるかい?

 小さなひきだし。チョコレートのかげ。インクビンのそこ、うん、うん、みんなそう!

 それから忘れちゃいけないのが、きれいにみがいたかがみのなか!

 きみたちが当たり前の庭や裏庭で草花を育てるように、魔法使いは鏡のなかで、とっておきのおまじないを育てるんだ。

 きょうはぼくの知り合いのエチカおばあさんが持っている、ふしぎな裏々庭うらうらにわの話をしよう。


 *


「さあ、さあ、手伝ってちょうだい、ムーニール!」

 ある月のないばん。エチカおばあさんは朝がきたみたいに呼びながら、宝石箱からブローチを取りだした。

 おばあさんは森にすむ魔法使いで、ブローチは、アメジストがちりばめられたねこのかたちをしている。

 でも返事をするものなんていなくて、聞こえてくるのは家の外の、ミミズクの声だけだった。

「ムーニール。お前もなにかお言い。まったく、おぼうなんだから」

 エチカおばあさんはブローチを胸もとにつけて、ブーツをコトコトいわせながら、大急ぎでキッチンテーブルに向かっていった。

 ぼくの知っているおばあさんは、いつもこんなにせっかちってわけじゃないんだよ。ただなにしろね、一週間も前からこの日をまっていたものだから。


 木彫きぼりのかわいらしいテーブルのうえには、ちいさな丸い鏡が置いてあった。これが、エチカおばあさんの裏々庭への入り口というわけさ。

「みんな、留守るすばんたのんだよ。夜のうちには帰ってくるからね」

 そう呼びかけると、こんどは家じゅうから、いろいろな声が返ってきた。

「いってらっしゃい、おばあさん!」

「とっておきの夜に!」

「とっておきのおまじないを!」

「ぼくたちお祈りしています!」

 かべにかかった絵や、たなのなかのお皿、古いホウキやペンなんかが返事をしたんだ。

 おばあさんは、にっこりしてイスにあがると、ピョン!とひとね、鏡のなかに飛びこんだ。

 あぶないことなんてなにもありはしないさ! たしかに鏡はおばあさんに対してちいさすぎたけど、魔法使いははりの穴だって通れるんだからね。


 さて、ストン!と着いた裏々庭も、いまは夜の真ん中だ。

 おばあさんが世話をしている草花や、きのこのように生えてる石ころが光っていなかったら、あたりはどんなに暗かっただろう。

 うれしいことに今夜は、そういうだんのうす明かりにくわえて、青くてあかるい“お友だち”が遊びにきていたんだ。

 ぼくたちが“藁つかみウィスプ”と呼ぶかれらは、マッチの先くらいの虫みたいなものから、松明に乗るような立派りっぱなものまで、ちゅうをただよう炎のすがたをしている。

 エチカおばあさんは、月のない夜にだけ見える、このお友だちに会いたかったんだ。

 「こんばんは、藁つかみのみなさん」

 丁寧ていねいにおじぎをしたおばあさんの周りに、青白い炎がぐるぐる集まりだした。

 ――コンバンハ。コンバンハ。月の真似をして光の粉をまくのが、かれら流のあいさつだ。

 「今夜はお願いがあってきたのだけれど。聞いていただけるかしら?」

 ――カマワン。カマワン。

 「ありがとう。実はねえ、あなたたちのわらがほしいの。あたしの大切なひとのお祝いに、ホウキを一本おくりたくって」

 ――ソレナラ。ソレナラ。ゆらゆらしていた藁つかみたちは、いっせいに、あっという間に花壇をこえて、どこかへと見えなくなってしまった。風がつられて少し吹いた。

 「どうぞ、よろしくねえ!」

 あたりはまたうす明かりになったけれど、これでひとつは安心だ。うれしそうに胸をそらしたおばあさんは、そこについているブローチを外した。つぎの仕事に取りかかるためにね。

 「さあ、さあ、ほんとうに、もう起きるんだよ。ムーニール!」

 そうして、みどりやうす桃に光っている草のうえにブローチをほうり投げた。音を立てて落ちる前に、ブローチから、ぼわっと白いけむりが立ちのぼった。

 「にゃわあ。ねむたい。けむたい」

 またたびをよくめたような声がしたかと思うと、すぐに煙のなかから長いしっぽが飛びだした。かれこそが、おばあさんのもうひとりのお友だち。アメジストの毛並みをもった魔法ねこのムーニールだ。

 「ごきげんよう、ムーニール」

 「ええ、ごきげんよう、マダム」

 ムーニールは前足で目をこすり、三角の口をまだ、むにゃむにゃやっている。

 「きょうは、なんでしたか? 落ち糸つむぎ? それとも、ねずみのしっぽり?」

 「もう、寝ぼけているねえ。きょうと言えば、ホウキ作りだよ。お前もしっかり手伝っておくれ」

 「ホウキ作りだって!」

 これを聞いて、だらしなく下がっていたムーニールのひげとしっぽとがピンとした。閉じかかったまぶたも大きくひらいて、まったくこの猫は、両目の奥まで宝石のかがやきなんだ。

 「マダム。わたしはホウキ作りっていうのが、いちばん好きですよ」

 ムーニールは空気にほおずりをして聞いた。

 「それで、なにを手伝えばいいんです?」

 「薬草と花、それから石ころを集めてちょうだい。必要なものの名前は、こうして覚えるんだよ」

 服のすそを正してから、エチカおばあさんはとってもいい声で歌いだした。魔法使いのおつかいのうただ。


 お前はいい子よ ムーニール

 きらきら おひげの魔法ねこ

 集めておいで 裏々庭の宝もの


 ひとつ 昼まに 冷や風の

  ヒソップ ひと束 引きぬいて

 ふたつ 袋に フェアリーの

  フェンネル ふたつぶ ふりいれる

 みっつ 満ちてる 水かげに

  み欠けら みごとな ミルクォーツ


 うたっておいで 裏々庭の宝もの

 きらきら ひとみの魔法ねこ

 あたしの友だち ムーニール


 「まかせてください、マダム。ひとつ昼まに冷や風の……」

 ムーニールは得意げに、しっぽでリズムをとった。と思うと、もうじっとしていられなかったらしい。自分が風になったように、花壇のなかに飛びこんでいった。

 「よろしくねえ、ムーニール!」

 さあ、これでふたつが安心だ。かしこい魔法ねこを見送ると、おばあさんはコトコトと石畳のうえを歩きだした。裏々庭のさきには、レンガのかまどがあるんだ。

 おばあさんは、とっておきのおまじないをするとき、いつもこのかまどを使う。だから、ここには深いおなべかしの木べらも全部そろっている。

 「こんばんは、かまどさん」

 「こりゃこりゃ、こんばんははは、おばあさあん」

 聞いてわかるとおり、このかまどはちょっとばかりうるさい。いま、かまどのなかは空っぽだから、声がわんわんひびいてしまうんだ。こういうときは手早くまきをつめてお鍋をかけて、おまじないをはじめてしまうといいらしい。

 「かまどさん、お願いがあるの。きょうは、あなたでホウキを作らせてくれないかしら?」

 これは、ぼくもおどろいたことだけど、エチカおばあさんはどんなものでもかまどで作る。

 シチューにアップルパイ、リースにマフラー、おとぎ話から魔法のホウキまで!

 「ああいいともも。さっさ燃えようよねえ」

 かまどは、もちろんれっこだから、すぐに返事をした。

 そこで、おばあさんはかまどの横にんであった薪をつかんで、ひとふりする。なにもないところでマッチをるようなかっこうだ。

 魔法使いのおまじないは、火おこしからもう始まっているって聞いたことがある。ほら、そのしるしに薪のさきには火がついて、投げいれられるたびに、かまどのなかをきとおった金色でいっぱいにしていくだろう!

 おばあさんは、すばやく持ちあげたお鍋のふちを、木べらでをコンコンとたたいた。こんなおまじないと一緒に。

 「ラブルよ、ラブル。水のせい。青い泉をわけとくれ」

 すると、お鍋にちょうどいいくらいのんだ水がきだした。これを火にかければじゅんはばっちりだ。


 あの藁つかみたちは、お鍋が湯気をはきだすころにもどってきた。みんな一本ずつ、青白い藁をからだかららしている。

 「まあ、こんなにたくさん、ありがとう! お鍋に入れてくださいな」

 ――ワカッタ。ワカッタ。ちゅうれつをつくった藁つかみたちが一本ずつ藁を落としていく。お湯がだんだん光ってくる。青白く、青白く。

 おばあさんは、ふたたび木べらでお鍋のふちを叩いた。

 「リベルよ、リベル。木の精よ。青いひかりをいとくれ」

 すると、けだしていた藁がうずをつくって回りはじめた。ゆっくりと、ゆっくりと。

 あのかしこい魔法ねこ、ムーニールはというと、きた、きた、草花のうしろから、風のように飛びだしてきた。

 ヒソップのひと束と、フェンネルのふた粒、それから、み欠けらのミルクォーツを器用に長いしっぽで巻いて、両目をきらきらさせてきた。

 「マダム、わたしって、おとぎ話のようなタイミングでしょう?」

 「そのとおりだわね、ムーニール。ほんとうに、すてきなお友だち!」

 おばあさんはムーニールを抱きしめて、しっぽからやさしく材料を取りだした。ヒソップ、フェンネル、ミルクォーツ。じゅんばんどおりにお鍋に入れて、これが大事なおまじない。木べらでふちをコンコンやった。

 「クライム、クライム。火の精よ。青いほのおを出しとくれ、出しとくれ!」

 すると……渦を巻いていたお鍋のなかが、一度に真上に飛びだした! ものすごいいきおいだったから、かまどが気を失いそうになったくらいだ。金色の火は、それでもわずかに燃えていた。

 ゴオゴオと音を立てて飛びまわるほのおは、藁つかみの青白さとは違う、もっと深い泉の青、わらの青、冷たい青をしている。ムーニールでも目を回すくらいはやくて、それでも、ねずみだったら捕まえられたかもしれないけど……とにかく、ほとんど流星か、彗星すいせいと呼んでよかった。

 ここであわてないのが、エチカおばあさんのすごいところだ。あたりの草花がざわざわれているなかで、おばあさんはムーニールを抱いたまま、石畳をコトコトった。お鍋のふちを叩くみたいに。

 「ラブル・リベル・クライム。いたずら好きの明るい精よ。それはあたしの贈りもの。一等いっとうはやい魔法のホウキ」

 コトコトコト。そんな音が鳴っているけど、おばあさんはもう蹴っちゃいない。いたずらの気にさそわれて、石畳たちがひとりでにおどりだしているんだ。

 藁つかみたちも、かまども、ムーニールも、驚いているのに笑いだしそうな、変な気分になってきた。

 「ラブル・リベル・クライム。お祭り好きのかいな精よ。お祝いの気持ちをありがとう。ホウキの名前は彗星コメットにしましょう!」

 エチカおばあさんは、にっこりして右の手をばした。とたんに、あれだけあばれていた青いほのおが、ぴたっと止まって、その手のなかに落ちたんだから、魔法使いは妖精ようせいのことを、やっぱりよくわかっているんだ。


 みんながのぞき込んだとき、ほのおは形を変えて、きちんとホウキになっていた。丈夫じょうぶ、青いひかりをともした。鼻を近づけると薄荷はっかのような、ヒソップのいい香りがした。

 「にゃわあ、できた、できた。きょうのホウキづくりは、にぎやかでしたねえ!」

 そう言ってムーニールは、ようやくのどを鳴らした。あんまり精たちのいたずらが……おばあさん風に言うとお祝いの気持ちが……過ぎて、お友だちたちは、えらくほっとした。エチカおばあさんだって。

 「ほんとうにねえ。みんな、力をかしてくれて、ありがとう。これで大切なひとに、とびきりの贈りものができるわ!」

 ――サイワイ。サイワイ。

 「よかったあよねえ。どういたしまましてて」

 「つぎは、うんとお庭のお手入れをしにくるわね」

 エチカおばあさんとムーニールは手をふって、お別れを告げて、ピョン!とひと跳ね、裏々庭をあとにした。

 あたりは、すっかりもとのうす明かりになっていた。けれども石畳たちだけは、それからしばらく踊りつづけていたってこと、藁つかみたちと、かまどが、あとから教えてくれたんだってさ。


(それがこんやのおまじない。おしまい。)

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