薬草花壇の四季のいろ、石の畳が踊りだす裏々庭の秘密やなんか
魔法使いって知ってるかい?
だれのそばにでもいる、お菓子をすてきに
それじゃあ、かれら、
小さなひきだし。チョコレートのかげ。インクビンの
それから忘れちゃいけないのが、きれいに
きみたちが当たり前の庭や裏庭で草花を育てるように、魔法使いは鏡のなかで、とっておきのおまじないを育てるんだ。
きょうはぼくの知り合いのエチカおばあさんが持っている、ふしぎな
*
「さあ、さあ、手伝ってちょうだい、ムーニール!」
ある月のない
おばあさんは森にすむ魔法使いで、ブローチは、アメジストがちりばめられた
でも返事をするものなんていなくて、聞こえてくるのは家の外の、ミミズクの声だけだった。
「ムーニール。お前もなにかお言い。まったく、お
エチカおばあさんはブローチを胸もとにつけて、ブーツをコトコトいわせながら、大急ぎでキッチンテーブルに向かっていった。
ぼくの知っているおばあさんは、いつもこんなにせっかちってわけじゃないんだよ。ただなにしろね、一週間も前からこの日をまっていたものだから。
「みんな、
そう呼びかけると、こんどは家じゅうから、いろいろな声が返ってきた。
「いってらっしゃい、おばあさん!」
「とっておきの夜に!」
「とっておきのおまじないを!」
「ぼくたちお祈りしています!」
おばあさんは、にっこりしてイスにあがると、ピョン!とひと
さて、ストン!と着いた裏々庭も、いまは夜の真ん中だ。
おばあさんが世話をしている草花や、きのこのように生えてる石ころが光っていなかったら、あたりはどんなに暗かっただろう。
うれしいことに今夜は、そういう
ぼくたちが“
エチカおばあさんは、月のない夜にだけ見える、このお友だちに会いたかったんだ。
「こんばんは、藁つかみのみなさん」
――コンバンハ。コンバンハ。月の真似をして光の粉をまくのが、かれら流のあいさつだ。
「今夜はお願いがあってきたのだけれど。聞いていただけるかしら?」
――カマワン。カマワン。
「ありがとう。実はねえ、あなたたちの
――ソレナラ。ソレナラ。ゆらゆらしていた藁つかみたちは、いっせいに、あっという間に花壇をこえて、どこかへと見えなくなってしまった。風がつられて少し吹いた。
「どうぞ、よろしくねえ!」
あたりはまたうす明かりになったけれど、これでひとつは安心だ。うれしそうに胸をそらしたおばあさんは、そこについているブローチを外した。つぎの仕事に取りかかるためにね。
「さあ、さあ、ほんとうに、もう起きるんだよ。ムーニール!」
そうして、みどりやうす桃に光っている草のうえにブローチをほうり投げた。音を立てて落ちる前に、ブローチから、ぼわっと白い
「にゃわあ。ねむたい。けむたい」
またたびをよく
「ごきげんよう、ムーニール」
「ええ、ごきげんよう、マダム」
ムーニールは前足で目をこすり、三角の口をまだ、むにゃむにゃやっている。
「きょうは、なんでしたか? 落ち糸つむぎ? それとも、ねずみのしっぽ
「もう、寝ぼけているねえ。きょうと言えば、ホウキ作りだよ。お前もしっかり手伝っておくれ」
「ホウキ作りだって!」
これを聞いて、だらしなく下がっていたムーニールのひげとしっぽとがピンとした。閉じかかったまぶたも大きくひらいて、まったくこの猫は、両目の奥まで宝石の
「マダム。わたしはホウキ作りっていうのが、いちばん好きですよ」
ムーニールは空気にほおずりをして聞いた。
「それで、なにを手伝えばいいんです?」
「薬草と花、それから石ころを集めてちょうだい。必要なものの名前は、こうして覚えるんだよ」
服のすそを正してから、エチカおばあさんはとってもいい声で歌いだした。魔法使いのおつかいのうただ。
お前はいい子よ ムーニール
きらきら おひげの魔法ねこ
集めておいで 裏々庭の宝もの
ひとつ 昼まに 冷や風の
ヒソップ ひと束 引きぬいて
ふたつ 袋に フェアリーの
フェンネル ふた
みっつ 満ちてる 水かげに
み欠けら みごとな ミルクォーツ
うたっておいで 裏々庭の宝もの
きらきら ひとみの魔法ねこ
あたしの友だち ムーニール
「まかせてください、マダム。ひとつ昼まに冷や風の……」
ムーニールは得意げに、しっぽでリズムをとった。と思うと、もうじっとしていられなかったらしい。自分が風になったように、花壇のなかに飛びこんでいった。
「よろしくねえ、ムーニール!」
さあ、これでふたつが安心だ。かしこい魔法ねこを見送ると、おばあさんはコトコトと石畳のうえを歩きだした。裏々庭のさきには、レンガのかまどがあるんだ。
おばあさんは、とっておきのおまじないをするとき、いつもこのかまどを使う。だから、ここには深いお
「こんばんは、かまどさん」
「こりゃこりゃ、こんばんははは、おばあさあん」
聞いてわかるとおり、このかまどはちょっとばかりうるさい。いま、かまどのなかは空っぽだから、声がわんわん
「かまどさん、お願いがあるの。きょうは、あなたでホウキを作らせてくれないかしら?」
これは、ぼくも
シチューにアップルパイ、リースにマフラー、おとぎ話から魔法のホウキまで!
「ああいいともも。さっさ燃えようよねえ」
かまどは、もちろん
そこで、おばあさんはかまどの横に
魔法使いのおまじないは、火おこしからもう始まっているって聞いたことがある。ほら、そのしるしに薪のさきには火がついて、投げいれられるたびに、かまどのなかを
おばあさんは、すばやく持ちあげたお鍋のふちを、木べらでをコンコンと
「ラブルよ、ラブル。水の
すると、お鍋にちょうどいいくらいの
あの藁つかみたちは、お鍋が湯気をはきだすころに
「まあ、こんなにたくさん、ありがとう! お鍋に入れてくださいな」
――ワカッタ。ワカッタ。
おばあさんは、ふたたび木べらでお鍋のふちを叩いた。
「リベルよ、リベル。木の精よ。青いひかりを
すると、
あのかしこい魔法ねこ、ムーニールはというと、きた、きた、草花のうしろから、風のように飛びだしてきた。
ヒソップのひと束と、フェンネルのふた粒、それから、み欠けらのミルクォーツを器用に長いしっぽで巻いて、両目をきらきらさせてきた。
「マダム、わたしって、おとぎ話のようなタイミングでしょう?」
「そのとおりだわね、ムーニール。ほんとうに、すてきなお友だち!」
おばあさんはムーニールを抱きしめて、しっぽからやさしく材料を取りだした。ヒソップ、フェンネル、ミルクォーツ。
「クライム、クライム。火の精よ。青いほのおを出しとくれ、出しとくれ!」
すると……渦を巻いていたお鍋の
ゴオゴオと音を立てて飛びまわるほのおは、藁つかみの青白さとは違う、もっと深い泉の青、
ここであわてないのが、エチカおばあさんのすごいところだ。あたりの草花がざわざわ
「ラブル・リベル・クライム。いたずら好きの明るい精よ。それはあたしの贈りもの。
コトコトコト。そんな音が鳴っているけど、おばあさんはもう蹴っちゃいない。いたずらの気に
藁つかみたちも、かまども、ムーニールも、驚いているのに笑いだしそうな、変な気分になってきた。
「ラブル・リベル・クライム。お祭り好きの
エチカおばあさんは、にっこりして右の手を
みんながのぞき込んだとき、ほのおは形を変えて、きちんとホウキになっていた。
「にゃわあ、できた、できた。きょうのホウキづくりは、にぎやかでしたねえ!」
そう言ってムーニールは、ようやく
「ほんとうにねえ。みんな、力をかしてくれて、ありがとう。これで大切なひとに、とびきりの贈りものができるわ!」
――サイワイ。サイワイ。
「よかったあよねえ。どういたしまましてて」
「つぎは、うんとお庭のお手入れをしにくるわね」
エチカおばあさんとムーニールは手をふって、お別れを告げて、ピョン!とひと跳ね、裏々庭をあとにした。
あたりは、すっかりもとのうす明かりになっていた。けれども石畳たちだけは、それからしばらく踊りつづけていたってこと、藁つかみたちと、かまどが、あとから教えてくれたんだってさ。
(それがこんやのおまじない。おしまい。)
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